夕立が来る予感に、洗濯物が気になる。雷が大音響になりそうな気配の、空の下を帰宅する。図書館に寄り、予約本を受け取る。駐車場から望む夕暮れは、光の滝が下りていて、その神々しさに携帯で撮影。葉室麟のはだれ雪を頼んでおく。赤穂浪士の話に、興味がそそられる。すばるが足元に。
田辺聖子さんが亡くなる。彼女の作品は殆どを読み、中でも源氏物語の訳と、杉田久女の花衣ぬぐや纏わる紐のいろ々と、小林一茶の、ひねくれ一茶は、演じた人が好かった。樹木希林さんと西田敏行さんが素晴らしかった。無論原作も読んでのことで、作品の良さを失くさずに脚色されていた。
昨日、採っていた枇杷の実を、職場に持って行き、毎年食べてくれる同僚に上げる。施設の側に住んでいる、小学校の担任だった恩師にも渡すが、上げた苗に実が生っているので味効きである。我が家の枇杷葉は、丹精込めて育てているが、自然からの贈り物に他ならない。甘く果汁たっぷり。
帰宅して、明日の分を捥いでおく。今年は、粒も大きく見た目もきれいだ。リエさんの勤務先に送っても、充分食べられる。それにしても、無農薬であり肥料と言って何もしないのに、こんなに美味しいのが生ってくれる有難さに、感謝するばかりだ。店などでは決して味わえない。病気も遠のく。
どんな小さなことにも、一途な想いや、感謝する心や、ひたむきさが必要なことも有る。人が何と言おうとも、信念を曲げずに遣り通すことかも。自然は厳しいけれども、還って来ることには間違いがない。それだけに、ずさんさやいい加減さは、自分に付けが戻る。今までも、これからも正直に。
木村秋則さんの提唱している、無農薬には人類を守る意義があり、地球を救うパワーを秘める。農薬を掛けていたら、そうはならないことに気づけた幸せを感謝。淡路に枇杷狩りに行って、かれこれ10年が経った。あの時に口にした、枇杷の味に少し、近づくことが出来たのであろうか。邁進。
収穫も終わり、新芽が育って大きくなり、苞をつけるまでの期間は、命の大切さに気付く。