世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

ハノイで就職斡旋?

2014年01月04日 | 
ときどきふと思う。自分は何をやっているんだろうか、と。

利益、収入につながらないことばっかりやっている。

体や貯えもいつまでもつかわからない。

というか、両方ともそう長くは持たないだろう。



昨日は、仕事を求めてボクのところにやってきた女性を、S君が手掛ける幼稚園に連れて行った。


   4月開園予定の幼稚園。


前の晩、S君とボクの店で飲んでいて彼女ことを話したら、会ってみたいということだったから。

なぜなら彼女は日本語ができた。

そこの幼稚園は日本人の子供が対象だ。



そこは、ハノイの北の日本人が多く住んでいる一角にあった。

今、ハノイの日本人向けの幼稚園は4つあるという。

その一角に割り込もうというわけだ。


1歳から5歳までが対象で、月謝は日本円で5~6万円という。

そして70~80人の園児を予想している。



彼女は保育士の資格は持っていないので、月給は5万円とS君が言った。


    面接中。



    園内を見学。


彼女はボクを見て嬉しそうな顔をした。

ただまだ決まったわけではない。

S君は、名古屋の本社の許可を得なければならないからと言って一週間待ってほしいと彼女に言った。



彼女は「ありがとう」とボクに言った。




「まだ決まったわけじゃないよ」とボクは答えた。

それでも彼女は、また「ありがとう」とボクを見ていった。」

ボクモ彼女に「ありがとう」といった。

彼女は首を横に振りながらまた嬉しそうに笑った。



ベトナムでは、ほとんどの人が親のため、家族のために当然のように働く。

日本も昔はそうだった。

今の日本では30になっても40になっても親の世話になっている人がたくさんいる。


彼女は3人兄弟の一番上。80万円払って日本に研修生として3年間住んだことがある。

ベトナムに帰ってからの定職はない。


心配して彼女のお母さんもバイクでやってきた。



先日紹介された母親だ。



幼稚園を後にすると、ボクらは食事することにした。

生春巻きと鶏肉の野菜いため、それにエビと豚をくるんだものを3人で食べた。








仲のいい母娘と別れると、ボクは一旦ホテルへ戻り、

タクシーでハノイ駅に向かった。


夜行列車に乗るためだ。

(To be continued)