「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

淳一の背中 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (14)

2010年08月15日 20時44分36秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○佐伯宅・ 風呂場

  淳一がぼんやりと 湯船に浸かっている。

自分の腹部を ゆっくりとさすってみる。

淳一 「………」
 

○同・ 脱衣場

  美和子、 そっと中を窺う。

美和子 「…… ジュン …… 背中、 流そうか、

 久しぶりに ………」
 

○同・ 風呂場の中

淳一 「………」

   ×  ×  ×  ×  ×

  美和子が 淳一の背中を流している。

美和子 「ジュン、 落胆しないでね …… きっと

 希望はあるから」

淳一 「オレより 姉キのほうが 気落ちしてんじ

 ゃないかって 心配してたよ …… (しんみり

 として揶揄)」

美和子 「あたしが ジュンを助けるんだって、

 ずっと 思いつづけてきたんだもんね ………」

淳一 「姉キの体、 傷モンにならなくて よかっ

 たな」

美和子 「でも、 もう後ろは見ないことにする

 …… 今は 肝臓提供してくれる人が 現れるのを

 待つだけ ……」

淳一 「………」

美和子 「(淳一の背中を流しながら) 何年振

 りだろうね、 こんなことするの …… ジュン

 の背中も 広くなった ……」

淳一 「…… オレ …… 長い間、 何か背中に

 負ってたような気がする ……… それが何だか

 なくなったような ………」

美和子 「…… ? ……」

(次の記事に続く)
 

動物実験 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (13)

2010年08月14日 23時08分58秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ 外景
 

○同・ 第二外科・ オペ室

  開腹された術部。

  肝臓が切り取られ 摘出される。

  その肝臓を 隣の手術台に運ぶ。

緒方 「レシピエントの 腸管の鬱血は取れてる

 か?」

山岡 「はい、 大丈夫です」

緒方 「心臓への血液還流は?」

山岡 「よく確保されています」

  緒方ら 数人の医師が、 犬による 肝移植の

  実験を行なっている。

  美和子と世良、 見学している。

  真剣な表情の美和子。

緒方 「バイオポンプの調子は いいようだな」

小池 「循環動態、 安定しています。 出血量も

 問題ありません」

緒方 「左肝静脈、 右肝静脈を連続縫合、 次に

 門脈の順で行く」

小池 「分かりました」

  緒方、 摘出したドナー肝を レシピエント

  犬に 手早く吻合し始める。

  緒方の 熟達した手技を 見つめる美和子。

世良 「(美和子に) 見事な手さばきだな」

美和子 「肝臓を摘出してから 血流が再開する

 までの時間を、 どれだけ短くできるかが

 肝移植の勝負どころなの」

世良 「(美和子の肩に しっかり手を置き)

 緒方先生なら きっとやってくれる」

美和子 「…… でも、 脳死のドナーが 出ないこ

 とには ………」

  手際よく 実験作業を進めるスタッフたち。
 

脳死肝移植 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (12)

2010年08月13日 21時11分57秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ カンファレンスルーム・ 早朝

世良 「……… (美和子をいたわる)」

緒方 「お気の毒です ……… (見るに忍びな

 い)」

美和子 「……… (嗚咽を堪える)」

淳一 「(涙をにじませる) …… 姉キ……、

 いいんだよ、 今までしてくれたことだけで、

 オレ、 感謝してる………」

世良 「…… ジュンくん …… (居たたまれな

 い)」

  緒方、 一礼して 部屋を出ていこうとする。

  美和子、 涙で崩れた顔を 持ち上げる。

美和子 「…… 緒方先生 …… !」

  緒方、 立ち止まって振り返る。

美和子 「…… 脳死肝移植を ……お願いします

 …… !」

淳一 「……… !?」

世良 「美和子 ……… !?」

緒方 「……… (驚きを隠す)」

美和子 「先生が、 脳死移植を推進したいと

 おっしゃるなら ………」

若林 「佐伯くん …… ?」

緒方 「…… 今の時点では まだ社会的コンセン

 サスが不十分だ」

美和子 「(緒方の顔を 真正面から見据えて)

