休憩をはさんで弁護側(と検察側の残り)の証拠調べと本日最後の予定である被告人尋問に入ります。
その前に弁護側の証拠(「弁号証」といいます。)調べ。
1号証は被告人が被害者を刺した凶器の写真。
刃先から4cmに血痕があったことを示しています。
おそらく弁護人側は刃先から4cm「しか」刺さっていなかったと言いたいのだと思いますが、「刃先から4cm」の客観的評価がよくわからないので、とりあえず聞き置くと言う感じです。
2号証は同僚による被告人と被害者に関する証言。
「二人とも仲良かったしこんなことをする人には見えなかった」というお決まりの証言です。なんでこれが証拠になったのだろう?
3号証は現場を通りかかった会社員の証言。この人が救急車を呼びました。
会社員がとおりかかったとき、加東を含む3人がもみ合っていて、加東が被告人の包丁を持った手を押さえていた。
被告人は特に抵抗はしなかった。
志村が包丁を持っていたかどうかは気がつかなかった。
というのが証言の趣旨なのですが。ここで引っかかったのが、加東さんが上半身裸でパンツ姿だったということ。
先の証言のように心配になって寮を出た(しかも事件が起こったことを知ったのは寮を出たところだった)にしてはえらい慌てようのように思います。
個人的にはこの「パンツ一丁の加東さん」というのがどうも怪しい感じがしてしまいました。
しかも登場人物は『七人の侍』の役者から取った名前であることがここにきて効いてきます。

七人の侍の中で加東大介は左から四番目です。
拡大するとこんな人です

この、丸顔のずんぐりむっくりした男が、パンツ一丁で駆けつけたところから、『七人の侍』でふんどし一丁の上に簡単な具足をつけて、やっつけた野盗の前ではしゃぐシーンを連想してしまいました。
今思い返せば、そういうお調子者は三船敏郎演じる菊千代のキャラだったように思うのですが、「加東大介がパンツ一丁ではしゃいでいる」というのが妙に頭の中に刷り込まれてしまいました。
初日の帰り道、ずっと「はしゃいでいる加東大介」のイメージが頭から離れませんでした。
評議が翌日でよかったです(^^;
4号証は被害者を診察した医師の証言。
左胸は致命傷にはならないが、右胸を刺したときに動脈を損傷していたのでこちらは致命傷になりえた。
しかし被害者は順調に回復していて後遺症の可能性は無い。
(これも何で弁護側の証拠なのかよくわかりませんでした)
5号証は清掃作業会社の経営者の話。
被告人はまじめに働いていたが、実刑になったら解雇せざるを得ない、と言う話。
(これは泣き落としか?)
6号証は志村さんが持っていた包丁
つぎに(個人的には混乱したのですが)検察側の「乙号証」取調べ
被告人の供述調書や前科の紹介記録など。
実は正直いってこの前の休憩あたりでちょっと集中力が途切れてきました。
ペース配分をわからずに集中してきた反動でしょう。
しかも、被告人、被害者ともに酒に寄ったあげくに包丁を持ち出すし、最初に相談を受けた加東さんも酒を飲んでいて、ケンカをたしなめもせずに後から駆けつけてはしゃいでいるように思います。
要するに酒癖の悪い酔っ払い同士の諍いなわけです。
それに対して難関の司法試験を突破した優秀な裁判官、検察官、弁護士たちが真剣に役割を果たそうとし、裁判員もお勤めとはいいながら真剣に話をきかされます。
果たしてこの酔っ払いのケンカにそれほどのコストをかける意味があるのだろうか、という疑問がふと頭をよぎります。
前回の休憩のときにぽつりとそれの感想をもらしました。
「酔っ払い同士のケンカを裁くのにコストがかかりすぎるのでは?」
それに対して、元居酒屋経営のおばあさんは間髪をいれず言いました。
「こういうしちゃいけないことをした人は大小かかわらずきっちり裁かないといけないのよ。」
なにかにつけ費用対効果で考えがちな自分に対して、おばあさんの真っ当な正義感には頭が下がりました。
裁判員制度を導入する意味があるとしたら、僕のような小理屈の人間でなく、こういう人の感覚を反映させることなのかな、と深く反省しました。
ひょっとすると裁判員制度は「一般市民が人を正しく裁けるのか」という是非の問題以上に「人を裁く/人が裁かれることの意味を考える機会を国民に広く提供する」ということに意味があるのかもしれないな、とこのとき思いました。
(続く)
その前に弁護側の証拠(「弁号証」といいます。)調べ。
1号証は被告人が被害者を刺した凶器の写真。
刃先から4cmに血痕があったことを示しています。
おそらく弁護人側は刃先から4cm「しか」刺さっていなかったと言いたいのだと思いますが、「刃先から4cm」の客観的評価がよくわからないので、とりあえず聞き置くと言う感じです。
2号証は同僚による被告人と被害者に関する証言。
「二人とも仲良かったしこんなことをする人には見えなかった」というお決まりの証言です。なんでこれが証拠になったのだろう?
3号証は現場を通りかかった会社員の証言。この人が救急車を呼びました。
会社員がとおりかかったとき、加東を含む3人がもみ合っていて、加東が被告人の包丁を持った手を押さえていた。
被告人は特に抵抗はしなかった。
志村が包丁を持っていたかどうかは気がつかなかった。
というのが証言の趣旨なのですが。ここで引っかかったのが、加東さんが上半身裸でパンツ姿だったということ。
先の証言のように心配になって寮を出た(しかも事件が起こったことを知ったのは寮を出たところだった)にしてはえらい慌てようのように思います。
個人的にはこの「パンツ一丁の加東さん」というのがどうも怪しい感じがしてしまいました。
しかも登場人物は『七人の侍』の役者から取った名前であることがここにきて効いてきます。

