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高階秀爾「誰も知らない『名画の見方』」(小学館101ビジュアル新書)は、なぜ名著なのか

2010年12月20日 23時37分49秒 | つれづれ読書録
 高階秀爾たかしなしゅうじさんは1932年生まれ。現在は大原美術館長を務めるかたわら、朝日新聞などに連載を持っている美術史家である。
 保育社カラーブックスから「現代絵画」を上梓じょうししたときはまだ20代の若さであったから、もう半世紀にわたって著述に携わっていることになる。
 「絵画を見る眼」(岩波新書)「フィレンツェ」(中公新書)といった専門の西洋美術史はもちろん「日本美術を見る眼」(岩波現代文庫)や、現代日本美術についての著作もある。専門分野の細分化の進む現代にあってきわめて珍しいオールラウンドプレイヤーとして活躍している。当ブログの愛読者で、この人の名前を見たことがないという方はほとんどおられないのではあるまいか。
 その高階さんが新著を出された。書き下ろしではなく、小学館が昨年から今年にかけて出した分冊百科「週刊 西洋絵画の巨匠」に連載した小論から、いくつかの画家論を抜粋したものである。ファン・エイク、レオナルド・ダ・ヴィンチからセザンヌ、ピカソまで24人ぶんが、1冊にまとめられた。
 新書版としてはやや値が張るが、図版が豊富でしかもオールカラーであることを考えれば、安いくらいである。

 ところで、ゴーガンやゴッホなどについてひとり6、7ページで書いている-と聞けば、すこしばかり美術にくわしい人なら
「まあ、それくらいの概説なら、あらためて読まなくてもいいかな」
と感じるかもしれない。
 いまさら「ゴッホはゴーガンとの共同生活に破れ、耳を切って…」などという文章は読みたくないだろう。
 しかし、この本は、そういう一般論はあえてわきにおき
「こういう見方もあるんですよ」
と教えてくれる一冊なのだ。
 それが、とくに奇をてらったものでもなく、読んでいてすっと頭に入ってくるあたりは、さすがベテランだなあとうならされる。

 たとえば、

ハイライトとして白い点をひとつ、瞳に描き加えることだけで、生命感にあふれた人間の顔を描くことができるという事を、フェルメールは発見したのだ。(14ページ)

 ベラスケスは、一般に透徹した写実主義の画家として知られている。たしかに遠目に見る限り、彼の作品は描かれた人も物も、まるで実物がそこに存在するかのように写実的に見える。ところが、近寄ってみると、つぶらに見えた瞳は、素速い筆致で簡略に描かれているだけであり、一本一本が繊細に描かれているように見えた髪の毛や光沢あふれるドレスやリボンも、大雑把な筆触の固まりとして描かれているにすぎない。(27ページ)


などと指摘した上で

 写実描写に優れた画家たちは、かならず自分なりに「もっともらしく」見える工夫をしているものである。(…)写実的な作品であるならば、その画面にはどこかに画家の工夫が隠されていると思って間違いないだろう。

と述べている。
 「ふ~ん、本物そっくりねえ」
と終わるだけではもったいない、もっと深く見ることができるよ、と教えてくれているのだ。

 ほかにも、アングル=新古典主義、ミレイ=ラファエル前派、という便宜上のレッテルにしばられると、作品の魅力が見えなくなってしまうなど、鋭い指摘が随所にある。カラヴァッジョ得意のポーズがミケランジェロからヒントを得たなど、おもしろい指摘もいっぱいだ。
 西洋絵画の好きな人なら、読んで損のない1冊だと思う。


定価1155円
2010年10月6日発行
190ページ


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