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今日の午後、長野原・応桑狩宿の知人宅に出向く用事が出来たので
序に短時間で登れる山を探して長野県高山村の笠ケ岳に行くことにした。
ここならフツウの人で登り30分以内とされるので爺イの鈍足でも
40-50分で頂上に着けるから。それに途中で標石二基を探すことも
おまけのお楽しみに付いている。
大津信号から草津道路に入り草津温泉、ホテル前の丁字路を左折して
未だ車の往来の少ないR-292を白根に向かう。草津白根の大駐車場は
時間が早いせいかガラガラ。そのまま通り越して第一目標の山田峠。
ここでのお楽しみは近辺に在る筈の「地殻変動観測点」を探すこと。
丁度、中之条町の道標の所が山田峠。写真の右端に見える茶色杭がそれ。
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車外に出たら猛烈な寒気に震えが来るほど。慌てて長袖シャツの上から半袖、
それに重ねてウィンドブレーカー、それでも冷たい風はかなりこたえる。
峠の道標の反対側には地形図にも載っている避難小屋。
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その左手に地籍を示す木柱。表示は高山村になっている。この峠の辺りは
嬬恋村・高山村・草津町・中之条の旧六合村の境界が集まっているので複雑。
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更に奥に進むとコレが目的のもの。地形図上は三角点と同じマークで点名も
「山田峠」と付けられた地殻変動観測点2052.61mで記録上は未だ六合村大字入山。
先ほど通過した白根山大駐車場の近くにある弓池の2022.3m三角点マークもこれと
同様の観測点である。
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西北にこれから行く笠ケ岳の峻峰が見える。登山路は峠から始まるので見た目よりは
楽な山。山名の由来は、姿が「すげ笠」に見えることからとか幾つかあるらしい。
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北に見えるこの山塊は何だろうか? 若しかすると横手山の東麓の始まりかな。
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ここから前進して閑散の渋峠、戸外の気温表示がなんと12℃。スカイレーターのある
「ノゾキ」を通過すると長い下り道を経て熊の湯・ほたる温泉の志賀プリンス前。
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反対側の志賀山登山口は前山リフトに向かう人がチラホラ。
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僅かの先に噴煙が見え「平床大噴泉」「ほたる温泉」の看板。
天然記念物のゲンジボタルの生息地としても有名で「ほたる温泉」という名前も
ここから由来しているとの事。
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暫く行くとこんな道標で左折。
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少し先の分岐で広い道に惑わされず狭いこの橋を渡る。
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道標も現れる。山田牧場まで9kとあるが笠ケ岳登山口まではその半分の約4k。
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丁度、毛無峠への林道と同じような雰囲気の道を蛇行していくと高山村の道標が
現れ、直ぐ先が登山口。
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駐車場からは目の前に笠ケ岳、そして「笠ケ岳峠の茶屋」。ここで管理人のHさんに
一年ぶりに会うのも楽しみ(9.24)。自宅から110Kを三時間も掛かってしまった。
ここは通称で「笠ケ岳峠」なんだが地形図にも峠名の表示が無いので正式ではなかろう。
茶屋の看板も「笠ケ岳峠の」「茶屋」と読まずに「笠ケ岳・峠の茶屋」と読めばよい。
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丁度、茶屋を開ける支度を始めたHさんに挨拶して早速茶屋の左手の登山道へ。
直ぐに左に向かう細道があるが、熊の湯に抜ける道らしい。
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出だしはこんな登山道でフツウの山道。
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途中で振り返って小笠方面。
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やがて木枠段に変わるが段差があるので短足爺イは一段を二歩で進む。
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次いでは木段、こちらの方が上り易いが傾斜は益々きつくなるので
両側の柵やロープが頼り。
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何とか急登を乗り切ると暫くは再び普通の登山道。
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頂上直下からは約10m位の岩場をローブを掴んで上りきる。
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頂上着(10.04)。思ったより展望はすっきりしない。この正面の大きいのは白根、
左のトンガリは横手山かも知れない。
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見渡したところ、三百名山にしては不思議にも頂上標識の類はない。
危険とされて柵のある所に石宮が一基。
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小さなケルン。
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そして三角点。二等で点名はそのものズバリの「笠ケ岳」2075.74m。
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後から到着した三人組の方にお願いして本日の爺イを最高点で。
セルフでは急いでの岩の駆け上がりが危ないので。
ここにある注連縄らしきものがあり一見して石宮らしいのは良く見るとケルン?
