三宅坂

2012年09月06日 | 
半蔵門から桜田門へ抜ける緩やかな坂道、三宅坂。
現在では、最高裁の代名詞として、
また首都高の渋滞の発生地として有名なこの坂。
もともと皀莢坂(さいかちざか)と呼ばれていたそうで
この地に三河国田原藩主三宅土佐守の屋敷があったことから
三宅坂と呼ばれるようになったそうな。

このあたりの皇居の堀は土塁になっていて
武蔵野の風景をよく遺している。

遠くに見える霞が関が
未来都市のように見える風景でもある。
と、言いいたいところだが
その霞が関のビルたちも
昭和のバブル時代の遺産だったりもする。
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