平成20年6月4日 (水) ~ 5日 (木) 午後2時過ぎから
トヨタ産業技術記念館見学・熱田神宮及び三ヶ根山比島観音霊場参拝 あいちの旅
集 合 12:30 名古屋駅 新幹線改札出口の時計台のある所
参加者 15名
愛知県 (2名) ・ 埼玉県 (4名) ・ 新潟県 (2名) ・ 福井県 (2名)
神奈川県 (2名) ・ 富山県 (1名) ・ 山梨県 (1名) ・ 千葉県 (1名)
平成12年(2000年) フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国125名の遺児は6班に分かれ、A ・ B班は マニラを基点に東方山地 コレヒドール島 ・ ルソン島南部を巡拝、
C班はクラーク及びバギオ周辺を巡拝、D班は バレテ峠 ・ バヨンボン ・ ソラノ以北等を巡拝、E班はネグロス島 ・ ミンダナオ島を巡拝、私達16名のF班は レイテ島内のマハンラグ ・
タクロバン等を巡拝しました。
その折の16名は「慰霊巡拝レイテ班」として各県持ち回りで幹事を務め、年1回の親睦の旅を続けております。
今年は、愛知県西脇様の奥様が幹事でしたが、ご主人様のご厚意でご夫妻で幹事を務めていただき、一年振りの再会の旅を楽しむ事が出来ました。
一日目 (6月4日)
● トヨタ産業技術記念館見学
「設立にあたって」抜粋より
この産業技術記念館は、トヨタグループ13社が共同して、トヨタグループ発祥の地である旧豊田紡織本社工場跡に残されていた建物を貴重な産業遺産として生かしながら設立したものです。
トヨタグループは、児童織機を発明した豊田佐吉とその長男、豊田喜一郎が起こした紡織機械と自動車の製造を基にしてできたグループであり「研究と創造」 と。
「モノづくり」 により経済や社会の発展に尽くすことを目指してきました。
近年、生産活動が高度化するにともない 「モノづくり」 を見る機会が少なくなってきています。
そこで次代をになう若い人々に、少しでも 「研究と創造」 と 「モノづくり」 の大切さやすばらしさを理解していただこうと産業技術記念館を設立しました。と記載されていました。
入 館 券
製糸過程の説明 トランペットを吹くロボット
● 熱田神宮参拝
二日目 (6月5日)
● 三河湾国定公園三ヶ根山全国比島方面戦没者慰霊場に参拝
三ヶ根観音境内には、比島戦、戦没者50万柱の霊を祭る比島観音、世界の願い交通安全を祈願する宝塔、四国八十八ヶ所、西国三十三観音、戦没者の霊を祭る慰霊碑がお祭りしてあります。
山頂からは、眼下に緑の島々が点在する三河湾、変化に富んだ海岸線、遠く知多、渥美の両半島まで眺められ、360度の大パノラマが広がります。
三ヶ根山に高くそびえる比島観音五十万のみ霊に慈愛をそそぐ (日本遺族通信 平成20年10月15日号に掲載されました。)
殉国七士の墓 詳しくは http://www.asahi-net.or.jp/~UN3K-MN/rengo-hitou3.htm
殉国の七士と刻む墓訪ぬお香を焚きつつ心は迷ふ
(心が迷った歌ですので遺族通信に投稿しませんでした。)
参拝後は名古屋駅構内の素敵なレストランにてお別れを惜しみ ながら美味しい昼食を戴きました。
来年は2周目に入り 「山梨県の旅」 からの再スタートです。
小澤様宜しくお願い致します。
再会の日を楽しみにしております。
この度は素敵な 「愛知の旅」 をご案内下さいました西脇様ご夫妻に心から御礼を申し上げます。
有り難うございました。
午後からは、あいにくの に見舞われましたが、時間に余裕のあります愛知県 1名、神奈川県 2名、千葉県の私の4名が「徳川美術館見学」の機会を戴き、お帰りの皆様をお送りして
散会といたしました。
永平寺・東尋坊・越前海岸 福井県名所めぐりの
日 時 平成19年5月29日(火)~30日(水) 一時小
参加者 15名
集 合 13:00 武生駅