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皆さんが下山した後、少々軽食を詰め込んでからこちらも帰り支度。
途中で下界の平野部が見えたがどの地域かは不明。
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下りの岩場は登りよりも慎重。木段も上から見ると予想以上に急傾斜、ここの
建設時の苦労がしのばれる。
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何とか膝も損傷無く下山、茶屋で名物きのこ汁をご馳走になりながら早めの昼食。
丁度、店に居られた方にお願いして管理人のHさんと記念写真。
絵の上手い自慢のお孫さんは既に二学期が始まっているので今は不在。
今年は多分四年生になっている筈。
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ゆっくり休みながらHさんからこの近辺の情報を聞いて二つ目のお楽しみを
探しに出発。車で帰路とは反対の山田牧場方面に下る。
0.4K位で昨年辿った小笠への登山道が分岐。
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さらに1.3K進むと左から登山道が合わさり、道標は山田牧場を指す。多分ここが
山田牧場を発する小笠・笠ケ岳ルートが一旦林道に合わさるところだろう。
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蛇行の道を分岐から1.3Kで牧場入り口に来た。林道は牧場内を通っているらしい。
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入り口から0.3Kが目的の場所だが困ったことに其処には放牧の大きな牛がたむろしていた。
近寄るな! 刺激するな!と注意があるので車から降りて様子を見る。
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赤いシャツなので闘牛の赤い布(ムレータ)を連想して拙いと思ったが牛の目は色を
区別できず、実際は色でなく動きで興奮 すると云うのを思い出しやや安心。
牛の近くで三角点発見。四等の金属で点名・奥山田1710.86m。
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高山村の予定終了で引き返す。峠の茶屋で車上から挨拶して県道へ。
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長い登りの峠道を蛇行して渋峠。
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一寸売店によって図柄の異なる国道最高地点到達証明
をゲット。
因みに峠としての最高点は長野県川上村の「大弛峠」の2360mだがここの渋峠2172mは
国道としての最高点第一位なのだ。国道第二位は長野県・茅野市麦草峠2120m。
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(県境としての峠は2152mだが100m群馬寄りに2172mの最高点があり碑が建てられていて
証明証下部左の写真がそれ)
ここから白根に向かう途中には展望場所が数箇所ある。これはその一つから白根の湯釜を
北側から眺めたもの。
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白根大駐車場はもう最盛期をすぎたのか? 何時もの渋滞も喧騒もない。
やや通り越してから白根の荒々しい巨体を眺める。
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後は寄り道もせずに一気に大津信号、ここから知人宅に赴くため帰路とは反対に
羽根尾へ向かう。信号を左折してR-146を走り途中から数回の左折を繰り返して
狩宿到着で約1時間で用件を済ませる。
大体、爺イは伝説になっている頼朝1193年の浅間三原野の巻き狩りに懐疑的である。
従ってその伝説から発する「狩宿」とか「万騎峠」などの地名は史書ではない
「物語としての曽我物語」や鎌倉時代の北条氏9代についての物語風記録である
「北条九代記」などからの伝承から発していると思う。吾妻鑑にも三原野で
巻き狩りの記述はない。だが、巻き狩りはあの時代の政権の武威を世間に知らせる
大事なパフォーマンスであつたから那須野巻き狩りや新田義重邸を訪問して
長老との和解を図ったのが主体で頼朝自身は日程的に(23日発28日帰着が公式記録)
新幹線やヘリに乗ったわけでもないので無理としても別働隊が行ったかも知れない。
テレビも写真もない時代に大衆は権力者の顔など知っていないから影武者は
何人でも可能だったろうから。大体、頼朝像などは今では「伝・頼朝像」と
される程度だ。
狩宿の中に朝比奈三郎の墓所という案内を見たので行って見た。
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ところが説明看板を見てびっくり仰天。明確に「母は巴御前」と断定的に書いてある。
確かに『源平盛衰記』などでは木曾義仲の敗死後、捕虜になった巴御前を義盛が望み、
義秀が生まれたことになっている。だが、これ等は史書ではなく物語の世界だ。
確かに三郎義秀は和田義盛の三男で北条に図られて義盛が滅亡する「和田合戦」での
