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記憶型エラーのタイプとその防止対策(保存用)

2014-03-03 | ヒューマンエラー
 記憶型エラーのタイプとその防止対策

はじめに
 「To err is human」というように、人間のあらゆる機能にエラーはつきものである。そのエラーが生存にとって不要なものなら、5万年とも言われる人類の進化の歴史の中で、エラーをもたらす機能は陶太されているはずであるが、脈々と生き残り続けてきたのは、エラーが生存戦略として不可欠だからとしか言いようがない。
 エラーに内在する生存戦略とは、ポジティブ面とネガティブ面がある。ポジティブ面は、創造的生存戦略である。現状を打開し新たな世界を切り開くためには、エラーしながらのトライアルが必須である。
 ネガティブな面は、人間の持つ限られた資源の有効活用を保証するために、当面、不要な資源を節約する戦略である。これがもっぱら事故に関わってくる。
 本稿では、こうした立場から、人間の頭の働きの中核をなす記憶のエラーについて考えてみる。   
人間の記憶は、覚えること(符号化、記銘)、覚えておくこと(保存、貯蔵)、そして、思い出すこと(検索、想起)の3つの局面がある。それぞれの局面でエラーが発生する。
 本稿では、短期記憶と長期記憶のそれぞれについて、この3局面でのエラーを取りあげて、その防止策を提案する。

1.3.1 記憶型エラーを考える枠組み
 記憶のモデルとしても最もよく知られているのが、2貯蔵庫モデルである。図1に示すように、意識的に情報を処理する短期記憶貯蔵庫と、短期記憶で処理された情報を長期間にわたり貯蔵し、必要に応じで検索のための情報(知識)を提供する長期記憶貯蔵庫とである。
なお、もう一つ、それぞれの感覚器に対応するごく短時間(500ミリ秒)の処理を司る感覚情報貯蔵庫を含めた3貯蔵庫モデルが一般的であるが、記憶エラーお範疇には入らないので、ここでは除く。また、短期記憶から、情報処理をアクティブに行う作業記憶領域を分離したモデルもあるが、ここでは、それも含めて短期記憶を考える。


図1 2貯蔵庫モデル  別添

 2つの貯蔵庫で、記銘、貯蔵、検索の3局面にどんなエラーが発生するのか、それは、貯蔵庫のどんな特性が関与しているのか、それを事故やトラブルにつなげないための方策はどんなものが考えられるかを検討してみる。

1.3.2 短期記憶における記銘エラーとその防止策
 短期記憶は、情報の貯蔵庫としては高々20秒程度の貯蔵しかできないが、メンタル・リハーサルをすることで、この時間制約を越えることができる。ただ、一度にリハーサルできる容量に、情報のまとまり(チャンク)にして7個程度までという制約があるので、情報処理には厳しい限界がある。それがエラーをもたらす。
1)音の類似によるエラー
 短期記憶は、音韻主導の処理をする。したがって、音の類似したものどうしのエラーが発生しやすい。しかも、日本語は同音語が多いので、ことは深刻である。混同エラーが起きないようにするためには、明確でしかも冗長な表現をすることにある。
例 「あがるーさがる」を比較されたい。ラジオによる株価ニュースや、航空機管制での高度の上げ下げの指示が、冒頭のたった一音での弁別になっている。ここは、「ダウンーアップ」を使うべきであろう。
2)チャンキング・エラー
 チャンキングとは、符号化するときに、視覚的、音韻的、意味的なまとまりを作
ることである。例1は、意味的なチャンクがわかりにくくなっているものであるが、
これも、例2のように分かち書きをすれば、視覚的チャンクをつくりやすくなり例
1よりはましになる。さらに例3のように漢字かな交じり文にすれば、意味的チャ
ンクがはっきりと見えるので、処理効率を高められるだけでなく、エラーも減らせ
る。
例1 うらにわにはにわにわとりがいる
例2 うらにわには にわ にわとりがいる
例3 裏庭には、二羽、鶏がいる
例4 メリハリ表現によってチャンクのみえる化と大事なものを強調する。


図2 メリハリ表現をすると、こうなる

1.3.3 短期記憶における貯蔵エラー
1)容量オーバーによるエラー
短期記憶に一度の貯蔵できる情報の量は、チャンク(情報の主観的なまとまり)にして7個(魔法の数)程度である。それを超えると情報の脱落エラーや混同エラーが起こる。
チャンクが見えるようにすることで、リハーサルの付加を下げる工夫が必要となる。
例 「山田由美子 高橋富士夫 山形雄二 高野香織 山田亘がメンバーです」
  より、まとめて(チャンクの「意味」を見せて)
「女子は、山田由美子、高橋香織
   男子は、高橋富士夫 山形雄二 山田亘 です」のほうがエラーが少ない
2)干渉エラー
 短期記憶では、リハーサルをしながら逐次的に情報を保存していく。それが容量を超えると、とりわけ中間にある情報の前後がお互いに干渉しあって、情報の脱落や混同が起こる。提示情報の中間部については、あえてゆっくり提示するか、2度提示するなどの配慮が必要となる。
例 初対面での自己紹介が連続して続くと、真ん中あたりの人の情報が覚えられない。

1.3.4 短期記憶における検索エラーとその防止策
1)先に処理された情報が検索されないエラー
 一時的の複数の情報を覚えたとき、短期記憶の容量限界と時間限界があるため、後から入力されたものが先に検索されて出力される、「後入れー先出しの原則」がある。これによって、最初のほうで入力された情報が検索できない(忘れられる)エラーが発生する。反復伝達でリハーサルを支援してやる必要がある。
例 9つの作業指示項目を伝えると、最初のほうの項目が忘れられがち。

