ササニシキはあっさり味で食が進む。コシヒカリはモチモチしていて甘い味で食が進む。
ウィキペディアによるとササニシキは平成5年の冷夏以来、栽培面積が激減した。コシヒカリは品質低下も起こらなかった。コシヒカリは耐暑性もあり万能だが熱帯夜30℃が続くと出穂後の実入りが悪くなる。
ササニシキは稲麦二毛作の晩植用の品種が期待されたころ生まれたが耐寒性がなかった。
晩植用で冷夏は予想外だったのか。
コシヒカリは九州では早期栽培用だ。暑さがぶつかるころが危ない。冷夏になる前に体勢を整えれば問題ない。
コシヒカリを晩植えした場合は、体勢が整う前に冷夏になると実入りが悪くなるだろう。
ササニシキが甥で、コシヒカリは叔父の関係だ。コシヒカリは戦後すぐ生まれだがいろいろな理由で世に出るのが遅くなった。
ササニシキは寒い地方の生まれだが冷夏に弱い。出穂などの時期が弱くする時に重なるとどの品種よりもダメージを受ける。
コシヒカリを晩植えするとササニシキと同じようなことが起こるだろう。
玄米ごはん族では晩植えも晩植えで冷夏など考えてもいないから、ちょっとスキをつかれた。
雀が見向きもしない穂を作るには冷夏が最適だが。
収量を安定させた上で貴重な穂を作るには、株が多くなれば良い。それには苗を何本もいっしょに田植えすれば良い。そうすると今度は茎が細くなりいろいろとめんどうなことになる。
貴重な穂は面積限定で作るしかない。種を取ってそのうちカモフラージュが普通にできるようになったら増産だ。全面積で作っても収量は今の10%。機械損耗はほぼ0。
趣味の世界。気楽だ。災害レベルが毎年起こっている。この方針は良い方向を向いているのか。
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ササニシキ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
ササニシキは、イネの品種の1つである。水稲農林150号、旧系統名東北78号。
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コシヒカリと比較すると、ササニシキはアミロース含有量が多いため相対的にはあっさりしており和食に向くーーーーー
1993年米騒動を引き起こした1993年(平成5年)の冷害では大きな打撃を受けた[3]。そのため、冷害に強い品種であるひとめぼれへ転換されてササニシキの作付面積は大幅に減少した。
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歴史
1953年(昭和28年)に宮城県の古川農業試験場で、ーーーーーー
この品種改良の当初の目標は稲麦二毛作で用いる晩植用の多収穫品種の実現にあったが、稲麦二毛作は次第に行われなくなってきており、やがて普通栽培用の多収穫品種育成へと目的が変化していった。
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1980年(昭和55年)から1983年(昭和58年)にかけて続けて起こった冷害で、ササニシキは大きな打撃を受け、その市場評価は低下した。この時は銘柄米として栽培が続けられたが、1993年(平成5年)の冷夏による不作と翌年の高温多雨による品質低下によって、ササニシキはその市場評価を失い、その後急速に耐冷性のある「ひとめぼれ」に取って代わられることになった[7]。
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系譜
交配系譜[9][10]
東北24号 と農林8号(近畿15号)から東北54号(ササシグレ)
農林1号(北陸4号)と農林22号(近畿34号)から奥羽224号(ハツニシキ)と農林100号越南17号
(コシヒカリ)
東北54号(ササシグレ)と奥羽224号(ハツニシキ)から農林150号
東北78号(ササニシキ)
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コシヒカリについては
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コシヒカリ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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収穫前のコシヒカリの稲穂
精米後のコシヒカリ
コシヒカリは、日本のイネの品種名および銘柄名[注 1]。科学的にも種苗法上でも[1]コシヒカリとは異なる品種であるコシヒカリBLも「コシヒカリ」との銘柄で販売されている。
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これらの「特A」産地以外では、栃木県が1957年にコシヒカリの耐冷性に注目し、県北部での普及品種として採用した。また、鹿児島県(1960年)や宮崎県(1961年)では、早期栽培用の品種として採用するなど、南東北から南九州までコシヒカリの栽培地は広がっている。
高温下でも外観品質が低下しないこと(但し熱帯夜により夜間の気温が30℃を超えたままの日が続くと出穂後の実入りが悪くなる)、および穂発芽(多雨や倒伏による浸水で穂のまま発芽してしまうこと)への抵抗性が非常に強いことが、コシヒカリが広く普及した理由である。
