「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

脳死は人の死か? …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (18)

2010年08月22日 21時02分33秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○公衆電話 (川原沿い)

  美和子が 病院の若林に電話する。

美和子 「若林先生、 佐伯です。はい ……、え、

 木下さんが ……… !? 2回目の判定をして

 …… 脳死が確定 …… ! (息を呑む)」

若林の声 「ただし、 まだ倫理委の承認も 家族

 の承諾もない。 淳一くんには 伏せておくよ

 うに」

美和子 「(緊張して) …… 分かりました ……

 …」

  美和子、 淳一のほうへ 目をやる。

  河川敷で スケボーをしている淳一。

美和子 「………」
 

○東央大病院・ ICU

  人工呼吸器をつけた幸枝。

  器械によって 規則的な呼吸をしている。

  直哉が傍らに寄り添い、 手を握って 悲し

  みに沈んでいる。
 

○同・ 控室

  美和子と世良、 救急医の川添に打診している。

川添 「臓器提供?  僕は木下さんを救おうと

 全力で治療してきたんです。 脳死になった

 途端に 手の平を返して、 臓器をくれなんて

 こと 言えませんよ」

美和子 「一日千秋の想いで 臓器を待ち望んで

 いる 患者さんたちのために、 どうか」

川添 「救急医として、 木下さんの命の最期を

 守るのが僕の仕事です」

世良 「移植を受けられないために、 今この

 瞬間にも 亡くなっていく人達が いるじゃない

 ですか」

川添 「私は 脳死を人の死とは 認められません。

 生きてる人から 臓器を摘出することなんて

 できません」

美和子 「人間として、 その人をその人たらし

 めている 人格の座は脳です。 脳の活動が

 不可逆的に停止すれば、 人の死だと思います」

川添 「脳死の人は 脈もある、 触れば温かい、

 バイタルサインのある死体なんて あります

 か?  赤ちゃんを産むことだって できるん

 ですよ」

 〔*バイタルサイン …… 脈拍数、 血圧、

   呼吸数、 体温など、 人間が生命を営んで

   いる 基本的なサインのことを言う。〕

美和子 「脳死臨調も 脳死を人の死とする 答申

 を出しました」

 〔*脳死臨調 …… 「臨時脳死及び臓器移植

   調査会」。 総理大臣 (海部当時) の

   諮問機関。 平成四年一月に出された 最終

   答申では、 脳死を人の死とする 多数派

   の意見と、 人の死としない 少数派の主

   張が併記される 異例の形となった。

   しかし、 脳死移植を是とすることでは

   全委員の見解は一致した。〕

川添 「臨調委員の多くは 付和雷同の素人です。

 最後まで信念を通した 少数派の見識を

 僕は高く評価しますね」

美和子 「でも 脳死移植は認めてるじゃないで

 すか」

川添 「私の患者さんである以上、 私から 提供

 をお願いすることはできません」

美和子 「川添先生 …… !」

(次の記事に続く)