七人の侍の中で加東大介は左から四番目です。
拡大するとこんな人です

この、丸顔のずんぐりむっくりした男が、パンツ一丁で駆けつけたところから、『七人の侍』でふんどし一丁の上に簡単な具足をつけて、やっつけた野盗の前ではしゃぐシーンを連想してしまいました。
今思い返せば、そういうお調子者は三船敏郎演じる菊千代のキャラだったように思うのですが、「加東大介がパンツ一丁ではしゃいでいる」というのが妙に頭の中に刷り込まれてしまいました。
初日の帰り道、ずっと「はしゃいでいる加東大介」のイメージが頭から離れませんでした。
評議が翌日でよかったです(^^;
4号証は被害者を診察した医師の証言。
左胸は致命傷にはならないが、右胸を刺したときに動脈を損傷していたのでこちらは致命傷になりえた。
しかし被害者は順調に回復していて後遺症の可能性は無い。
(これも何で弁護側の証拠なのかよくわかりませんでした)
5号証は清掃作業会社の経営者の話。
被告人はまじめに働いていたが、実刑になったら解雇せざるを得ない、と言う話。
(これは泣き落としか?)
6号証は志村さんが持っていた包丁
つぎに(個人的には混乱したのですが)検察側の「乙号証」取調べ
被告人の供述調書や前科の紹介記録など。
実は正直いってこの前の休憩あたりでちょっと集中力が途切れてきました。
ペース配分をわからずに集中してきた反動でしょう。
しかも、被告人、被害者ともに酒に寄ったあげくに包丁を持ち出すし、最初に相談を受けた加東さんも酒を飲んでいて、ケンカをたしなめもせずに後から駆けつけてはしゃいでいるように思います。
要するに酒癖の悪い酔っ払い同士の諍いなわけです。
それに対して難関の司法試験を突破した優秀な裁判官、検察官、弁護士たちが真剣に役割を果たそうとし、裁判員もお勤めとはいいながら真剣に話をきかされます。
果たしてこの酔っ払いのケンカにそれほどのコストをかける意味があるのだろうか、という疑問がふと頭をよぎります。
前回の休憩のときにぽつりとそれの感想をもらしました。
「酔っ払い同士のケンカを裁くのにコストがかかりすぎるのでは?」
それに対して、元居酒屋経営のおばあさんは間髪をいれず言いました。
「こういうしちゃいけないことをした人は大小かかわらずきっちり裁かないといけないのよ。」
なにかにつけ費用対効果で考えがちな自分に対して、おばあさんの真っ当な正義感には頭が下がりました。
裁判員制度を導入する意味があるとしたら、僕のような小理屈の人間でなく、こういう人の感覚を反映させることなのかな、と深く反省しました。
ひょっとすると裁判員制度は「一般市民が人を正しく裁けるのか」という是非の問題以上に「人を裁く/人が裁かれることの意味を考える機会を国民に広く提供する」ということに意味があるのかもしれないな、とこのとき思いました。
(続く)