平成12年(2000年)にフィリピン慰霊友好親善事業訪問団、全国から125名の遺児は6斑に分かれ、私たちはセブ島・レイテ島慰霊巡拝班16名でした。
その折の16名は「慰霊巡拝レイテ班」として各県持ち回りで幹事を務め、年1回の旅行を楽しんでおります。
かつての苦労話にも皆様は笑みを浮かべながら今の幸せに感謝をしながら友情の絆を確かめ合いました。
初めて降り立ちました集合場所の福井県の「武生駅」
武生駅 → にて一路、幹事佐野様宅の丹精されたトマトのビニールハウスにご案内いただきました。
美味しい トマト の食べ放題に一同 続いて モロッコインゲン のもぎ取り
奥様がご準備下さいましたモロッコインゲンとトマトをお土産に頂きました
お土産のトマト
お土産を に積み、大本山・永平寺参拝へ
「曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と檀信徒の信仰の源になっています」と今春大学を卒業され入門された雲水さんに館内を1時間余丁寧に説明を頂きました。
拝観記念 ご朱印 入り口
仏 殿 鐘 楼 堂
仏 殿 七堂伽藍の中心に位置し、永平寺のご本尊、釈迦牟尼仏が祀られています。
鐘楼堂 「除夜の鐘」で有名な大梵鐘は重さ約5トン。
大梵鐘は1日に朝・昼・夕方・夜の4回修行僧が撞きますが、一撞きごとにお拝をして撞かれる梵鐘の音は、単なる行持の合図というだけではなく、
聞く人全てに清らかな心の安らぎを与えてくれるそうです。
17:00 北陸・あわら 美松 到着
美松 全景 楽しかった懇親会
この度の再会に男女2名の欠席に淋しく存じましたが、幹事役の佐野様の奥様にご一緒していただき、会を盛り上げていただきました。
懇親会では美味しい郷土料理に舌鼓を打ちながら一年ぶりの再会に近況を語り会い、富山県の現役ガイドの竹腰さんの名司会に あり、踊りありで再会の
乾杯 が何回も行われ、楽しいひとときを過ごしました。
2日目 (5月30日) 一時小
おわら 8:40 スタート → 東尋坊にて遊覧船乗船
→ 越前水仙の里公園見学
越前海岸にて昼食後の記念撮影
→ 福井市へ → 名勝 「養浩館」 庭園 (旧御泉水屋敷) 見学 (希望者のみ)
入 場 券 正門入口
庭園の一部 解散後自由見学をした皆様と
→ 福井駅 14:00 着 ~ 解 散
心配しましたお天気もまあまあの2日間、体調を崩された方もなく、楽しい再会の集いとなりました。
お世話になりました佐野様ご夫妻様に心から感謝を申し上げております。
又、ご丹精された美味しい トマト とモロッコインゲン のお土産まで頂きまして本当に有り難うございました。
来年は 「愛知県の旅」 西脇さん、宜しくお願い申し上げます。
皆様、再会の日を楽しみにしております。
お元気で
平成18年5月10日(水)~11日(木)小~
くすりの広貫堂及び立山博物館見学と立山・黒部アルペンルートの旅
平成12年(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団、全国125名の内、セブ島、レイテ島慰霊巡拝16名の遺児達は 「慰霊巡拝レイテ班」 として
年1回の旅行を楽しみ、友情の絆を深めております。
18年度は富山県の竹腰さんが初めてお一人での幹事役にご苦労を察しながらも富山のご案内を頂けますことに皆さんが一番楽しみにしておりました再会でした。
富山駅 (写真) 集合 12時
それは竹腰さんが長年ガイドのプロとしてお仕事をされ、定年後も会社から懇願され現役のガイドさんのご案内をいただけることでした。
立山の雄々しく、美しさゆえに、神の山として崇めてきたことから多くの歌が詠まれ名ガイドさんからたくさんの歌のご披露がありました。
しかし、なかなか が間に合わず、歌と懇親会の折りの素晴らしいご挨拶のお言葉を届けていただきましたので歌で綴る旅日記をご覧いただければ幸いに存じます。
先ず、 くすりの廣貫堂見学 参加者15名の皆さん