凄まじい奮闘振りが伝えられているが吾妻鑑ではこの時(1213年)の義秀を38歳としている
生まれは1176年の筈。
だが、義仲の敗死が1184年であることは厳然たる事実だから義仲死亡の8年も前に
妾の巴御前が和田義盛の子を生む機会はないし、彼女自身も生没年不詳で名前が
出てくるのは軍記物語の『平家物語』『源平盛衰記』のみであるので存在すら怪しい。
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狩宿からの帰路は万騎峠経由にしたが峠道入り口から6Kで漸く峠。
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伝説からの命名は別としても吾妻と長野原を繋ぐ峠としてかっては草津への湯治客は
もとより双方の物産品の運搬路として重用だったらしい。特に白根方面からの硫黄の
輸送路でもあったらしい近年の利用は激減している。
それでも路面整備や周辺の草刈などは何とか通常走行を可能にしている。
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この峠からかって菅峰へ南ルートとして猛烈な藪漕ぎをして到達したことがあるが
今でも土手の斜面にうっすらと摺り跡が残っているので時々は挑戦者が
居られるのかも知れない。
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峠越えもやはり6KでR-406に合流してそのまま帰宅。
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走行距離240K、歩行は僅かに6000歩の一日だった。
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序に短時間で登れる山を探して長野県高山村の笠ケ岳に行くことにした。
ここならフツウの人で登り30分以内とされるので爺イの鈍足でも
40-50分で頂上に着けるから。それに途中で標石二基を探すことも
おまけのお楽しみに付いている。
大津信号から草津道路に入り草津温泉、ホテル前の丁字路を左折して
未だ車の往来の少ないR-292を白根に向かう。草津白根の大駐車場は
時間が早いせいかガラガラ。そのまま通り越して第一目標の山田峠。
ここでのお楽しみは近辺に在る筈の「地殻変動観測点」を探すこと。
丁度、中之条町の道標の所が山田峠。写真の右端に見える茶色杭がそれ。
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車外に出たら猛烈な寒気に震えが来るほど。慌てて長袖シャツの上から半袖、
それに重ねてウィンドブレーカー、それでも冷たい風はかなりこたえる。
峠の道標の反対側には地形図にも載っている避難小屋。
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その左手に地籍を示す木柱。表示は高山村になっている。この峠の辺りは
嬬恋村・高山村・草津町・中之条の旧六合村の境界が集まっているので複雑。
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更に奥に進むとコレが目的のもの。地形図上は三角点と同じマークで点名も
「山田峠」と付けられた地殻変動観測点2052.61mで記録上は未だ六合村大字入山。
先ほど通過した白根山大駐車場の近くにある弓池の2022.3m三角点マークもこれと
同様の観測点である。
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西北にこれから行く笠ケ岳の峻峰が見える。登山路は峠から始まるので見た目よりは
楽な山。山名の由来は、姿が「すげ笠」に見えることからとか幾つかあるらしい。
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北に見えるこの山塊は何だろうか? 若しかすると横手山の東麓の始まりかな。
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ここから前進して閑散の渋峠、戸外の気温表示がなんと12℃。スカイレーターのある
「ノゾキ」を通過すると長い下り道を経て熊の湯・ほたる温泉の志賀プリンス前。
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反対側の志賀山登山口は前山リフトに向かう人がチラホラ。
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僅かの先に噴煙が見え「平床大噴泉」「ほたる温泉」の看板。
天然記念物のゲンジボタルの生息地としても有名で「ほたる温泉」という名前も
ここから由来しているとの事。
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暫く行くとこんな道標で左折。
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少し先の分岐で広い道に惑わされず狭いこの橋を渡る。
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道標も現れる。山田牧場まで9kとあるが笠ケ岳登山口まではその半分の約4k。
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丁度、毛無峠への林道と同じような雰囲気の道を蛇行していくと高山村の道標が