 コンセンサスは 座視していても得られません。

 脳死移植の 実例を積み重ねて、 形成し

 ていくべきではありませんか? 」

淳一 「……… (唖然としている)」

緒方 「脳死移植に対する法律も まだできてい

 ない」 【*注】

美和子 「立法以前に移植を実施すると 発表し

 ている病院もあります」

緒方 「しかし第一例目は 慎重の上にも慎重を

 期さなければ」

美和子 「悠長なこと言っているあいだに 弟は

 …… !  そんなに社会の批判が 恐いんです

 か …… !?」

若林 「佐伯くん、 落ち着きなさい!」

美和子 「もし先生のお子さんが 移植を必要と

 したら、 それでも人の目を 気になさいます

 か …… !?」

緒方 「……… (淳一を見る)」

美和子 「お願いします …… !  命を救える

 技術があるのに 手をこまねいているなんて、

 一体何のための 医者ですか ……… !?」

淳一 「(辛いのをこらえて) 姉キ、 もういい

 よ …… そんなにまでして ………」

緒方 「……… (沈思)」

美和子 「先生 ……… !!」

世良・ 若林 「……… (息を呑んで 事態を見つ

 める)」

緒方 「……… 学内倫理委員会に 緊急に脳死移

 植の申請を 提出しましょう (凜然と)」

世良 「え …… !?」

美和子 「ほ、 本当ですか …… !?」

緒方 「医者として 目の前の患者さんを みすみ

 す死なせる 訳にはいかない」

美和子 「緒方先生 …… !!」

緒方 「批判も 甘んじて受けましょう」

美和子 「あ、 ありがとうございます …… !!」

世良 「美和子 ……! (驚き喜ぶ)」

緒方 「(苦笑) ……… どうも、 あなたには

 いつも 押し切られてしまうようだな」

美和子 「ジュン …… !! (ジュンを思い切り抱

 きしめる)」

淳一 「…… 姉キ ………」
 

【*注: この 「生死命(いのち)の処方箋」 は 

 1989年に 書いたシナリオで、

 臓器移植法ができる以前のものです。】

(次の記事に続く)
 

ダイレクト・クロスマッチ …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (11)

2010年08月12日 20時59分55秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(http://blog.goo.ne.jp/geg07531/e/8ad0bc4ca8cafe78a4fa0422951afe5c からの続き)

○ファミリーレストラン (明け方)

  美和子と世良、 軽食を取っている。

世良 「(腕時計を見て) 結果が出るまで あと

 2時間 ……」

美和子 「父と母にも見せてあげたい、 ジュン

 の手術 ……」

世良 「よく、 ジュンくんを ここまで育ててき

 たな ……」

美和子 「母が 病気のジュンを 産んだ心労で

 亡くなったときね、 あたしは 絶対強くなって

 ジュンを守るんだって 誓った ……、 まだ

 中学生だったな ……」

世良 「学生のとき お父さんが過労で亡くなっ

 たあとは、 家を売って一人で ……」

美和子 「ジュンを人の手に 任せたくなかった

 のね ……」

世良 「嫉妬するくらいだよ、 美和子のジュン

 くんへの愛情 ……」

  夜が白んでくる。

美和子 「(窓の外の空に 遠く目をやり) いよ

 いよね ………」
 

○東央大病院・ カンファレンスルーム (早朝)

  美和子、 淳一、 世良、 若林が待っている。

  美和子、 淳一は 緊張を隠せない。

若林 「(美和子に) 杞憂の必要はないさ。

 たった一度の輸血で 君と一致する抗体なんて

 できるもんか」

美和子 「ええ ……」

世良 「大丈夫だよ (美和子の肩を叩く)」

  緒方がデータを持って はいってくる。

緒方 「クロスマッチの 結果が出ました」

若林 「ご苦労さまです」

  息を呑む美和子。

緒方 「…… 抗HLAクラスI抗体が 産生され

 ていました ……」

淳一 「え …… !?」

美和子 「そんな …… !? (愕然とする)」

世良・ 若林 「!! ……… (愕然)」

緒方 「残念ですが 陽性である以上、 今の免疫

 抑制法で 超急性拒絶反応を抑えるのは 困難

 です ……」

美和子 「も、 もう一度 やり直してください、

 きっと検査の間違いです …… !!」

若林 「佐伯くん、 失礼だ ……」

美和子 「何とかならないんですか …… !? 

