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米谷哲夫さん(画家、全道展会員)死去

2025年01月21日 10時06分18秒 | 新聞などのニュースから
 北海道新聞2025年1月21日第2社会面に札幌の画家米谷哲夫さんの死亡記事が載っていました。
 17日に亡くなったそうです。葬儀は終了しています。

 記事によると、米谷さんは札幌市の中学校教諭のかたわら油彩画家としても活動しました。
 札幌市立東栄中校長などを経て退職後の1989~93年に札幌彫刻美術館館長(当時は「本郷新記念」という名称はついていない)を務めたということです。

 全道展では1967年に奨励賞を受賞しました。同時に受賞した人に石原祐一、徳丸滋、瀬戸英樹、佐野忠男といった画家がいます。
 68年に会友に推薦され、73年に会員推挙となりました。
 99~2002年には事務局長も務めています。
 また、独立展にも毎年出品していて準会員となっていました。昨年も出品しており、会場風景が、あるブログに載っています( https://ameblo.jp/midate/entry-12872192886.html 最後のほうです)。

 米谷さんの絵は、こういってはなんですが、ふつうの人が「わあ、きれい」と思うような絵とは正反対だったと思います。
 おびただしい人物が画面いっぱいを埋め尽くし、構図は奥行きを欠き、筆致は渦巻いていました。とりわけ晩年の「森の歌」などは、色数は抑える一方で、楽器を奏でる妖精のような人物が木々の間を飛んで、幻想的・空想的な雰囲気を増していました。
 こぎれいなまとめ方を排し、多少の絵の具の濁りをものともしない、泥臭い画面は、全道展の壁によく似合っていました。
 
 もう一つ、忘れがたい仕事としては、道新文化センターの「アルディ会展」の指導が挙げられます。
 戦後の道内洋画壇を代表する画家国松登さんのHBC文化教室を、国松さんの急逝によって引き継ぎました。毎年3月か4月に札幌時計台ギャラリー(のちにギャラリー大通美術館)で発表会を開き、米谷さんも生徒に負けじと毎年大作を出品していました。
 ただし個展には消極的で、筆者は2014年にしか見たことがありません。
 
 道新の記事には、97歳とありました。
 ところで、上に書いた個展を紹介した、札幌時計台ギャラリー発行の「21 ACT」には、「78歳にして初の個展」と記されているようです( https://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/000a859407665f1a4510199a88dffa26 )。
 明らかに計算が合いません。
 ただ、2014年に78歳なら、札幌彫刻美術館の館長に就任したのが43歳となり、いくらなんでも若すぎるように思われます。

 米谷哲夫さんは大きくよくとおる声で、全道展の会場でも目立っていました。
 古参会員らしく、道展に対しても、対抗心を燃やしていました。
 もう30年近く前だと思いますが、全道展の会場で
「彫刻を見るときのコツは、正面からだけではなく、横や後ろにも回って見てみるんだ」
と教えていただいたことを、なつかしく思い出します。

 ご冥福をお祈りいたします。


過去の関連記事へのリンク
第49回アルディ会展(2022)
道新油絵教室 第46回アルディ会展 (2018)
アルディ会展 (2017)
第43回アルディ展 (2015)
第36回アルディ会展 (2008)
2007年
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04年
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01年(以上いずれも画像なし)


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