くりまんじゅうの日記

世間より少し いやだいぶん遅れている
老シーラカンスです。

ドラゴンフルーツ再び。

2015-09-20 | 日記
この前の台風15号のとき 鉢物は全部取り込みましたが
ドラゴンフルーツの鉢2つが 狭い家の中に入りきらずに
非情な持ち主は 外の吹きさらしに 置きざりにしました。

5年前 2つの鉢はそれぞれ花をつけ 実を結びました。

一度は花が咲きます という鉢に書かれた説明通り 律義に
約束は守ったものの それ以降 花も咲かず実もならずです。

それが まぁ 最近気がつくと 1つの鉢に蕾が膨らんでいます。

本体は 台風でバラバラになったものの 今夜開きそうです。



5年前は 月下美人と同じく 暗くなってから 2つの鉢が同時に
咲きましたので 夕暮れから 鉢の横にイスを置き待ちました。

午後8時になると だんだん蕾が開きましたが 5年前のように
甘い香りがしません。

 


そりゃ そうですね ろくに肥料もやらず 水だけでは 香りまで
サービスしてくれません。

午後9時になると これが満開でしょうか 待っても これ以上は
開かずでしたが 香りはなくとも 神々しく見えます。



翌朝はこの通り 花の命は短く しぼんでいました。



以前 ゼラニウムの肥料がこぼれたとき かき集めて 隣の
ドラゴンフルーツの鉢 1つに入れました。

今思うと あのときの鉢が蕾を付けたわけで もう1つの鉢には
悪いことをしました。

これからは 分け隔てなく 2つの鉢にも 肥料を与えましょう。

持ち主は食べ過ぎですのに 気の毒したと 反省しきりです。


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93歳の法話。

2015-09-18 | 日記

月一の ひよこ組ランチ会が先日ありました。

今回は10名の参加で もちろん浜田峯子さんも来てくれて
若き日の いい話が聞けました。



今から52-3年前 現在69歳の 峯子さんの息子が高校生の頃
峯子さん宅の すぐ近くに公立高が新設され 郡部からの生徒を
8人下宿させたそうです。

新設高は寮もなく 学校近辺の 民家が生徒を預かったらしくて
旧家の峯子さん宅が 学校から依頼され 下宿先になりました。

峯子さん宅は当時 姑 峯子夫婦 子どもが3人と 6人の家族で
そこへ 食べ盛りの男子高生を8人預かり 14名が生活したわけで
朝ご飯を食べ 学校へ送り出すときは お弁当も持たせたそうです。

当時は薪の おくどさんでご飯を炊いており 朝炊くご飯だけでも
お昼のお弁当分も含め 相当な量だったと思います。

生徒を学校に送り出した後 休む間もなく 今度は彼らの洗濯をし
済んだら 野良へ出て百姓もして 夕方にはまた 大量の晩ご飯の
支度が待っています。

どう考えても 数人分の仕事ですが それを一人でやったらしくて
聞くだけでめまいがしますが その生活を 何十年かしたそうです。

だれでも やろうと思うたら 出来んことはない  あんたらぁは
辛抱が足らんとちがう?  と峯子さんです。

ごもっともで 辛抱も根性も 総てが足りませず ようしません。

今では5-60代になった 当時の下宿生が 訪ねて来てくれることが
何より嬉しい  と語る峯子さんでした。

敬老の日を目前に 93歳の ありがたい法話が聞けました。

   

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羞恥心。

2015-09-16 | シーラカンス定例会

シーラカンス9月定例会は おんちゃん3名 おばちゃん5名
計8名で いつもの店 いつものメニューでスタートです。




なんの話題から そこへ行ったか忘れましたが おんちゃんの
一人が  わが女房には羞恥心がない と嘆き節になりました。

おんちゃんが 妻を助手席に乗せ運転中 狭い道で 対向車が
よけて待っているとき となりの妻が 大あくびをしたそうです。

そりゃ あくびも出るろうがね なにが気に入らん? と聞けば
口に手も当てず 大口を開けてのあくびは 対向車に対しても
失礼で 相手に あれが女房か  と思われることが情けない。