 どんな方法でも ……… !!」

緒方 「…… 外科医として、 これだけ危険な

 手術を するわけにはいきません」

美和子 「先生、 お願いですから 弟を ………

 !!」

若林 「佐伯くん …… (無念さを押し殺して

 美和子を制する)」

美和子 「ああ ……… !! (切歯扼腕)」

淳一 「姉キ …… !!」

  美和子、 淳一を抱きしめる。

美和子 「(体をぶるぶる震わせて) こんな

 馬鹿なことって …… !!  今まで一体 何の

 ために ……… !!」

淳一 「 …… 仕方ないよ …… 姉キ、

 仕方ない ……… !」

世良 「美和子 …… ! (美和子と淳一を抱きし

 める)」

若林 「佐伯くん、 無念だ ………」

美和子 「ああああ ………、 ジュン ……… !!

 (声を出して泣く)」

淳一 「(感情を飲み込む) ………」

(次の記事に続く)
 

エアコンと扇風機を 買い替えました。 (;^_^A

2010年08月11日 20時30分17秒 | Weblog
 
 今夏の猛暑も ピークを過ぎてしまったんですが、

 今日は 強い日差しの真夏日、 新しいエアコンが入りました。

 去年の DVDレコーダー, 液晶テレビ, 洗濯機, 乾燥機、

 今年の 冷蔵庫, 自転車, 電話FAX, メガネに引き続き、

 十数年に一度の 大きな買い物が 一遍に重なっています。  (^^;)

 古いエアコンが 前から具合が悪かったんですが、 例のごとく、

 電化製品を購入する際は 家電店を何軒も見回って  “リサーチ” するので、

 日にちが経ってしまいました。  (^^;)

 あれこれ検討の末、 ビ○クカメラで購入することに決め、

 日を改めて 売り場に直行し、 購入の手続きをしました。

 そのあと、 これも壊れてしまった 扇風機を決めるため、

 最終的に 何店か見回りました。

(エアコンと扇風機を併用することで、 冷房の冷しすぎを避け、

 体にも懐にも優しいのは ご存じと思います。)

 その際、 念のため、 すでに数日前に見終えていた

 ヤ○ダ電気 (LABI) の エアコン売り場も覗いてみました。

 すると、 先日はなかった機種が 在庫限りの特売で 展示されています。

 それは ビ○クで購入したエアコンの 上位機種で、

 性能が高く、 さらに こちらの方が安いのです。

 ビ○クの上位機種と比べると、 何と 1万3千円も安値。 ( °◇ °)

 ただし 10%などのポイントは付きませんが、

 配送料や長期保証は ビ○クの有料に対して こちらは無料。

 店員に聞くと、 在庫整理のため 今日展示されたばかりで、

 現品限りだというのです。  (Θo Θ;)

 性能のいいほうが 安いのだから、 やっぱり こっちのほうがいいと思い、

 ビ○クにキャンセルに行くと、 難なく無料で 手続きができました。(-。-)

 東京の家電店では、 1日違い, 時には数時間違いで

 価格が変わることがあるので、 運不運は免れません。

 今回は結果的に、 すれすれのところで ラッキーなタイミングでした。  (^_^;)
 

 今日は 下記に書いた 水風呂にも入ってきました。
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/60928498.html

 この前より 良い “水加減” で、 冷え冷えです。  (^o ^;)
 

家族の同意のみで 初の臓器移植

2010年08月10日 13時43分18秒 | Weblog
 
 ドナー本人の 臓器の提供意思が不明で、 家族の同意のみによる 脳死移植が、

 臓器移植法が改正されてから 初めて行なわれました。

 改正前の移植法では、 本人の書面による 意思表示のうえに 家族の同意が必要で、

 提供のハードルは 世界でも突出して高く、

 現場からは  「これでは移植禁止法だ」 という声が出たほどの 厳しい規則でした。

 そのため 脳死移植は、 移植法施行後 約13年間で、

 わずか86例しか 実施されていませんでした。

 アメリカでは年間数千例、 欧州でも数百例が行なわれています。

(今回の改正では、 従来認められていなかった、

 15才以下の患者からの提供も 可能になりました。

 また、 ドナーの家族に 優先的に臓器を提供できる 制度も加わりました。)

