台湾に 咲くやこの花 春の先
梅士 Baishi
昨日も今日も、昼飯は「ねぎ乗せたこ焼きしょうゆ味」
350円だった。
大阪ではそれも一食であろうが、博多では異食である。
連日綱渡りの仕事をしている。
その綱の先に国家建設という教育の本懐があるのかは
疑問ではある。
少なくとも、そういう高尚な意図をもって作られた組
織ではなさそうだ。
そういう孤軍奮闘的もどかしさはあれ、排除されてい
るわけではないから、いわばヤドリギをしている。
数年前に、「遊びを仕事に」というコンセプトを提案
した。
採用されなかったが、排除されたわけではない。
そこが、ヤドリギの生息環境ではあろう。
大学にはない発想のはずである。
できれば、幸福の科学学園の仕事が直截な教育革命に
ちがいない。
エリート教育はある意味楽な仕事である。
しかし、市井の泥水を飲めるようにすることも微生物
的働きに違いない。
水道哲学の前に微生物的努力があるということだ。
しかし、気概なき日本人、目先の要領で動く小ざかし
い日本人が嫌になってきた。
首都に巣食うマスコミを壊滅するような天変地異を望
む。
そうでもなければ変われないような、ふがいない日本
人であるから。
津波で壊滅した街に電信柱を立てるな。
官僚は町の復元ではなく、小さな町を収容する高層ビ
ルを建て、これを要とする交通網を作るべきだ。
自分が裁きの神ならば、関東と関西に壊滅的な天災を
下すであろう。
左翼の拠点地域を破壊するであろう。
天罰もまた教育だからである。
天罰を呪う前に、ふがいなき国民であることを恥じる
べきである。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi