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書家の宇野静山さん死去

2010年07月11日 01時29分33秒 | 新聞などのニュースから
 道内書壇の長老、宇野静山さんが7月8日に亡くなられたという記事が新聞に載っています。
 ことし103歳で、小樽市在住。
 北海道書道展の第1回展からの審査会員で、現在は招待作家。
 筆者の記憶が正しければ、北海道書道展の創立当初の、唯一存命の審査員メンバーでした。

 毎日書道展と創玄展の名誉会員でもありました。毎日展は、創立当時からかかわっているはずです。
 1977年には北海道文化賞も受賞しています。

 さすがに書のことは、毎日新聞が詳しいです。
 2010年7月10日の北海道版から。 

(前略) (留萌管内)苫前町に生まれた静山さんは、札幌師範学校(現北海道教育大)を卒業。「現代書道の父」と言われる比田井ひだい天来てんらいに師事し、書家として道を歩み出した。小樽市内で高校教諭を務めながら、研さんを重ねた。

 「線」を大切にする正統派の作家で、骨太で簡素な書風で知られた。毎日書道展のほか、創玄書道会や北海道書道連盟の創設にも深くかかわり、道内書道界のけん引役として活躍。80歳のとき、中国・大連で個展を開くなど、活躍の舞台は海外にも広がった。晩年は「人生百年」を好んで書いた。

 毎日書道会の最高顧問、中野北溟ほくめいさん(86)は「私が毎日書道展に初出品したとき(1951年)に知り合った。金子鴎亭さんと同年代で、北海道書道界の先達の一人でした。温厚な方でしたが、着実に仕事をこなし、後輩の手本でした」としのぶ。また、毎日書道展北海道展の山田太虚たいきょ実行委員長(73)は「戦後の北海道書道の草分け的な存在でした。濃墨でふっくらした柔らかな書風が印象的でした」と悼んでいた。 (引用おわり)


 筆者は直接お話ししたことはありませんが、車いすにのって道書道展の会場を回っていたのをお見かけしたことがあります。
 晩年の、行書作品しか記憶にありませんが、まさに、上の引用で山田さんがお話しされているとおりの書風でした。


臥龍社書展(2008年)
北玄社書展 (2006年)
第21回臥龍社書展(2003年、11月11日の項)
第20回臥龍社書展
 =いずれも画像なし

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100709-00000060-mai-peo


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