 今回のドナーは 20代の男性ですが、 生前家族に 臓器提供の意思を伝えており、

 家族はそれを尊重したい という意向でした。

 ドナーの善意は、何人もの人を 救うことになります。

 心臓, 肺, 肝臓, 腎臓, 膵臓などが、

 それぞれ 移植を待つ患者に 届けられました。

 ドナーの体の一部は、 今後も彼らの体の中で 生き続けるのです。

 今後、 臓器提供の機会が 増えることが期待されますが、

 慎重な対応も求められます。

 本人が生前に 拒否の意思表示をしていなかったかどうかの確認,

 脳死判定の厳格さ, 家族への充分な 説明と納得などが、

 保証されなければなりません。

 本人が提供を希望していたとしても、

 同意した家族が 後々になって後悔する というケースもあります。

 家族へのケアも 充実されなければならないでしょう。

 日頃から家族の間で、 万一の場合について 話し合っておくことが望まれます。

 なお、 当ブログで連載中の  「生死命(いのち)の処方箋」は、

 臓器移植法が施行される前に 書いたものです。

 脳死, 移植の実態について、 参考になれば幸いです。
 

組織適合試験 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (10)

2010年08月09日 20時27分46秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○佐伯宅・ 淳一の部屋

  光の中で 全裸で寝ている 淳一とポチ。

  共に サングラスをかけている。

  電話のベルが鳴る。

  起き上がる淳一。
 

○同・ リヴィング

  電話が鳴っている。

  淳一が裸のまま ポチを抱え、 サングラス

  を外しながら来る。

淳一 「(受話器を取り) はい、 佐伯です。 

 ……ああ、 姉キ。 …… え、 何だよ、 けた

 たましい…… え、 診察?  外科の緒方先生

 ?」
 

○東央大病院・ ロビー

  美和子が喜び勇んで 電話をかけている。

美和子 「そう、 それで 適応と診断されれば

 手術してくださるって!  移植ができるの

 よ!」
 

○佐伯宅・ リヴィング

淳一 「え!? …… (しばし戸惑い) そうか

 …… いよいよ、 姉キが オレのなかに……

 …」
 

○東央大病院・ ロビー

美和子 「(感無量) 長かった、 これまで……

 …。 あした、 検査するからね」
 

○佐伯宅・ リヴィング

淳一 「…… うん …… 分かった …… うん 

 …… (複雑な想い)」
 

○東央大病院・ CT室

  緒方が 淳一にCT検査をしている。

  神妙な顔の淳一。

  美和子、 世良、 若林も 心配そうに見てい

  る。

世良 「(緒方に) 手術はどうですか?」

緒方 「体力的には 問題はないでしょうね」

世良 「美和子とジュンくんの 臓器の組織適合

 は?」

美和子 「肝臓移植はね、 赤血球のABO型や、

 HLAっていう白血球の型が 合わなくても

 あまり影響はないって 言われてるの」

緒方 「しかし 血液検査や肝機能検査、 リンパ

 球交差試験 〔*〕 の結果を見ないと 確実な

 ことは言えません」

 〔* リンパ球交差試験 …… ドナーのリンパ

   球と レシピエントの血清を 直接交ぜて、

   抗体の有無を調べる。 ダイレクトクロ

   スマッチとも言う。〕

美和子 「……… (不安と緊張)」

  世良、 美和子の肩に しっかり手を掛ける。

(続く)
http://blog.goo.ne.jp/geg07531/e/b50cbb8eee878160efd838069a4251c1
 

生体肝移植 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (9)

2010年08月08日 21時04分12秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ 消化器外科・ 緒方の部屋

