井上さんは札幌の画家。
「ミヤシタ」では毎年個展を開いているし、近年は本州でも個展の機会が増えているが、グループ展や公募展では発表していないため、なじみの薄い人もいるかもしれない。
しかし、抽象表現主義とミニマルアートが行き着くところまで行って絵画が新しい局面を見いだせずに苦しんでいる現代にあって、この人ほど、21世紀の絵画を真剣に模索して、或る程度の結果を出している人は、日本中をさがしてもあまりいないような気がするのだ。
そんな人が札幌にいて、独自の画業を進めているのは、すごいことだと思う。
冒頭に画像を掲げておいたが、写真にうつりにくいことについても、井上さんは道内有数である。
ぜひ実物に接することをオススメする。
今回はアクリル絵の具による31点。すべて額装されている。いつものとおり、題は付いていない。
画風に劇的な変化があったわけではないが、少しずつ新しい手法を取り入れ、これまでの技法とあわせて制作している。
ここ数年取り組んでいる、粗い糸をびっしりと横に張り渡した上から絵の具を塗り重ねた作品もあったが、筆者の目を引いたのは、まだら模様に見える作品。
さまざまな色が重なり合い、ふしぎな美しさをたたえている。白系が多い作品もあれば、青やオレンジの多い絵もある。
歯ブラシの歯をすき間なく絵の表面に植え込んだかのような透明で極細の突起は、今回の作品でも全体を覆っているが、井上さんによると「以前ほどは強調しなくなってきた」そうだ。
画面に光の効果を与えるこのおびただしい突起は、ローラーを何百回も往復させるうちにわずかずつ「育つ」ものだという。
まだらの絵についても、井上さんの作為や意図はいっさい排除されているという。
支持体を水平に置いて、透明なメディウムと絵の具を混ぜたものを上から振りかける。それを紙やすりで削り取る。再びメディウムと絵の具の混合物を振りかける…。基本的にはその繰り返し。ときには、不透明の絵の具で全面を覆い、さらにそれを削り取る。
えんえんと続けていくと、或る時点で、完成したと思える。偶然の積み重ねが、必然になって立ち現れる瞬間がやってくる。そこで制作をやめる(=筆をおく)という。
「じゃあ、いろんな色で収拾がつかなくなって途中でやめちゃうこともあるんですね。キャンバスがほごになってしまうというか」
「それはないんです。やってるうちになんとかなるんですよ」
井上さんが目指しているのは、自然の美なのだろうか。
でも「人為が入る限り、自然にはかなわない」という。
自然には、意図もなにもない。しかし、人がいっしょうけんめい、美しく作ろうとがんばっても、何も考えずに作られた自然には勝てないのだ。
それにしても、井上さんの試行は、人間中心でやってきた西洋合理主義の世界観を根底からひっくり返すラディカルさを秘めているのではないかと思う。
「50代になって、自分もこれからだと思えるようになってきたなあ」
と言いながら笑う井上さん。
底知れぬ奥深さを秘めた色彩の世界はこれからさらに結晶の純度を高めていくのだろうか。
08年5月28日(水)-6月22日(日)12:00-19:00(最終日-17:00)、月曜休み
ギャラリーミヤシタ(中央区南5西20 地図D)
地下鉄東西線「西18丁目」駅から7分
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