現れ、直ぐ先が登山口。
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駐車場からは目の前に笠ケ岳、そして「笠ケ岳峠の茶屋」。ここで管理人のHさんに
一年ぶりに会うのも楽しみ(9.24)。自宅から110Kを三時間も掛かってしまった。
ここは通称で「笠ケ岳峠」なんだが地形図にも峠名の表示が無いので正式ではなかろう。
茶屋の看板も「笠ケ岳峠の」「茶屋」と読まずに「笠ケ岳・峠の茶屋」と読めばよい。
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丁度、茶屋を開ける支度を始めたHさんに挨拶して早速茶屋の左手の登山道へ。
直ぐに左に向かう細道があるが、熊の湯に抜ける道らしい。
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出だしはこんな登山道でフツウの山道。
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途中で振り返って小笠方面。
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やがて木枠段に変わるが段差があるので短足爺イは一段を二歩で進む。
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次いでは木段、こちらの方が上り易いが傾斜は益々きつくなるので
両側の柵やロープが頼り。
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何とか急登を乗り切ると暫くは再び普通の登山道。
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頂上直下からは約10m位の岩場をローブを掴んで上りきる。
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頂上着(10.04)。思ったより展望はすっきりしない。この正面の大きいのは白根、
左のトンガリは横手山かも知れない。
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見渡したところ、三百名山にしては不思議にも頂上標識の類はない。
危険とされて柵のある所に石宮が一基。
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小さなケルン。
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そして三角点。二等で点名はそのものズバリの「笠ケ岳」2075.74m。
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後から到着した三人組の方にお願いして本日の爺イを最高点で。
セルフでは急いでの岩の駆け上がりが危ないので。
ここにある注連縄らしきものがあり一見して石宮らしいのは良く見るとケルン?
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皆さんが下山した後、少々軽食を詰め込んでからこちらも帰り支度。
途中で下界の平野部が見えたがどの地域かは不明。
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下りの岩場は登りよりも慎重。木段も上から見ると予想以上に急傾斜、ここの
建設時の苦労がしのばれる。
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何とか膝も損傷無く下山、茶屋で名物きのこ汁をご馳走になりながら早めの昼食。
丁度、店に居られた方にお願いして管理人のHさんと記念写真。
絵の上手い自慢のお孫さんは既に二学期が始まっているので今は不在。
今年は多分四年生になっている筈。
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ゆっくり休みながらHさんからこの近辺の情報を聞いて二つ目のお楽しみを
探しに出発。車で帰路とは反対の山田牧場方面に下る。
0.4K位で昨年辿った小笠への登山道が分岐。
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さらに1.3K進むと左から登山道が合わさり、道標は山田牧場を指す。多分ここが
山田牧場を発する小笠・笠ケ岳ルートが一旦林道に合わさるところだろう。
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蛇行の道を分岐から1.3Kで牧場入り口に来た。林道は牧場内を通っているらしい。
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入り口から0.3Kが目的の場所だが困ったことに其処には放牧の大きな牛がたむろしていた。
近寄るな! 刺激するな!と注意があるので車から降りて様子を見る。
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赤いシャツなので闘牛の赤い布(ムレータ)を連想して拙いと思ったが牛の目は色を
区別できず、実際は色でなく動きで興奮 すると云うのを思い出しやや安心。
牛の近くで三角点発見。四等の金属で点名・奥山田1710.86m。