  美和子、 若林が 緒方に手術の依頼をして

  いる。

緒方 「生体肝移植? あなたがドナー 〔*〕

 に?」

  〔* ドナー …… 臓器提供者〕

美和子 「よろしくお願いします!」

緒方 「…… しかし …… (渋る)」

美和子 「何か問題が? ……」

緒方 「肝は生体ではなく、 脳死からの移植が

 本道だと 私は考えているんです」

若林 「日本ではもう 60例以上の生体肝移植が

 行われています。 緒方先生のチームなら 

 技術的に難しい部分肝移植も 充分にクリアで

 きると思いますが」

緒方 「行われてるのは 小児への移植です。

 今回のレシピエント 〔*〕 は 18才、 大人への

 部分肝移植は 肝を大きく切り取るわけで、

 あらゆる面からいって 危険が多すぎます」

  〔* レシピエント …… 臓器受容者〕

美和子 「でも それに賭けなければ ……!

 私、 肝機能を良好に保つために 常に細心の注意

 を はらっています」

緒方 「健康な人の体を傷つける 生体肝移植は、

 脳死移植よりも 倫理的問題があると思いま

 すね」

美和子 「私は どうなっても構いません!」

若林 「脳死移植が社会的に 受け入れられてい

 ない現在は、 止むを得ないのではないでし

 ょうか」

緒方 「脳死問題を避けて通るための 緊急避難

 として 生体肝に頼るのは、 脳死移植にブレ

 ーキをかけることになります」

美和子 「できる治療があるなら どんな方法で

 も 患者を救うべきではありませんか?」

緒方 「脳死移植を 社会に認められた治療とし

 て 定着させるためには、 目先のことで焦っ

 てはならない」

美和子 「目先?  社会全体のために 一人の

 人間が 犠牲になるんですか!?」

緒方 「………」

美和子 「目の前の患者の 命を救うのが 医者の

 使命ではないんですか!?」

若林 「(美和子を制して) 佐伯くん……!」

美和子 「(緒方にすがりつくように) お願い

 します!  緒方先生、 お願いです……!!」

  考え込む緒方。

(次の記事に続く)
 

“その時” …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (8)

2010年08月07日 20時25分41秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ 医師控室

  美和子、 世良、 若林。

若林 「(淳一のカルテを見ながら) いよいよ

 “その時"  が 来たかもしれない」

美和子 「私はいつでも 心の準備はできていま

 す」

若林 「交換輸血を繰り返えさないうちに 早く

 やったほうがいい」

美和子 「はい」

世良 「と言うと? (メモを取りながら)」

美和子 「輸血によって 他人の血液に対して

 できた ジュンの抗体が、 万一 あたしのリンパ

 球と一致すると、 移植ができなくなってし

 まうの」

世良 「抗体によって 拒絶反応が起きてしまう

 ということ?」

美和子 「そう、 これは超急性の拒絶反応でね、

 移植してから一日で 臓器をだめにしてしま

 うくらい 激しいものなの」

世良 「交換輸血の回数が増えれば 抗体ができ

 てしまうかもしれないわけか」

若林 「まあ 確率は低いですがね、 早く手術す

 るに越したことはない」

美和子 「若林先生、 二外 (にげ) 〔*〕 の緒方

 助教授に 依頼してみてください」

 〔*二外 …… 第二外科〕

若林 「(頷く) 緒方先生のチームは、 肝移植

 最先端のピッツバーグ大学で 全員が研修を

 積んで、 体制は万全のはずだ」

(次の記事に続く)
 

悪夢 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (7)

2010年08月06日 20時15分24秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○暗闇

  淳一が 全身激しい痙攣に 襲われている。

  意識傷害を起こし、 うわ言をわめいてい

  る。

  美和子が狂乱して 淳一を抱きしめる。

美和子 「ジュン……!!  しっかりして、

 ジュン………!!」

  震えつづける淳一。

美和子 「死んじゃイヤ…… 死なないでェ……

 …!!  ジュン!  ジュ~~~~ン……

 …!!」
 

○佐伯宅・ 美和子の寝室

  がばっと 夢から覚める美和子。

  べっとり 脂汗をかいている。

美和子 「………」

  額の汗をぬぐい、 ベッドから立つ。

  ガウンをはおり、 そっと部屋を出る。
 

○同・ 淳一の部屋の前

  美和子が来る。

  静かに ドアに顔を近づける。
 

○同・ 淳一の部屋の中

  淳一が光の中、 サングラスをかけて 眠っ

  ている。
 

○同・ 淳一の部屋の前

  美和子、 ドアの前で 膝を抱えて座る。

  頭を垂れ、 目を閉じる。
 

○東央大病院・ 第二内科

  美和子、 若林が 淳一に交換輸血をしてい

  る。

  世良もいる。

淳一 「やっと 来るべきものが来たって 感じで

 すね」

若林 「一過性かもしれないし、 心配しなくて

 も大丈夫だ」

世良 「ジュンくん、 頑張るんだよ」

若林 「当面は週一回 交換輸血をして、 それか

 ら 光線治療の光量も強くしよう」

淳一 「取り替えるならインバーターにして

 よ」

美和子 「……肝臓も 取り替える……」

淳一 「………(美和子を見る)」

美和子 「………」

淳一 「(目を背けて) ………きのうは悪かっ

 たな………」

美和子 「………(安堵)」

(次の記事に続く)
 

死の隣 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (6)

2010年08月05日 20時48分01秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)
 
○佐伯宅

  淳一、 ぐったりしたポチを 撫でている。

美和子 「すっかり 弱ってしまったね……」

淳一 「(ポチを抱き上げ 顔を覗き込んで)

 こいつ、 もうすぐ自分が 死ぬかもしれない

 なんて 考えてるのかな?」

美和子 「人間も考えずに過ごせたら 幸せなの

 かもしれないね……」

淳一 「……そんなことないよ…… 死ぬの考え

 られるって、 幸せだよ……」

美和子 「………」

淳一 「みんな 一度は死ぬんだもんな……。

 オレだって、 いつ死んでも おかしくないん

 だから……」

美和子 「死ぬことばっかり言わないの、 縁起

 でもない」

淳一 「何で 死ぬの嫌がるの」

美和子 「当たり前じゃない」

淳一 「オレは子供のときから ずっと死と一緒

 に 生きてきたんだよ……」

美和子 「あたしがきっと 助けてあげる、 その

 ために 今まで頑張ってきたんだもん」

淳一 「………」

美和子 「いつでも この肝臓あげるから」

淳一 「……(不服そうに) あんまりあげる

 あげるって いつも言うなよな」

美和子 「え……?」

淳一 「オレぁ、 姉キのために 生きてるんじゃ

 ないんだよ、 オレはオレで生きてんだ!

 死ぬのだって……! (ポチを抱えて 立ち上

 がり、 部屋を出ていこうとする)」

美和子 「何よ、 それ……?」

  淳一、 何もない所で つまずいて転び、

  ポチがビタッと落ちる。

美和子 「ジュン……!?」

  びっくりして 淳一に駆け寄る美和子。

美和子 「まさか……!?」

淳一 「(取り繕って) 何でもないって、 青春

 の蹉跌っていうやつ……」

美和子 「(真剣な表情で 人差し指を 淳一の前

 に差し出す) やってみて」

淳一 「(美和子の手を振り払う) いいよ、

 E・Tごっこは……」

美和子 「(指をジュンに突きつけ) やって

 !」

淳一 「(渋々と) ………」

  淳一、 美和子の指先に 自分の指先を合わ

  せようとする…… が、 すれ違ってしまう。

淳一 「!!……… (動揺を隠す)」

美和子 「とうとう来たの……!?」

淳一 「(笑ってごまかす) なんちゃって、

 びっくりしただろ」

美和子 「ふざけないで!  もう一度! (指を

 差しだす)」

淳一 「……… (真顔に戻る)」

  淳一、 もう一度 試みる。

  が、 できない。

美和子 「ジュン……!?」

淳一 「ち、 ちょっと 疲れてるだけだよ……

 !」

  淳一、 立ってポチを抱え、 行こうとする。

  バランスを崩して転び、 掴んだテーブル

  クロスから 食器が音を立てて 砕け落ちる。

美和子 「ジュン……!!」

  淳一の手が 小さな痙攣を起こす。

美和子 「(必死に 淳一の手を押さえ) 落ち着

 いて……!!  大丈夫よ……!!」

  青ざめて震える淳一。

(次の記事に続く)
 

ルポルタージュ …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (5)

2010年08月04日 20時18分17秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○喫茶店

  世良が 美和子に話をしている。

  世良の横には いつものカメラとケースが

  ある。

美和子 「(驚いて) 記事を書くっていうこ

 と?  世良さんが あたしとジュンの」

世良 「必要だと思うんだ、 移植の姿を 世に伝

 えるのは」

美和子 「あたしは人のために やってるんじゃ

 ないから……」

世良 「皆に理解されることは 美和子にとって

 も 大切じゃないか?」

美和子 「うん、 そうだけど………」

世良 「きっと いいもの書くよ」

美和子 「……世良さんが そう言うなら……」

世良 「OKしてくれるか?」

美和子 「ジュンや若林先生にも 頼んでみる」

世良 「ダンケ、 恩に着る! (美和子の手を取

 る) 『ある女医と 難病の弟、 生体肝移植の

 愛と感動の記録』 ってとこだな」

美和子 「 “美人女医"  にしてよ」

世良 「(笑) 言っとくけど オレは真実を訴え

 る ジャーナリストだぜ (派手なフラッシュ

 を焚いて 美和子の写真を撮る)」

美和子 「(照れ) モデル代、 高くつくよ」

世良 「まけてくれよ、 今度から 生体肝移植に

 健康保険が 適用されることになったんだ

 ろ?」

美和子 「よく調べてるね」

世良 「約一千万の費用の 七割が保険でまかな

 われるんだから 朗報だ」

美和子 「今までは患者にとって 大変な負担だ

 ったからね」

世良 「生体肝移植が 普通の医療として 認めら

 れたってことだな」

美和子 「でも うちの病院では まだ行われてな

 い…… ハードルはあるよ……」

(次の記事に続く)
 

命、 ものかは …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (4)

2010年08月03日 19時14分57秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大学病院・ 通用門の噴水の広場

  淳一が 黒い皮ジャン姿で、 ローラースケ

  ートを履いて 走ってくる。

淳一 「すいませーん!  どいて下さァい!」

  驚く人々の 間を縫うように、 病院玄関に

  はいっていく淳一。
 

○同・ ロビー

  走ってくる淳一。

受付係 「(見咎めて) あ、 ちょっと……!」

淳一 「ごめんなさァい! 急いでるんです

 ゥ!」

  唖然とする人々を後に 走り去る淳一。
 

○同・ エスカレーター

  ローラースケートを履いたまま、 ガンガ

  ンと エスカレーターを駆け上がる淳一。
 

○同・ 第二内科・ 廊下

  淳一が 音を立てて走ってくる。

ナース 「何ですか!?  そんなもの履いて……

 …!!」

  捕まえようとするナースの腕を するりと

  抜ける淳一。

淳一 「おおーっとィ!!」

ナース 「こら、 待ちなさい……!!」

  騒々しさに 診察室から顔を出す 美和子。

  逃げてくる淳一と 目を合わせる。

  美和子、 親指を立てて  “come on!

  come on!” と 笑顔で合図する。

  小さなガッツポーズで 美和子に答える

  淳一。

  美和子の回りを クルリと一回転して止ま

  る。

淳一 「ごめん、 姉キ!  遅れちゃって!」

美和子 「何て恰好?  騒々しい!」

  美和子、 遠くでへたり込んでいるナース

  に 目で挨拶 (ごめんなさい!)。

美和子 「(淳一に) 早くはいって!  若林先

 生がお待ちよ」
 

○同・ 診察室

  美和子と淳一、 はいってくる。

淳一 「(若林に) すいません!  遅くなりま

 したッ (敬礼)」

若林 「(笑顔で) 怪傑黒頭巾のご来院だな。

 待ちかねたぞ」

淳一 「ポチの奴が 急に具合悪くなっちゃって

 (椅子に座る)」

若林 「犬を飼ってたのかい?」

淳一 「トカゲですよ、 もう歳で……」

若林 「(淳一の顔に手を当て) どら、 いい

 顔色してるじゃないか、 今日は」

淳一 「生まれてこの方、 18年も 黄疸やってる

 んですからね。 堂に入ったもんスよ」

若林 「(淳一の下目蓋を指で下げ) アッカン

 ……」

淳一 「ベエ (大きく舌を出す)」

若林 「ちょっと 目が黄色いな」

淳一 「はー、 いよいよプッツン来ますか?