ぷぷっと 皆がビールを吹き出しながら  あらま  そうですか。。。

ほんなら 対向車がある時は あくびはせぬよう 努力いたしましょう
我慢できんときは 口に手を当てましょうぞ。

羞恥心いっぱいの 魅力あふれるマダムになりましょう 今宵から。




というところで 最後のメニュー 大学イモの時間となりました。

羞恥心修行中の妻は 夫の好物 サバの棒寿司と タマゴ巻を買い
あくびをせぬよう気をつけて 午後9時半に 家に着きました。

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敬老会。

2015-09-14 | 日記
敬老会は9月15日と 未だにその意識ですが 今年は21日となり
GWに続く 長期休暇となりました。

実家地区の敬老会は 毎年 70歳以上の長老を公民館に招き
小学生も参加して 地区を挙げての 祝賀会があります。

今年の対象者は 98歳の最長老を先頭に120数名おり 祝賀会
への出欠を取ったところ 出席者は30数名です。

実家は空き家になりましたが 限界集落に近い村になった今
手伝いが必要で 地区ではいつまでも 60代が若者です。

手伝い要員は 公民館に朝早く集合しお素麺を作り 別の公民館で
作られたお赤飯が 仕出し屋からの 寿司折とともに出されます。

お素麺係の私は 大鍋に湯を沸かし 何度もお素麺を湯がきます。



お椀に盛られ 上のお飾りを載せてと 流れ作業で進みますが
刻みネギは のどに詰まる恐れがあるようで ネギなしです。

 


会場は 敬老者 小学生 引率の先生 お手伝いの婦人を含めて
約100名ほどになり 余興は 小学生の鳴子踊りからスタートです。



踊りの後 小学生が将来の夢を 一人ずつ発表しました。

パティシエが一番多く 大工さん テストドライバー 実業家と 様々
でしたが 将来の夢は大金持ちになることです との発表に会場から
拍手が起きました。 

続き一般の余興が始まり 日舞を習っている人の 舞がありました。

定年退職後始めた踊りは お声がかかれば どこの地区へも行って
舞うとのことで 総て無給のボランティアです。

 


宴会が終り 後片付けも済んで 社協の役目は終りましたが お世話
する私たちも あと数年で お祝いされる側に入ります。

新聞によると 日本には 6万人あまりの 100歳超え老人がいるらしく
老人県の高知は 高齢者の比率が高いとのこと。

やがて自分も 手伝い組から 祝福される側になることを思えば 歩いて
祝賀会会場へ来たいものだと お手伝い組の 皆で話したことでした。   


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よさこい旅9月♪鳥取

2015-09-12 | 旅行
よさこい旅の9月は 鳥取の梨狩りが メインの旅です。

いつものように2台のバスに 高知マダムが80人参加で
長距離のため 運転手さんは各バスに 2人が勤務です。



朝早くの出発でしたが 太平洋から 日本海側は遠く
鳥取市に着いたときは お昼の時間になっていました。

この旅には珍しく ホテルで 洋食コースの昼食です。

 


岡山通過時にはあんなに晴れていた空が 鳥取はどんより
曇り空で 次に向かうは 鳥取城址の下に建つ 仁風閣です。

 


中へ入るとガイドさんがおり 説明が聞けました。

仁風閣は 大正天皇が皇太子時代 山陰行啓の宿泊施設
として建築された ルネッサンス様式の2階建洋館で 雪の
季節も含めて わずか8ヵ月で完成したそうです。

展示物は撮影禁止が多かったですが 2階へと続く 職人の
粋を集めた螺旋階段と ロマンチックな天井灯が撮れました。

 
 

お堀端の植え込みに クチナシが咲いて 香っていました。



次は 仁風閣から10分ほど走り 味果園という観光梨園に
到着です。



食べ放題と バケツとナイフを渡されましたが 2個がせいぜいで
これじゃ 元は取れんね残念  とマダムたちです。

 


道が良くなったとはいえ 鳥取は遠く 午後9時近くに
帰ってきました。



お土産は 二十世紀 幸水 新甘泉(しんかんせん)の3種類が
入った 擦り傷のため 訳アリの袋を 2つ買いました。

7,000円也の年金族の遠足 日帰りバス旅は 今月も満足です。 


コメント (4)
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