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大寝坊。
午後になってから出発したため、
道立近代美術館(北海道版画協会展)→
喫茶いまぁじゅ→
ギャラリー門馬アネックス(ミカミイズミ展)
の3カ所しかまわれず。
夕方、豊平の北海斎場に、栃内忠男さんのお通夜に参列する。
僧侶が長い読経をして、説教をして、葬儀委員長の谷口一芳さん(全道展会員)があいさつし、焼香をして-という、ごくごくふつうの通夜だった。
画家らしかったのは、自画像が2点、祭壇にあったことぐらいだったろうか。
「栃内忠男さんの訃報に思う」
のエントリでは、もっぱら画家としての栃内さんについて書いたけれど、通夜の席で思い出したのは、ふだんの栃内さんの姿だった。
ときおり、札幌時計台ギャラリーの女性のグループ展などで、講評を求められて、絵をしげしげと眺めては、あれこれとアドバイスしている場面に、遭遇した。
栃内さんは、柔道をよくしていたこともあり、声が大きくてよく通る。
ほかの部屋にいても聞こえてくるのだ。
バリトンの優しい声で、実践的な助言を熱心にしていた光景を、何度か目にしたものだ。
全道展の一般入選クラスの描き手あたりから見たら、栃内さんは、北海道画壇の大家であることはもちろんなのだが、まずなによりも、「優しい大先輩」であったのではないか。
トラックバックをいただいているブログ「5号館のつぶやき」に、親類から見た栃内さんの素顔がつづられているので、お読みになっていただければと思う。
さて。
13日は昨日も書いたけれど、午後から仕事である。
どうしようか。
小樽・鉄路・写真展と、木田金次郎美術館は、たぶんムリだろうなあ。
午後になってから出発したため、
道立近代美術館(北海道版画協会展)→
喫茶いまぁじゅ→
ギャラリー門馬アネックス(ミカミイズミ展)
の3カ所しかまわれず。
夕方、豊平の北海斎場に、栃内忠男さんのお通夜に参列する。
僧侶が長い読経をして、説教をして、葬儀委員長の谷口一芳さん(全道展会員)があいさつし、焼香をして-という、ごくごくふつうの通夜だった。
画家らしかったのは、自画像が2点、祭壇にあったことぐらいだったろうか。
「栃内忠男さんの訃報に思う」
のエントリでは、もっぱら画家としての栃内さんについて書いたけれど、通夜の席で思い出したのは、ふだんの栃内さんの姿だった。
ときおり、札幌時計台ギャラリーの女性のグループ展などで、講評を求められて、絵をしげしげと眺めては、あれこれとアドバイスしている場面に、遭遇した。
栃内さんは、柔道をよくしていたこともあり、声が大きくてよく通る。
ほかの部屋にいても聞こえてくるのだ。
バリトンの優しい声で、実践的な助言を熱心にしていた光景を、何度か目にしたものだ。
全道展の一般入選クラスの描き手あたりから見たら、栃内さんは、北海道画壇の大家であることはもちろんなのだが、まずなによりも、「優しい大先輩」であったのではないか。
トラックバックをいただいているブログ「5号館のつぶやき」に、親類から見た栃内さんの素顔がつづられているので、お読みになっていただければと思う。
さて。
13日は昨日も書いたけれど、午後から仕事である。
どうしようか。
小樽・鉄路・写真展と、木田金次郎美術館は、たぶんムリだろうなあ。
事が有ります。テンペラだったかも
知れません。前の拠点の近くに、実家
が有ったようです。
ご冥福を、つくづくお祈りいたします。
もう西線14条の電停を利用することって、めったになくなりました。