あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

親子でスキー

2009-07-12 | 
深雪を連れてブロークンリバーへ行った。
BRは今シーズン初だ。
「深雪、今年からあのグッズリフト(荷物用リフト)に乗れるからな」
「うん、だけどあのブナの所を歩くのが好きなのになあ」
「じゃあ、歩くか?」
「ううん、やっぱり乗る。ねえねえあれに乗ったらどれぐらいで上に行けるの?」
「そうだなあ、4分ぐらいだな。速いだろ」
「うん、楽しみね」
そんな会話をしながら車を走らせた。
駐車場につき、身支度を整える。
「ねえねえ、みんな歩いているよ」
「どうしたんだろ、故障かな?とりあえず行ってみよう」
グッズリフトにスキーを積み込む。
ドアのロックの故障で人は運べないことが判明。
「仕方ないな。歩いていこう。」
2人で山道を歩く。
ブナの木に雪が積もり幻想的な景色だ。



だがこの登りは楽ではない。大人の足でも30分近くかかる。
普段は歩くのがわかっているのでスノーブーツで歩くが、今日はグッズリフトに乗れるつもりで来たのでスキーブーツのままだ。
去年までは歩くのが当たり前だった。
それがこのリフトに乗れるだろうという期待を持ったばかりに、歩くのが何か特別な苦労を強いられているような気分になる。
当たり前の事が考え方一つで当たり前でなくなってしまう。
人間の心とはあさましいものだ。
それでも深雪は文句を言わない。
文句を言っても始まらないことを7歳にして分かっている。
それよりも深雪の関心はブナに降り積もった雪だったり、地面の霜柱だったり。
歩きながらもこの状況を楽しんでいる。立派なものだ。



そんな登りをなんとか終え、ロープトー乗り場に着いた。
ロープトーに乗る準備をしていると、ひげ面のスキーパトロールが下りてきた。ヘイリーだ。
「キオラ、ブラザー。ホンギをしようぜ」
ぼくらはホンギと呼ばれる鼻と鼻をくっつけるマオリの挨拶をして、固い握手を交わした。
この男を僕は数年前に日本に連れて行っている。その話が今考えると夢のようだ。
山では非常に頼りになる男だが、街へ下りるとただの飲んだくれの酔っぱらいだ。
冬にしか会わない関係だが、僕らは心の深いところで繋がっている。
「キオラ ミユキ。ホンギをするか?」
ヘイリーが尋ねるが恥ずかしがってダメだ。
「深雪は最近学校でカパハカを始めてな、ポイダンスなんかも習ってるんだよ」
「ああ、うちのトメカと一緒だな」
トメカはヘイリーの娘で今は15歳ぐらいだろうか。ついこの前まで子供だと思っていたが最近はどんどん女らしくなって、このオヤジから、と思うぐらいきれいになっている。
そのトメカも今はスクールホリデーで、山に来ているようだ。



僕は腰にロープを巻きその先を深雪のハーネスに繋げる。
この作業も半年ぶりだ。
「Tバーの方が楽ね」深雪が言った。
「そりゃそうだ。Tバーならこんなハーネスだのグローブプロテクターだのは要らないからな。どうだ準備はできたか、行くぞ」
僕はロープを掴み、スキーを走らす。
ロープと同じスピードになったらナッツクラッカーをかけ、それに体重を預ける。
腰にまいたロープで深雪の体重を感じる。
数年前はバックパックに背負って運んでいたが、一昨年からロープで牽引するようになった。
こうやって牽引するのも来年ぐらいまでだ。そこからは自分で乗れるようになるだろう。
もう子供用のロープトーでは自分でナッツクラッカーを使う練習をしている。
親はどんどん楽になっていくが、同時に子供がどんどん離れていく。
うれしいような、さびしいような。複雑な心境だ。





パーマーロッジでは元パトロールのワザーが出迎えてくれた。
深雪が2歳、初めてスキーを履かせたときに凹みに落ちそうになりワザーとあわてて押さえて止めたのも、このパーマーロッジの前だ。
そんなワザーも今や一児の父。シドニーに住んでいるが、一年に一回ぐらい滑りに来る。
この男ともヘイリーの家で一緒にキャンプをやったり、フォックスピークで一緒にハイクアップをして滑ったり、ここブロークンリバーでロープトーのロープ張り替え作業をやったり、いろいろあった。
「ようヘッジ、元気か?ビールは要るか?」
まずはこれだ。
「おお、断る理由などどこにもないな。ありがとう」
乾杯を交わし、近況報告。
そうしているうちにも見知った顔が集まってくる。
この場所は時が変わっても常に暖かく受け入れてくれる。
ここは自分のホームだ。





今日もまた、無風快晴新雪。こんな日に滑らない手はない。
「深雪、準備しろ。滑りに行くぞ」
僕はえらそうに言った。オヤジは常にえらそうなのだ。
ロープトーで深雪を牽引しつつ話しかける。
「なあ、深雪。おれはやっぱりこの山が好きだ。ここが一番しっくりくる場所なんだ。オレのホームはここだと思うな。」
「ホーム、スイートホームね」
「そうだ。オマエのホームはどこだろな」
「んー、わかんない」
「まあ、そのうちに分かる時が来るさ」
ロープトーを乗り継ぎ上に出た。
「さてどこを滑ろうか、オマエはどこを滑りたい?」
「ハッピーバレー」
「よしハッピーバレーに行こう」
ハッピーバレーは中級コース。斜度も比較的ゆるい。
ちなみにここでは中級コースだが、日本のレベルで言えば上級コースだ。
深雪がすべりながら言った。
「ハッピーバレーは、滑る人がみーんなハッピーになるからハッピーバレーなんだよね」
「そう、その通り。その証拠にオマエは今ハッピーだろ?」
「うん!みーちゃんハッピー」
「お父さんもオマエとこうやって滑れてハッピーだ。お父さんはオマエと一緒にスキーをすることが一番うれしいんだよ。ありがとな、深雪」
「何が?」
「お父さんと一緒に滑ってくれて」
「どういたしまして」
深雪が半分照れながら言った。





午後になり日は傾き、そろそろ帰る時間だ。
帰りは駐車場までのロングラン。
距離は2KMぐらいだが標高差は500M以上あるだろう。
これが全てパウダーランだ。
できるだけ斜度の緩やかな所を選んで滑る。
時に写真を撮りながら、時に止まって後ろを振り返り、2人で滑る。
このコースはあまり踏み荒らされていないので滑りやすい。
人が践んでいない新雪を滑るのは、気持ちがいいのだ。
その気持ちよさは子供も感じる。
深雪がトラバースをしながら言った。
「みーちゃんの名前はディープ・スノーだからスキーをするんだ」
よく言った、深雪。
僕は深雪の後ろを滑りながら娘の言葉をかみしめた。
山が暖かく僕達を見守ってくれた。
コメント (5)
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