まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

雨上がりまだまだ蕾の菊花展

2020年10月17日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で雨が降っていた。気温は14.5度から16.1度、湿度は92%から78%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の18日のさぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇るけれど、昼過ぎからは高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 97/49/79 36.0c-97% 62.8Kg 20.0c-59%-1020hPa 体調に変化はない。昨夜のトイレ回数は5回、尿は多くない。

 

 体重も64.2Kgあたりから夕方には61.4Kgあたりまで下がるので、そんなに心配はしていないし、大急ぎで泌尿器科に行くような事態でもないと思っている。

 

 さて、今日は終日の雨。昨日は9800歩ほど歩いたので、今日も・・・と身構えていたけれど、この雨ではどうしようもない。雨具を着てまでの散歩もどうかなぁと思うし。

 

 さて、「白衣史」ということになると、どうしても「医療用白衣」にも触れなければならないし、僧侶や神官の白衣にも触れないといけなくなった。主に白衣は医療従事者や衛生、調理従事者、実験従事者等が着用する。学校の給食配膳などの場面では児童・生徒も着用する。白衣の着用には、衛生、災害予防、制服としての機能があって、主に汚れや洗濯に丈夫なポリエステル製の白衣が多いが、薬品や火傷や火に耐えるよう綿で作られているものもあるらしい。

 

 そこで、気分を一新して、「看護師さんの白衣はなぜ白いのか」ということでリフレッシュしてみた。9世紀の西洋の医師は、もっぱら黒いコートを着用していたという。黒は礼服の色であり、神聖なる医療の現場にもふさわしい色である、と考えられていたためであった。衛生管理よりも儀礼的な慣習が優先された結果とも考えられる。

 

 フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)は1854年に勃発したクリミア戦争に看護婦として従軍し、2年後に帰国すると統計学的根拠を基に医療現場に衛生改革をもたらした。そして初めての宗教系ではない看護学校、ナイチンゲール看護学校を設立した。ナイチンゲールの時代の看護婦はワンピースに白いエプロン、そしてナースキャップという服装であった。のちに女性看護士が白いワンピースを着るようになったのは白いエプロン+ワンピースという組み合わせの影響もあるかもしれないという。

 

 明治時代の1886年に日本赤十字社が博愛社病院を設立。看護婦の育成が始まると同時に、看護服が誕生した。大正時代になると、純白の看護服が看護婦の制服に。白衣がナースの象徴になっている。

 

 こうした日本赤十字社の制服が一般化するようになる。

 

 これは戦地での看護服である。

 

 さらに時代が進むと下はモンペ姿という看護服にもなっている。

 

 昭和の戦後になると看護服もより清潔になり、保健衛生法・環境衛生法により「清潔なナース服」の着用が義務化。綿100%のワンピース型白衣がナース服として定着した。

 

 その後、こうした「白衣」という名称の示す通り、その多くは白色であるが、必ずしも厳密に色が白に限定されるわけではない。手術時や研究者やエンジニアが着る物には青や緑の白衣も存在し、色が付いていても「白衣」と呼ぶようになった。

 

 ところが、昨今の医療現場では白以外の色の白衣を着た医療従事者を多く見かける。衛生を象徴する白が一部姿を消したのは、決して衛生管理が軽視された結果ではない。現在、医師や看護士が手術着に白い白衣を選ぶことはまずない。これは「補色残像」への配慮が理由。補色とは、色相環で反対の位置にある色のことで、緑色の補色は赤紫色で、青なら黄色、赤なら青緑色が相当する。

 

 上のブドウをじーっと見つめた後で、右の白い画面に目を移すと、どんな色のブドウが見えてくるだろうか。答えは、黄緑の心理補色である紫のぶどうが見える。つまり、マスカットが巨峰に見えるというわけである。紫に色づけしてある葉の部分は、逆に黄緑に見えるはず。

 

 手術の際は血液のあざやかな赤色を長く見続けるため、視線を動かすと赤の補色である緑色の残像が現わる。手術中も手術後も、医師の目から血液の赤色の補色残像が消えず、業務に支障をきたすことが問題になった。そこで赤の補色である青や緑色をあらかじめ周囲に配したところ、補色残像の緩和が確認できたため、手術室の壁やカーテン、そして手術着にも緑色や青色が積極的に採用されるようになり、こうして、ほとんどの手術室から白い白衣が姿を消すことになった。

 

 現在、医療現場では(手術室以外でも)真っ白ではない白衣が増えている。衛生管理の必要性から白い白衣が医療現場に定着したのだが、現代は白にこだわらずとも衛生管理は可能になった。だから、医療関係では、赤でも青でも緑でもグレーでも黒でも、依然として「白衣」と呼んでいる。「はくい」である。

 

 今日の掲示板はこれ。「亀は亀のままでいい 兎にならなくていいのだよ」というもの。相田みつをさんの詩に、「トマトがトマトであるかぎりそれはほんもの トマトをメロンに見せようとするからにせものとなる」とある様に、亀は本物の亀であるのに、亀がウサギになろうとしても偽物のウサギにしかなれない。亀は亀のままで本物、ウサギはウサギのままで本物。あなたはあなたのままで本物。私は私のままで本物。私が私のままでいられる世界に出遇うことが大切なこと。そのままでいいという世界に安心させられる。亀は亀のままでいるしかないし、うさぎはウサギでいるしかない。私は私でしかないし、私はキムタクにはなれないのだが、キムタクもまた私にはなれない。だから、「私は私のまま」でいいのだし、「あなたはあなたのままでいい」のだし。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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