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小さな恋の物語

2018年04月19日 | 100の力
小さな恋の物語



            夜間飛行


ホーチミンの長蛇の列の出国イミグレで並んでいると、すぐ前にいた女の子が振り向いてボクを見てにこっと笑った。

ボクも思わず笑顔を返した。

そして英語で聞いた。

「どこまでいくの?」

彼女は全く英語が理解できない表情を見せた。

ボクはベトナム語で同じ質問を繰り返した。

「フクオカ」

彼女はたどたどしい日本語でそう答えた。

「あ、一緒だよ、ボクも福岡」


数百人はいようかというこのイミグレ列は

これから様々な国に飛び発つ人ばかりだ。

その偶然性に奇妙な運命じみたものを感じた。


それを聞いた彼女は安堵の表情を浮かべながら嬉しそうに笑った。

どこかはにかんだ目が可愛かった。


「実習生?留学生?」

日本語で聞くが全く通じない。

ボクはありったけのベトナム語を駆使して、また同じ質問を投げかけた。

彼女はおもむろに手提げバッグから書類の入ったクリアファイルを出すと、

「〇〇日本語学院」と見ながら応えた。

これから日本語を勉強しに行く留学生だった。

「日本語勉強するんだ。頑張ってね」というボクの言葉に、彼女はまた嬉しそうに笑った。

だが、明らかにその笑顔の下に不安な表情が見て取れた。


彼女のパスポートに挟まれたボーディングパスの座席番号がボクの目に留まった。

「あれ、ボクと同じ列だよ。ほら」といってボクのボーディングパスを見せた。

彼女は31B, ボクは31Dだった。

これも偶然とはいえ、きっとキューピットのちょっとした悪戯のように思えて、

ボクの心は小さく踊った。


小柄な身体に似つかわしくない、パンパンに張った大きなデイバッグを彼女は重そうに背負いながら、

イミグレの列は牛歩の行進のように動いていく。

ボクは背中から降ろしたら、とジェスチャーで伝えると、彼女は素直にそうした。

だけど列が動くたびに引きづるようにバッグを持ち上げている彼女の姿が異様に初々しく印象的だった。

その間、僕たちはお互いの連絡先を交換し合った。

彼女が先にイミグレを通過すると、セキュリティチェックの列の波へと消えていった。


ボーディングゲートの前のベンチの中にも彼女の姿を見つけることは出来なかった。

だが、同じ列に座ることは分かっていたので、また逢うことはできるとボクの気持ちには余裕があった。

むしろ、この離れている間が、再会を待つ恋人たちの気分に高揚させてくれるようで嬉しかった。


ボーディングゲートが開くと、ボクはいつも列がなくなる最後に通過することにしている。

座席に行くと、案の定というか当然ながら彼女はポツンと小さな体をボクの二つ隣の席にうずめて座っていた。

彼女はボクを上目遣いに見ると、また嬉しそうにそして恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

なぜかその時、「伊豆の踊子」の学生を見る踊り子の表情と重なって見えた。


その僕たちのやり取りを一部始終を見ていた、

ぼく達に挟まれた格好のニキビ面の男性が不思議そうにボクを見た。

彼もまた彼女と同じグループの留学生だった。


「ともだち」

とボクは彼に、一指し指で彼女とボクを交互に指しながら伝えた。

彼は、「トモダチ」とぎこちない日本語で繰り返し、

また不思議そうにボクたちを2,3度首を左右に振りながら見比べる。

その彼の仕草に、彼女は初めてクスッとかわいらしい声を出して笑った。


          (写真は、イメージで登場人物とは関係がありません)


何かお互いの秘密を持ったいたずらっ子のような気持ちがボクの心を撫でた。


彼に席を代わってもらうことはできたが、なぜかこの距離感が返ってお互いの関心を高め合うようで心地よかった。

時々横目でお互いを確かめ合うと、目が合う度に僕たちは声を出さずに微笑みをかわした。


それは、映画「レオン」を彷彿とさせるようでもあり、

まるで青春時代の一コマに出会ったかのような心地よい錯覚を乗せて、

飛行機は轟音と共に夜空に飛び立っていった。








4月18日(水)のつぶやき

2018年04月19日 | ライフスタイル