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ウィキペディアによるとササニシキは平成5年の冷夏以来、栽培面積が激減した。コシヒカリは品質低下も起こらなかった。コシヒカリは耐暑性もあり万能だが熱帯夜30℃が続くと出穂後の実入りが悪くなる。
ササニシキは稲麦二毛作の晩植用の品種が期待されたころ生まれたが耐寒性がなかった。
晩植用で冷夏は予想外だったのか。
コシヒカリは九州では早期栽培用だ。暑さがぶつかるころが危ない。冷夏になる前に体勢を整えれば問題ない。
コシヒカリを晩植えした場合は、体勢が整う前に冷夏になると実入りが悪くなるだろう。
ササニシキが甥で、コシヒカリは叔父の関係だ。コシヒカリは戦後すぐ生まれだがいろいろな理由で世に出るのが遅くなった。
ササニシキは寒い地方の生まれだが冷夏に弱い。出穂などの時期が弱くする時に重なるとどの品種よりもダメージを受ける。
コシヒカリを晩植えするとササニシキと同じようなことが起こるだろう。
玄米ごはん族では晩植えも晩植えで冷夏など考えてもいないから、ちょっとスキをつかれた。
雀が見向きもしない穂を作るには冷夏が最適だが。
収量を安定させた上で貴重な穂を作るには、株が多くなれば良い。それには苗を何本もいっしょに田植えすれば良い。そうすると今度は茎が細くなりいろいろとめんどうなことになる。
貴重な穂は面積限定で作るしかない。種を取ってそのうちカモフラージュが普通にできるようになったら増産だ。全面積で作っても収量は今の10%。機械損耗はほぼ0。
趣味の世界。気楽だ。災害レベルが毎年起こっている。この方針は良い方向を向いているのか。
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ササニシキ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
ササニシキは、イネの品種の1つである。水稲農林150号、旧系統名東北78号。
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コシヒカリと比較すると、ササニシキはアミロース含有量が多いため相対的にはあっさりしており和食に向くーーーーー
1993年米騒動を引き起こした1993年(平成5年)の冷害では大きな打撃を受けた[3]。そのため、冷害に強い品種であるひとめぼれへ転換されてササニシキの作付面積は大幅に減少した。
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歴史
1953年(昭和28年)に宮城県の古川農業試験場で、ーーーーーー
この品種改良の当初の目標は稲麦二毛作で用いる晩植用の多収穫品種の実現にあったが、稲麦二毛作は次第に行われなくなってきており、やがて普通栽培用の多収穫品種育成へと目的が変化していった。
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1980年(昭和55年)から1983年(昭和58年)にかけて続けて起こった冷害で、ササニシキは大きな打撃を受け、その市場評価は低下した。この時は銘柄米として栽培が続けられたが、1993年(平成5年)の冷夏による不作と翌年の高温多雨による品質低下によって、ササニシキはその市場評価を失い、その後急速に耐冷性のある「ひとめぼれ」に取って代わられることになった[7]。
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系譜
交配系譜[9][10]
東北24号 と農林8号(近畿15号)から東北54号(ササシグレ)
農林1号(北陸4号)と農林22号(近畿34号)から奥羽224号(ハツニシキ)と農林100号越南17号
(コシヒカリ)
東北54号(ササシグレ)と奥羽224号(ハツニシキ)から農林150号
東北78号(ササニシキ)
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コシヒカリについては
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コシヒカリ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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収穫前のコシヒカリの稲穂
精米後のコシヒカリ
コシヒカリは、日本のイネの品種名および銘柄名[注 1]。科学的にも種苗法上でも[1]コシヒカリとは異なる品種であるコシヒカリBLも「コシヒカリ」との銘柄で販売されている。
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これらの「特A」産地以外では、栃木県が1957年にコシヒカリの耐冷性に注目し、県北部での普及品種として採用した。また、鹿児島県(1960年)や宮崎県(1961年)では、早期栽培用の品種として採用するなど、南東北から南九州までコシヒカリの栽培地は広がっている。
高温下でも外観品質が低下しないこと(但し熱帯夜により夜間の気温が30℃を超えたままの日が続くと出穂後の実入りが悪くなる)、および穂発芽(多雨や倒伏による浸水で穂のまま発芽してしまうこと)への抵抗性が非常に強いことが、コシヒカリが広く普及した理由である。
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