皆さん良くご存知の 葛根湯 は廣貫堂がつくったこだわりの逸品と説明あり。
立山あるぺん村(小休憩)→ 立山博物館見学 立山信仰の拠点、
芦峅寺(あしくらじ)にあり、立山曼陀羅や自然・歴史・文化が楽しみながら体験できます。
信仰の立山を巨大スライドで紹介していただきました。
市内観光後 → 立山国際ホテルへ 三角形の形をしたおしゃれなホテル
自宅を6時にスタートしてから丁度12時間後の午後6時懇親会開始。
一年ぶりの再会に美味しい郷土料理に舌鼓をうちお話に花が咲き2時間半の予定もあっという間に。
この時、幹事さんから一言ご挨拶とのお話に皆が耳を傾けた瞬間、昼間のお疲れもみせずに、詩吟歴10年 準師範をお持ちの素敵なご挨拶が始まりました。
相撲甚句調 別 れ 唄
観光旅行も今日(こんにち)限りに ヨー
ハァ ーーー
会長さんや幹事さん
フィリピン慰霊訪問団の皆様 ヨー
いろいろ御世話になりました アー
お名残惜しいは候えど
明日はお別れせにゃならぬ ー
お別れしましたその後は
お家繁盛街繁盛
流行(はやり)風邪などかからぬ ヨー
かげからお祈りい たします
至らぬ私であったれど
これより我が家へ帰りまして
今度会うまで勉強して
又のご縁があったなら
再びお会いをいたしましょう
靖国に眠る英霊の皆様と
遺児の皆様に栄えあれ
どうかひとえに ヨーホホイ
ハァ ーーー
願います ヨー
一本〆で参ります
ヨーイ ポン
皆さんが惜しみない大きな を贈りました。
2日目 5月11日(木)いよいよ竹腰さんの名ガイドさんの説明によります「雪の大谷」へ
立山黒部アルペンルートは、北アルプス立山連峰を貫き、富山市と長野県信濃大町を結ぶ山岳観光ルートとして昭和46年に全線が開通したそうです。
おもなみどころとして
●標高2,000mに広がる弥陀ヶ原大高原。
●標高2,450mの室堂
●3,000m級の山々が連なる立山連峰。
●黒部ダム
などがあげられる。
立山は、古くから信仰の山として数々の伝説が伝えられていると説明あり。
昭和天皇のお歌
御製の歌碑 は昭和33年の「とやま国体」のためご来県を記念して建てられました。
立山の空にそびゆる大しさに(雄々しさに)並えとぞ思う御代の姿も
皇太子様の頃、軍隊の慰問に来県され小矢部から東方にそびえる立山を詠まれました。
越中国司であった 大伴家持 が立山を讃える歌を数首詠んでおります。
たち山にふりおける雪を常夏にみれどもあかず神からならし
平野から遙かに、万年雪をいただいた立山連峰を望み、その姿の神々しさに打たれ、
よろず代のかたらい草といまだ見ぬ人にも告げむ
桂台は、観光バスによる立山黒部アルペンルートの入り口です。
この辺りは山の残雪と桜の調和美も美しいところです。
桜を詠んだ代表的な歌として知られているのは
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
この歌は 在原業平の歌 ですが奈良朝のお花見の華やかさが伺われます
親鸞聖人の歌 に
明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐のふかぬものかわ
今日の事は、出来るなら今日のうちにかたづけましょうと言う戒めの言葉。
本居宣長の歌
敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花
ヤマザクラは日本に自生する11種のサクラの代表種。
ソメイヨシノが普及する江戸末期以前は花見の対象とされました。
句 碑
この時期は雪の下に陰を潜めて見えませんがご紹介をさせていただきます。
尚、句碑及び称名滝は観光協会提供の写真を使用させていただきました。
●アルペンルート滝見台句碑
滝を落とし全山木の葉をおとしおわり
この句碑は、 荻原井泉水 (連山句の大家) が昭和37年に、弥陀ヶ原を訪れた時の句で、紅葉のあとの静かな山の風景を詠んでいます。
●称名滝飛竜橋畔歌碑
初雪の高根を裂きてみ空よりもみぢの中に落つる大滝