 (あっけらかんと)」

美和子 「ジュンは大丈夫よ」

淳一 「医者は安易な なぐさめ言っちゃあいけ

 ないんだぜ」

美和子 「あんたは 世にはばかる手合いだか

 ら」

淳一 「それが 薄命の美少年に対する 言葉か

 い?  うるわしき姉弟愛があれば、 そんな

 悪たれ口 吐くめえに、 てか?」

美和子 「あんたももう少し いじらしけりゃ、

 かわいがってあげるんだけどねぇ」

淳一 「オレぁ 口は悪いけど 腹は黒いんだぜ

 エ」

美和子 「体中 まっ黒だわ」

若林 「(カルテを書きながら) ビリルビンが

 少し上がってるようだが、 私に任せておき

 なさい、 大舟に乗ったつもりで」

淳一 「あ、 それって 日本の病院の 悪しき慣習

 ですね。 患者は 自分で自分のこと決める 権利

 があるんですよ。 生きるも死ぬもねッ!

 (肩をそびやかす)」

(次の記事に続く)
 

クリグラー=ナジャール症候群 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (3)

2010年08月01日 20時45分29秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ホテルの一室

  美和子と世良、 ベッドの中。

  枕元には 世良のカメラや ジュラルミンの

  ケースがある。

  美和子は元気がない。

世良 「どうしたんだ?  美和子、 さっきから

 浮かない顔して」

美和子 「…… 肝炎の患者さんが 神経症状の発

 作を起こしてね、 昏睡に陥って……、 あと

 数日で だめかも………」

世良 「劇症肝炎てやつか」

美和子 「…… ジュンも いつ同じようなことに

 なるか………」

世良 「そうか、 それで…… (そっといたわる

 ように 美和子の肩を抱く) クリグラー=ナ

 ジャール症候群 〔*注〕 …… 難しい病気だな

 ……」

〔*注: クリグラー=ナジャール症候群 ……

   先天的に 肝臓の酵素が欠損しているた

   め、 新生児期より 黄疸が出現する。

   重症のタイプでは 多くが幼児期に、 黄疸

   の色素である血中ビリルビンが 血液-

   脳関門を通過して 脳に侵入、 核黄疸を

   発症し、 顕著な精神神経症状を呈して

   死亡する。 日本での症例は 2例のみ報

   告されている (昭和62年現在)。〕

美和子 「やっと覚えてくれたね、 ジュンの病

 名…… (苦笑)」

世良 「毎日12時間も 光線治療しなきゃならな

 いんだから 生活も大変だろう」

美和子 「今は黄疸以外 何の症状もないけどね

 ……いつ脳障害が 起きてもおかしくない…

 ……」

世良 「そうさせないために 美和子は医者にな

 ったんじゃないか」

美和子 「でももう 内科治療が難しい段階に

 はいってきてるの……」

世良 「光線を強くしたり、 交換輸血をしても

 だめなのか?」

美和子 「時間の問題で………。 そうしたら、

 残された道は………」

世良 「……(深刻な面持ちで) 生体肝移植か

 ………」

美和子 「あたしの肝臓で ジュンが助かるなら

 ………」

世良 「………」

  美和子、 指で自分の腹部に 大きく 「Y」

  を逆さにしたような 線を描く。

美和子 「ねえ……… この体に傷が付いても

 愛してくれる………?」

世良 「………美和子……… (美和子の頭を抱

 く)」

美和子 「……… (世良の胸に顔を埋める)」
 

○佐伯宅・ 美和子の部屋 (夜)

  時計が1時を回る。

  真剣に 移植の勉強をしている美和子。

(次の記事に続く)