麹町 番町文人通り

2020年11月09日 | 東京のお散歩
番町は、江戸時代、将軍を警護する旗本「大番組」の屋敷があった場所で
そのために番町と呼ばれていました。

その屋敷が手頃な大きさだった為が、明治以降多くの文人が居を構え
さながら「文人町」といった風情でした。

番町学園通りと番町中央通りの間のこの道には特に文人が多く住み
今では番町文人通りと呼ばれています。

現在でもこの通りには三遊亭円歌事務所と、さだ企画(さだまさし)という
文人の事務所(故三代目圓歌邸で現在は当代のマネージメント事務所)があり
文人の町として今でも息づいています。






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