1,3.5 長期記憶における記銘エラーとその防止策
1)孤立エラー
 長期記憶への記銘は、短期記憶での処理結果を長期記憶へ転送することである。転送先は、短期記憶での処理(リハーサル)に使われた知識のあるところになる。その知識が豊富ならさまざまな既有知識と連合して記憶されるので、記憶によく定着する。
 ところが、既有知識がほとんどない転送情報は、それだけ孤立して貯蔵されるので、糸の切れた凧のようなもので、忘れられやすい。
 新しいことを記憶するときは、できるだけ既有知識と結びつきやすい方策、たとえば、それが属するカテゴリーや、たとえ・具体例と一緒に覚えさせるようにすることである。
例 「パラピレポ」とは、薬名の一つで、「パラノミレ」と薬効が似ている。

 

図2 長期記憶における知識ネットワークの例

2)不適切なリンクがはられてしまうエラー(カテゴリカルエラー)
 長期記憶に転送された情報は、関連する既有知識の、知識ネットワーク(カテゴリー)に取り込まれる。その際に、不適切なネットワークにリンクが張られてしまうことがある。
 不確かな情報は、さらに外から関連情報を集める習慣が必要となる。
例 「やまめ」とあるので、山と芽が連合されて、山で育つ木のカテゴリーに入ると思ってしまう。

1.3.6 長期記憶のおける貯蔵エラーとその防止策
1)編集エラー
 長期記憶は膨大な情報の貯蔵庫であるが、情報を出し入れしているうちにどんどん貯蔵されている内容が変容する。しかし、その変容はでたらめなものではなく、内容的に一貫性のあるものになるのが一般的である。その段階で起こるのが編集エラーである。とりわけ、いつどこでなにをしたといったエピソード情報では、こうした編集エラーが発生しやすい。
 事故、エラーに関する情報は発生時点で複数の情報源から個別に聴取するなどの工夫が必要となる。
 例 事故原因の調査で情報が公開されると、後の証言がそれに影響を受けてしまう。

1.3.7 長期記憶のおける検索エラーとその防止策
1)思い出せないエラー
 長期記憶からの検索だけでなく、短期記憶からの検索でも、そこで、検索した結果が目的にあったものかどうかの判断が必要となる。判断基準が厳しく設定されると、エラーは減るが、思い出したいとき、思い出さなければならないときに、思い出せないということが起こる。これには、3つのケースがある。
① 活性化不足によるエラー
 長期記憶に貯蔵されている情報(知識)は、絶えず、短期記憶での処理のために参照される。それによって、その情報は活性度が高まる。活性度の高い情報は簡単に検索できる。しかし、貯蔵されている膨大な情報の大部分は、長い間、参照されることもなく、記憶の底のほうにしまいこまれている。そのような情報を必要に応じてタイミングよく思い出すことは、ほとんど絶望的である。
 適度の頻度での安全研修や、マニュアルなどを折に触れて読む機会を用意する必要がある。あるいは、時間制約のない、回想や連想によって、そうした情報を時折、活性化させることも必要である。
②ストレスによる検索妨害エラー
 検索はストレスに弱い。とりわけ、「今すぐに思い出さねば」という時間ストレスに弱い。喉まで出かかった現象には、誰しもが悩まされる。
 さらに、感情的にダメージを受けたことは、思い出したくないので、無意識のうちに抑制されて思い出せないこともある。もっともこれには、不本意にそうした記憶がポップアップして(検索されて)しまい悩まされることもある。PTSD(心的外傷後ストレス障害)である。カウンセラーの支援が必要とされる。
例 過去のいじめ友達の名前が思い出せない。

2)思い出すタイミングミス
  記憶には、過去を思い出すことに加えて、将来するべきことを覚えておいて、それをタイミングよく思い出すということもある。展望記憶とか未来記憶と呼ばれている。
 これには、日常のさまざまなことが干渉してくるために、手帳やメモなどの外的な補助なしではほとんど不可能である。思い出すための手がかりの「みえる化」が必須である。

まとめーー手続き的記憶のエラー
 記憶には、記憶する内容によって、3種類ある。事典的な情報の記憶(意味記憶)といつどこでなにをという情報の記憶(エピソード記憶)、そして、さまざまな技法を支える記憶(手続き的記憶)である。
 ここまでは、もっぱら、意味記憶とエピソード記憶にまつわるエラーの話をしてきた。最後に、手続き的記憶にまつわる記銘、貯蔵、検索の局面におけるエラーについて簡単に触れておく。
 なお、手続き的記憶とは、多彩な技能、たとえば、歩くこと、運転することなどを支える記憶のことである。
手続き的記憶の記銘には、長い年月をかけた実践が必要とされる。獲得の過程では、試行錯誤は避けられない。というより、試行錯誤が、知識獲得のためには必須である。OJT(on the job training)がその具体例である。
手続き的記憶の貯蔵は、時には、からだの記憶とも言われるように、もっぱら手足にその貯蔵場所があるかのようである。一つの動きが次の動きを引き出すかのように連続性を持っている。その連続性が外的に阻害されると、一連の動きが乱れて、エラーとなることがある。スポーツなどにおけるエラーにこうしたエラーをみることができる。
手続き的知識の検索は、状況依存性である。いつもと同じ状況の中におかれることで必要な技能が自動的に動き出す。ほとんど意識的な努力は不要である。ここに、ちょっと違った状況にもかかわらず、その違いを無視したり、気がつかなかったりして、いつもと同じ技能を発揮してしまうエラーが発生することがある。

参考文献
海保博之・田辺文也 1996 「ワードマップ ヒューマンエラー」 新曜社
海保博之 2005 「ミスに強くなる」中災防新書
海保博之 2005 「ミスをきっぱりなくす本」 成美文庫













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