川合玉堂 (昭和11年の歌) 作品には日本人の心の奥に潜む細やかな情感が巧みに表現されており、
多くの人々に深い共感と安らぎを与えています。
昭和15年には文化勲章を受賞しております。
●称名滝滝見台園地
青雲にわく滝青き霧へ落とつ
水原秋桜子 (俳人・医学博士)昭和32年の作品。
晩年はプロ野球を熱心に観戦するようになり、ナイターを詠んだ句も残しています。
滝見台は落差日本一(350m)の 称名滝 が見えるところです。
鍬崎山の埋蔵金(黄金伝説)
立山連峰からはなれて平野寄りに2,090mの角錐形の山、その昔、富山城主佐々成政が富山城落城を覚悟し、幾百万両もの軍用金を七×七=49の壺に入れて、ひそかに鍬崎山に埋めたと伝えられています。
朝日さす夕日輝く鍬崎に七つ結び七つ結び黄金一杯光輝く
天狗平 標高2,350m 加賀の白山が見えたら
消えはつる時しなければ越路なる白山の名は雪にぞありける
1,200年前 泰澄大師の歌
竹腰さんの ガイドによる歌を披露しながらの素晴らしい説明に初めて見る小雨降る
「雪の大谷」 でしたが感激もひとしおでした。
「雪の大谷」を散策して
小降る中、風紋・氷河氷 等の説明を受けながら、標高 2,390m、気温 9度、積雪18mの「雪の壁」 を見上げました。(写真は立山積雪研究会提供からいただききました)
今年は豪雪により「白い壁」は最高19mあったそうですが今は1mとけて18mになったそうです。
もう1枚 「雪の壁越しに望む奥大日岳」 を拝借させていただきました。
立山有料道路の終点の 「室堂」
目の前に雄山、浄土山、別山の立山三山がそびえる室堂平は立山黒部アルペンルート観光の中心地であり、立山登山の基点として多くの人々でいつも賑わっています。
おもなみどころ 「みくりが池」 北アルプスで最も美しいといわれる山上湖で周囲412mですが今は見渡す限り白一面の景色です。
日本最高所の温泉がある「みくりが池温泉」の標識
日本最古の山小屋がある 「室堂山荘」の標識
次回は是非宿泊してみたいところです。
「雪の大谷」「室堂」に名残惜しくも「時間です」のお声に重い腰を上げ、室堂 ~ 立山トンネルトローリバス(10分) → 大観峰 ~ 立山ロープウェイ(7分) → 黒部平 ~ 黒部ケーブルカー(5分) → 黒部湖へ。
折角撮った「黒部ダム」(写真) の文字がはっきりしませんが
この間の素敵な遊覧も残念ながら霧と雪の白一色の自然観察の旅でした。
幸いにも遅い昼食頃には小もあがり、大自然の中になだらかな美しいアーチを描く黒部ダムをゆっくり見学する事が出来ました。
その建設は世紀の大事業として語り継がれ、中でも破砕帯との格闘は石原裕次郎の映画 「黒部の太陽」 に描かれたことでも有名です。
毎年6/26~10/15までの期間中、水煙をあげながらもの凄い勢いで水が放出され、この迫力ある放水に、観光に訪れた誰もが感動を覚え、言葉を失う程と伺いましたが、説明のエメラルドグリーンの湖水も見ることが出来なく次回のお楽しみになりました。
最後の見学も終え 関電トンネルトローリバス乗車 → 扇沢 ~ (タクシー) → 信濃大町駅にて 解 散。
お互いに涙した6年前の慰霊の旅に想いをいたします時、今このように健康に恵まれ、笑顔の再会ができます幸せと友情の絆を大切にしたいと思います。
幹事役と名ガイド役の一人二役を努められました富山県の 竹腰様 2日間、本当に有り難うございました。
そしてお疲れさまでした。
来年、福井県での再会をお約束して名残は尽きぬ楽しい旅でした。
平成17年6月2日(木) ~6月3日(金)
フィリピン慰霊巡拝レイテ班 総勢16名
11時40分新潟駅集合 1年ぶりの再会に
[行程]
新潟港 ~ ジェットフォイル乗船1H ~ 両津港へ
バス観光
能楽の里(能楽鑑賞)
能の魅力を伝える能楽の里。ロボットによる「道成寺」が常時演じられる他能の貴重な資料が沢山展示されています。
