「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

死刑と無期の「境界」

2006年06月18日 14時39分46秒 | 光市母子殺害事件
 
 今日の朝日新聞の記事からです。

 光市母子殺害事件に対する 最高裁の上告審判決が、20日に言い渡されるそうです。

 高裁の無期判決が破棄され差し戻し、または、死刑判決が出される可能性が言われていますが、

 死刑になるか無期になるか、過去の「境界事例」を挙げて 解説していました。

 死刑と無期の一番の境目は 被害者の人数で、

 1人だと無期懲役以下、3人以上は死刑となるのが通例です。

 この事件のように、2人の場合が裁判官を悩ませるそうです。

 もちろん他の要因もあり、人数だけで決まるものではありません。
 

 加害者の犯行後の情状も そのひとつですが、

 この事件では、加害者が友人に宛てたという 手紙の内容が取り上げられています。

 被害者や遺族を愚弄する 不謹慎で身勝手な文面は、人々の感情を逆なでしました。

 被害者遺族や国民の処罰感情に、大きく響いたことは間違いありません。

 ここ10年で 死刑判決の割合は上昇しており、

 「治安情勢や国民の処罰感情など 社会全体の情勢と、

 裁判所の量刑は 無関係ではない」ということです。

 また、女性や幼児が被害者の場合に、量刑に“重み付け”がされるそうです。

 一方、加害者が未成年というのは、さほど重視されないとのこと。

 近年、少年法や刑法が厳罰化されている影響でしょうか。
 

(国民が直接 審理に参加する「裁判員制度」が 3年後に開始されますが、

 国民の処罰感情が 量刑により強く反映されることになるでしょう。

 裁判員制度では 争点の簡略化にともない、

 上述の加害者の手紙のような、素朴な感情に訴える根拠ばかりが

 取り沙汰されはしないかと、懸念します。

 重大な判決は、総合的で精緻な観点から 熟慮されるべきと思います。)
 

 光市母子殺害事件の加害者は、これまで起訴事実は争わずにきましたが、

 上告審になってから、殺意はなかったと言いはじめました。

 被害者遺族の本村洋さんの見解では、死刑の可能性が出てきて 初めて、

 加害者はその判決を免れるため あがいているのだと言っています。
 

 本村さんには 生前の心子もともに近距離で会っていますし、

 罪悪を決して許さない心子でした。

 僕は必ずしも 死刑を期待するものではありませんが、

 2日後の最高裁判決の行方が、非常に注目されるところです。
 

(関連記事  http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/29299802.html)
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする