似てきちゃった感がありますが・・・(笑)
今週は、いろいろ忙しくって
なかなかパソコンの前に座る時間も少なく
全く更新もできずに過ごしてしまいました。
冬の野菜苗の植え付けや
本業の会社の仕事も忙しく
何気に疲れもたまり、いや正確に言えば先週末のあかぎ大沼・白樺マラソンの
疲れも残っているのか、いまだに少々の筋肉痛も残っており、
走る事はおろか日常の生活にも難儀している状態でもあるのです。
そこに持ってきて、会社の食堂の夕食を食べてからと言うもの、
どうも胃腸の調子が思わしくもなく、疲れからくる消化器系の機能低下からくる
不調と言った所なのでしょうか。
それでも、ゆっくりでしか走れない事を承知の上で
今日も早朝よりいつもの熊谷スポーツ文化公園に向かいました。
するとこんな時間にもかかわらず、駐車場にはかなりの車の数。
この時間のこの盛況ぶりは数年前の状況と
比較すれば、雲泥の差、月とすっぽん、
驚いたサルが木から落ちて、弘法も字を
間違えちゃった位の驚きがあります。
しかも、確かにウォーキングを楽しむ人も
増えたのは事実でしょうが、それ以上にランナーの増加が著しい。
東京マラソンに代表されるように我も我もと、みなが走り出したようで、
おまけに某国営放送による「がってん」が、どうしたこうしたとか言う番組で
スロージョグの効能なんか特集しちゃったものだから、綿のTシャツに
激安量販店で格安販売中のジャージと何処の靴屋さんでも売っている
1000円でおつりがくるくらいの高性能ランニングシューズを履き、
息を切らして下あごを突き出して走っている方達を見ると、
近い将来1億数千万人国民総ランナー時代がやってくるのではないかと予感。
もう、私がフルマラソンを走れると言っても「それが?何か???」と、
きつい突込みを入れられてしまう日も近いのではないかと。
また、運動会シーズンのこの季節には運動会の華である徒競争の距離が
10kmや42.195kmになったりだとか、100×4のリレーが100mではなく
100kmになってしまったりと、ほぼ全競技が終了するまでに1週間は
ゆうにかかることにならないかと心配になりながら走っていると
どうにもおかしく薄ら笑いを浮かべてしまい、不意に後を向かれたよそのお宅の
若奥様にその様子をバッチリ見られ、恥ずかしさから脂汗が流れてしまいました。
また、やはり運動会用のおっつけ仕事的な
運動でこの公園を走っている奥様達、
お願いですから私のそばを走らないで・・・。
私の前方を走ったり歩いたりされると、
私が変体ストーカーと化し後ろから
うら若き奥様達を
つけまわしてるが如きに見られてしまいますがな・・・。
当局に連行されちゃう!
さあ、おばかな話はここまで。
これからは少しシビアなお話です。
私はその言葉自体好きではないのですが
“障害”を持った子供達が走っていました。
彼らは、ホントに頑張っており
ボランティアの方達に支えられ
彼らなりの走りをしていたと思うのです。
すごくゆっくりで、それでも確実に一歩一歩前進する姿にこちらまで
勇気付けれれ・・・。
しかし、私が彼らにかけた言葉 「がんばれ~、ファイト!」
「障害なんかじゃなく、個性だ!」って頭の中ではいつもその障害と言う言葉を
否定していた私も、心のどこかで彼らを「上から目線」で見てはいなかったかと。
「ナイスラン!、ナイスファイト!!!」が
妥当であり、同じランナーとしてお互いの
健闘を称え、そして同じ汗をかく
仲間であるならば
いくら時間がかかろうと、
もっと頑張れなんて言う言葉は
とっても失礼だし、自分がその立場だったら悲しくなっちゃうかも・・・。
反省!いっぱい反省しなくっちゃ。
彼らに対して、同じ目線で同じ環境で同じ勝負をしているその時は
みなライバルな訳です。
同時刻のゴールを競う相手だけが、よきライバルじゃない。
コース上にいるみんながライバルであり仲間であり友達なんです。
励ましはあったとしても同じ場所、同じ位置からの心の叫びでなければ
何の効力もない、ただのたわごとに過ぎない偽善的行為による
自己満足だけなのです。
そんな人間にはなってはいけないと心の底からそう思いました。
声をかけた多くの皆さんはそんな事は絶対にないと思います。
心のままに「頑張れ」って、優しく声をかけたのでしょう。
その事も当然なんですよね。
素直な気持ちになれず、自分に否定的な感情を抱いている私自身が
おかしいのかも知れません。
だけど、今になって考えると何故か
恥ずかしい。
ここは素直に「ごめんなさい!」って、
謝りたい。
どうか、彼らがこれからも
そんな目線を感ずることなく、
走り続ける事のできる世の中になっていってほしい。
自分の事を棚にあげて虫のいい話だけど、そう願わねばいられぬ
今日この頃なのです。
あ~あ、悩みは尽きない。。。