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トキの森公園
特別天然記念物の朱鷺 絶滅の危機を脱した!の説明に全員喜びにうなずく。
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妙宣寺 五重の塔
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真野御陵
順徳上皇 24歳の若さで佐渡に流され在島22年で崩御ここに眠ると説明あり。
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途中曽我さんの住む市営住宅~勤務先の真野役場(正式名?)を車中から見る。 静かな山間の緑に囲まれた住宅が6~8世帯(?)の一軒に。
勤務先までも徒歩で直ぐの所でした。 友人の1人がアメリカ永住のため真野役場を退職された(?)とか。
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歴史伝説館
佐渡に配流された順徳天皇、日蓮聖人、世阿弥に会え、日本一の鋳金家 人間国宝 佐々木象堂記念館に於いて「瑞鳥」の説明、手づくりの落款印などに目を奪われました。
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お宿へ 夕食・懇親会の2時間に名残惜しく!
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佐渡伝統芸能鑑賞へ
鬼太鼓の響きに睡魔もどこへやら。佐渡おけさ・相川音頭の踊りを楽しみました。
6月3日(金)2日目
出発前の朝の両津港にて
七浦海岸~夫婦岩へ
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途中 曽我さんの生家、最後に買い物をしたお店の説明。普通の田舎の町並みになぜ?野中の一軒家でもないのに?
ガイドさん曰く「お盆の頃は帰郷する人が多く知らない人がいても誰も不思議でなかった事、川も近くにありましたので」
全員 そうだったのおォ~、可愛そうだったわねェ~
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国史跡佐渡奉行所跡
素晴らしい建築!日本中の名工がそれぞれに腕をふるったと説明あり。
行政を行うお役所だけでなく金・銀などを精製する工場(勝場 せりば)も復元され手に触れることが出来ました。
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佐渡金山
佐渡金山400年の歴史と江戸時代の驚異的な生産技術の説明
手作業による江戸時代の金山をコンピューターロボットにより本物かと思うほどに再現されていたものの過酷な仕事にて24,5歳で命を失い、42歳まで生あれば
現在の古希の祝に匹敵する盛大な祝の会を行った。との説明に言葉無し 合掌
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大佐渡スカイライン
山の頂に僅かばかりの白いものを残しているものの晴天に恵まれ、大佐渡の緑鮮やかな山中に七竈の白い花、
レンゲツツジに彩られた大佐渡の山から佐渡の街を眺め日光のいろは坂ならぬ佐渡のいろは坂の森林浴を楽しみました。
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両津港~新潟港~新潟駅 15時着
1年ぶりの再会!久しぶりに16名全員参加。
慰霊巡拝時に涙した遺児だったかと?
名残は尽きぬ16名の笑顔。
来年富山県での再会を楽しみに
幹事さんのお二方に心から感謝を申し上げます。
楽しい旅を有難うございました。
楽しい旅の思い出に寄せて
レイテへの慰霊の旅を懐かしみ佐渡に集ひて一夜さの会ひ