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高山村の予定終了で引き返す。峠の茶屋で車上から挨拶して県道へ。
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長い登りの峠道を蛇行して渋峠。
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一寸売店によって図柄の異なる国道最高地点到達証明
をゲット。
因みに峠としての最高点は長野県川上村の「大弛峠」の2360mだがここの渋峠2172mは
国道としての最高点第一位なのだ。国道第二位は長野県・茅野市麦草峠2120m。
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(県境としての峠は2152mだが100m群馬寄りに2172mの最高点があり碑が建てられていて
証明証下部左の写真がそれ)
ここから白根に向かう途中には展望場所が数箇所ある。これはその一つから白根の湯釜を
北側から眺めたもの。
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白根大駐車場はもう最盛期をすぎたのか? 何時もの渋滞も喧騒もない。
やや通り越してから白根の荒々しい巨体を眺める。
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後は寄り道もせずに一気に大津信号、ここから知人宅に赴くため帰路とは反対に
羽根尾へ向かう。信号を左折してR-146を走り途中から数回の左折を繰り返して
狩宿到着で約1時間で用件を済ませる。
大体、爺イは伝説になっている頼朝1193年の浅間三原野の巻き狩りに懐疑的である。
従ってその伝説から発する「狩宿」とか「万騎峠」などの地名は史書ではない
「物語としての曽我物語」や鎌倉時代の北条氏9代についての物語風記録である
「北条九代記」などからの伝承から発していると思う。吾妻鑑にも三原野で
巻き狩りの記述はない。だが、巻き狩りはあの時代の政権の武威を世間に知らせる
大事なパフォーマンスであつたから那須野巻き狩りや新田義重邸を訪問して
長老との和解を図ったのが主体で頼朝自身は日程的に(23日発28日帰着が公式記録)
新幹線やヘリに乗ったわけでもないので無理としても別働隊が行ったかも知れない。
テレビも写真もない時代に大衆は権力者の顔など知っていないから影武者は
何人でも可能だったろうから。大体、頼朝像などは今では「伝・頼朝像」と
される程度だ。
狩宿の中に朝比奈三郎の墓所という案内を見たので行って見た。
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ところが説明看板を見てびっくり仰天。明確に「母は巴御前」と断定的に書いてある。
確かに『源平盛衰記』などでは木曾義仲の敗死後、捕虜になった巴御前を義盛が望み、
義秀が生まれたことになっている。だが、これ等は史書ではなく物語の世界だ。
確かに三郎義秀は和田義盛の三男で北条に図られて義盛が滅亡する「和田合戦」での
凄まじい奮闘振りが伝えられているが吾妻鑑ではこの時(1213年)の義秀を38歳としている
生まれは1176年の筈。
だが、義仲の敗死が1184年であることは厳然たる事実だから義仲死亡の8年も前に
妾の巴御前が和田義盛の子を生む機会はないし、彼女自身も生没年不詳で名前が
出てくるのは軍記物語の『平家物語』『源平盛衰記』のみであるので存在すら怪しい。
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狩宿からの帰路は万騎峠経由にしたが峠道入り口から6Kで漸く峠。
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伝説からの命名は別としても吾妻と長野原を繋ぐ峠としてかっては草津への湯治客は
もとより双方の物産品の運搬路として重用だったらしい。特に白根方面からの硫黄の
輸送路でもあったらしい近年の利用は激減している。
それでも路面整備や周辺の草刈などは何とか通常走行を可能にしている。
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この峠からかって菅峰へ南ルートとして猛烈な藪漕ぎをして到達したことがあるが
今でも土手の斜面にうっすらと摺り跡が残っているので時々は挑戦者が
居られるのかも知れない。
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峠越えもやはり6KでR-406に合流してそのまま帰宅。
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走行距離240K、歩行は僅かに6000歩の一日だった。
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途中でバテてしまい、伴走車に救われた経験があります。
真田一族の合戦武者が行き来したとの思い入れが強く、近くの丸岩やらの名と共に記憶に残ります。『真田太平記」の影響かも知れません。 命名としては秀逸と思っています。
今年は猛暑と思っているうちに2000mを越えると
いきなり12℃-14℃となる時期に来ているようです。
九月いっぱいは高原の秋を求めて嬬恋などで山歩きを
する予定です。
小生も最近自転車を始めました。早朝の一時間程度
ですが脚力の衰えを少しでも先延ばしするため
長野堰遊歩道や烏川土手道を走っています。