幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

「不動心」松井秀喜著 ”努力の人!”

2019-08-14 02:40:40 | 本の紹介
・非常に大変な1年(左手首骨折)だったことは間違いありません。正直言って、手首の状態は完ぺきではないし、これからのことを考えると不安にもなります。しかし、難しいことを言うようですが、その苦しみやつらさこそが、生きている証ではないでしょうか。僕は生きる力とは、成功を続ける力ではなく、失敗や困難を乗り越える力だと考えます。
 乗り越えてやろうと思っています。乗り越えてみせつと、自分自身に誓っています。そのためには、いま自分がすべきことは何なのかを正確に受け入れ、それを補う努力をしていくしかないと思っています。

・石川県の実家にオープンした「松井秀喜ベースボールミュージアム」に僕はこんな言葉を掲げています。
 日本海のような広く深い心と
 白山のような強く動じない心
 僕の原点はここにあります
 ⇒「不動心」を持った人間でありたいといつも思っています。

・いつか現役を引退するとき、左手首を見つめて『おい、あのとき骨折してよかったな』と語りかけてやりたい。そう言える日がくるかどうかは、これからの自分自身にかかっているわけです。間違っても、『あのとき骨折さえしていなければ・・・』と振り返るような野球人生だけは送りたくありません」 

・長嶋さんは熱っぽい口調で語りかけてくれました。(長嶋さんも脳梗塞後に)
「松井、これから大変だけどな。リハビリは嘘をつかないぞ。頑張るんだぞ。いいな、松井」 

・リハビリは本当に難しいと思います。無我夢中で頑張るだけではなく、休むべき時は休まなければなりません。バットを振ってみたいという欲望にかられるときもありましたが、じっと我慢しました。僕は、こんな風に考えました。ジャンプする前には、体を縮めます。そうした準備行動をしなければ、決して高く飛び上がることはできません。「今は、体を縮めてジャンプの準備をしているんだと」と自分に言い聞かせ、我慢の生活を、できるだけ明るい気持ちで過ごしました。

・「まごわやさしい」
 ま;豆類
 ご;ゴマやナッツ類
 わ;わかめ、昆布なのど海藻類
 や;野菜
 さ;魚類
 し;シイタケなどのキノコ類
 い;いも
これらの食べ物を、毎日摂るようにするのです。

・人生も野球も失敗、そして後悔の連続です。その分、優勝したときや思い通りのプレーができたときの喜びも大きいのです。失敗と上手に付き合っていくためには、やはり「どうにもならないこと」ではなく「今、自分にできること」に集中するしかありません。

・絶対にコントロール不能なもの。それは人の心です。人の気持ちをコントロールしようとするほど、無意味なことはありません。・・・ でも、コントロールはできずとも、動かすことはできるのではないかと思っています。・・・ 全力でプレーをし、結果を残していれば、ブーイングは拍手に変わります。また逆に、もしも手を抜いてプレーをしたら、拍手がブーイングに変わります。

・「人間万事塞翁が馬」を心の支えにしている僕ですが、何もかも達観しているわけではありません。何が起こっても仕方がないと、あきらめているわけではなりません。「過去」は決して悔やまぬよう心がけますが、「未来」は違います。未来に対しては、厳しくありたいと考えています。過去はともかく、未来は自分でコントロールできるのですから。
「努力できることが才能である」
これも、子供の頃から僕を支えてくれた言葉です。
僕は決して「野球センスにあふれる」というタイプではありません。・・・ 努力しなければ、人並みにもなれないタイプでした。

・「未来」へ向けた一つの決意として、僕は素振りを欠かしませんでした。これは努力すればできることです。試合に勝った日も、ホームランを打った日も、大敗した日も、ヒット1本打てなかった日も、必ず素振りをしてきました。

・悔しさは「過去」ではなく、「未来」へぶつけるのです。僕にとっては、それが素振りです。

・星稜高校の一塁側ベンチや室内練習場には、こんな言葉が掲げられていました。
 心が変われば行動が変わる
 行動が変われば習慣が変わる
 習慣が変われば人格が変わる
 人格が変われば運命が変わる

・人より器用で素質があったならば、大リーグ1年目でも、ツーシームにあれだけ苦しむこともなかったに違いありません。あのときは、本当にどうしたらよいか分からないくらい悩みました。それでも、こんなはずではない。自分は日本で50本打ったのだから、たまたま結果が出ないだけ、そのうち打てるようになるさと思っているうちは、おそらく、ずっと悪い状態が続いていたでしょう。日本でプレーしていたときもそうでしたが、重要なのは、自分は不器用で野球の素質もないのだと認識すること、つまり己を知り、力の足りない自分自身を受け入れることだと思うのです。ギリシャの哲学者ソクラテスは「無知の知」を説きました。

・以前対談したとき、イチローさんは「吐き気を催すことがある」と言っていましたが、僕は精神的にそこまで追い詰められたことはないです。・・・
 結果が出ないときにグラウンド外で心掛けているのは、おいしい物を食べて、ぐっすり寝ることくらいでしょうか。イチローさんは苦しくて、寝ているときに泣いたこともあるそうです。「お前さァ、本当にそんなんでいいの?」とからかわれましたけど、そこまで追い詰めることはありません。

・トレーニングの一環として、僕は日本にいたときからPNF(神経節促進法)を取り入れています。これは、もともと1940年代、アメリカで脳卒中を患った人たちのリハビリの一環として行われた治療で、神経節を正常に反応させる訓練として用いられたと聞いています。簡単に言えれば、反射神経などの神経節を鍛えるトレーニングです。

・心からそうなりたいと思えば、その過程で自分に欠けているものが何かを考え、それをおぎなうための努力をする。

・ミーティング(トーリ監督)では
「自分たちのやれることをやろう」
「グラウンドに出たら持っているものを全部出し切ろう」
「自分たちを信じてプレーしよう」
といった、ともすればありきたりなことしか言いません。そういったアドバイスの根底にあるのは、選手に能力以上のものは求めない、そのかわり持っているものは100%出しなさい、ということなのだと理解しています。

・「怒る」のでなく「叱る」
 イチローさんは以前、選手も記者もお互いが切磋琢磨し合うべきだと話していました。

・ピタゴラス
「怒りは無謀をもって始まり後悔をもって終わる」

・自分がいなくてもヤンキースは勝ち続けたわけで、自分の代わりはいくらでもいるのだという現実も、真摯に受け止める必要がありました。

感想
松井選手は野球の才能にあふれた人だと思っていましたが、”努力の人”だったことを知りました。
努力し、悩み工夫してこられた野球人生だったのでしょう。
そこから生まれた言葉には重みを感じました。