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第9図(前回記事ではB図)は、羽生マジックが炸裂した直後で、普通に進めた場合とは先手の銀の位置に違いが出ていて、△7六馬が飛車取りの先手になっている。
飛車を逃げる▲6九飛に追い打ちをかけるように△5八銀と打ち込まれ、先手陣にも火の手が上がり、局面は一気に緊迫度が増した。
これに対し、久保棋王も▲5六飛と切り返したのが第10図で、本局の分岐点になった局面だった。
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実戦では、羽生名人は△4九銀成▲同銀△同馬と切り込み、▲4九同飛に△6五金▲4六飛△5七銀(第11図)と絡みついていったが、
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久保棋王は▲6三歩成△同歩▲5四歩△5八金▲5三歩成△同金▲3八銀(第12図)と冷静に応じ、
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△6七桂成▲5四歩△5二金引▲3四銀(第13図)
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以下、羽生名人の攻めを見切り、正確な指し手で第1局を制している。
戻って10図、
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ここでは検討陣は△8七馬が有力と見ていて、「まだ先が見えない。先手がいいと思いますが、差は縮まっている」(中継解説)
局後の検討でも △8七馬に▲5八飛なら△6九馬で、また△8七馬に▲7九飛△4九銀成▲同銀△6五馬で、後手有力だったようだ。
今回記事を書くに当たって、改めて本局を並べて、本局の素晴らしさを感じました。なので、「あえて言及しなくてもいいか」とも思いましたが、副題を「先崎八段の解説など」していますし、そもそも、氏の解説がこの記事の動機の一つでもあるので、突っ込みを入れることにします。(副題は変更するかもしれません)
さて、第10図の▲5六飛を、先崎八段は「この手が名手でしたね。盤上全体を制圧する非常にいい手でした。やっぱり(先手の)勝ちですね」と。△8七馬は全く眼中になかったようです。
この後も、「△6七金は重たい手。ここはどうやってもダメ」「(△5七銀・第11図では)駒が足りないから差が付いています」
ちなみに、第12図の▲3八銀まで進めたところで、▲6三歩成△同歩を抜かしてしまったことに上田女流が気づく。さらに、動揺した上田女流が△6七桂成を抜かして△4六銀成と動かそうとする。
△2二角成以下の即詰みを「手数が長いんだけど、1秒あればプロは読める」と。
客観的に先崎解説を検証しようとしたのですが、ダメです。
本日分だけでなく1局を通じて、上面を眺めただけのようにしか思えません。断定的に語るので、紙一重の戦い、そのぎりぎりさが伝わってきません。と言うより、局面を常識や先入観で捉えるので、本局のぎりぎりの僅差での競り合い、しかも、形勢は揺れていたことに気づいていないようです。
また「最高実力者が最高峰を懸けて全知全能を傾けた将棋を解読しよう」とか、「最高峰の将棋を全国の将棋ファンにその素晴らしさを伝えよう」という意志を感じません。
しかも、こういった印象は本局だけでなく、常々感じています。
△2二角成以下の即詰みを「手数が長いんだけど、1秒あればプロは読める」という言葉ですが、羽生名人を相手に2日間頭脳を振り絞った後、タイトル戦第1局の重みを感じた上で、時間切迫の中で、この詰み筋を数手前から読み切って、この局面に導きだすのは容易ではないでしょう。
この局面になれば1秒で見えるとは思いますが、簡単に「1秒で読める」と言えるのでしょうか。
名局だったのに、残念な解説でした。