枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

小さな親切

2009年07月28日 | Weblog
 AさんとBさんが道を歩いていると、道端に途方に暮れて佇む人を見かけた。Aさんは、そ知らぬ顔で行こうとする。お腹が空いているのだろうか?焦点の定まらない虚ろな目、着衣の汚れと、異様な汗の混じった臭いがする。Bさんは、すれ違い様、素早く観察し通り過ぎた。夜更け、背中に行き倒れた者をおぶったBさんは、納屋に運び込んで、思いつく限りの治療にあたった。昼間は人の目があるので行き来はできないが、深夜の寝静まった頃、そっと様子を伺っていた。
 
 
 1ヶ月も経った頃。生気を取り戻した娘が、くっきりと目を開け、居住まいを正して、お礼を言った。然しながら、自分の名前も素性も、何かで思い出せない。と肩を落として話す。娘は、次の日から、くるくると働き始めた。そうして懐から、一粒の種を取り出すと、畑の隅に植えた。次の日、種は芽を出した。双葉が太陽の光を受けて眩しそうにしている。娘はにっこり笑いかけた。次の日には、10cmにはなっていた。3日後には、1mであった。1週間で大木になった。娘が触った植物は、さわさわとささやき、娘が笑いかけると、軽やかに踊った。

 Aさんは、最近のBさんの変化にびっくりした。然も、いつの間にか嫁が居る。わしに何の断りもなしに。というのがAさんの本音であった。何か妙案がないか。と思いついたのが、怪我をした振りをすることであった。Aさんは、よろよろしながらBさん宅を訪れた。自分の病気を治すのは、天女の生き胆しかない。天女というのは、この娘のような者をいうのだろう。と口から出任せを言った。ところが娘は天女であったのだ。

 娘は、着ていた襤褸を脱ぎ捨てると、肩に薄絹を纏った天女になり、天空遥かに翔け去った。そして、Bさんの頭に聴こえたのは、畑の木を大切にし、病に苦しむ人と成りを助けてあげよ。というものだった。Aさんは、お釈迦さまの使わされた観音さまではなかったか?と思いを改め、Bさんは、うっそうと繁った緑の葉を見上げて、生命の復活をもたらせる植物であることを知った。以来その木は、大薬王樹と呼ばれ、病を治しているのだった。

 ワキガで悩んでいる方。枇杷茶は体臭を消してくれます。手術しなくても治ります。汗腺の働きをさせながら、体内の毒素を排出していくので、痛みを伴うことはありません。騙された、と思って飲んでみませんか?

 お釈迦さまが、悟りを開いた。という紗羅の木。備前焼の壷に活けていたら、枯れることなく、青々と葉を繁らせていた。挿し木をして、根付くのを待っている。
コメント
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