保津川下りの船頭さん

うわさの船頭「はっちん」が保津川下りの最新情報や、京都・亀岡の観光案内など、とっておきの情報をお届けします。

鉄道な一日、幼き日の自分を探して・・・

2010-09-06 22:59:04 | 京都大学
山と川しかない保津川渓谷の自然の中で日々仕事をしている私はっちんですが、
先日はクールビズな恰好に身を包み、大都会・大阪へ久々に行って参りました。

目的地は大阪の中心・梅田にあるJR西日本本社。
今回の訪問は私が今、京都大学で進めている研究調査の資料収集が目的。

梅田の大阪駅から歩いて10分ほどのところにあるJR西日本本社。
13階建ての立派な建物は、近畿地方の鉄道交通網の司令部に相応しい
風格を感じさせるに十分なビルディングです。

今回の来訪でお邪魔したのはここの「鉄道図書資料室」

5階にある総務部で担当の方と面会後、案内していただきました。

国鉄の歴史を中心に、日本鉄道史関連の資料が本棚に並ぶ資料室は日本の近代化の歩みと
そこに生きた人々の精神が活字となり、詰まっているそんな感覚に囚われます。

裏の棚には社内業務の報告書や広報誌類まで様々な書類も保管されていました。

興味ある資料を閲覧していると、子どもの頃に読んでいた鉄道図鑑のことなどを
思い出します。
ワクワクしながら捲ったページ。新幹線0系が日本の高度成長の象徴であり、
私達、子ども達の憧れ、夢の超特急だった頃の思い出です。

しばらく閲覧させていただきましたが、訪問の目的となる資料には出会えず、
結局、弁天町にある「交通科学博物館」の図書資料室を紹介していただき、
そちらへ向かうことに。

JR環状線に乗り、弁天町へ。
子どもの頃に、両親に連れて来て貰った記憶がある懐かしい場所「交通科学博物館」

なんといってもここの凄いのはSLや新幹線が実物のまま展示されていること。
幼い頃、胸を躍らせて見学した新幹線0系もあの頃と変わらない姿で展示されていました!

運転室に入り、操縦管を握れるとあって長い列に並んだものでした・・・

幼い子ども達が、あの頃の私のように楽しそうな声をあげ元気に遊んでいました。


そして、展示会場の横にあった巨大ジオラマ。今も健在でした!

飽きもせず、ずうっと眺めていた幼い私の姿が映像となって瞼に映し出されました。

気が付けば、研究資料の収集という本来の目的を忘れて、童心に戻り
室内の様々な展示を見学して歩き回っていたのでした。

資料調べより、博物館見学の方に夢中な感じの来訪でしたが、子供の頃感じた、
日本の鉄道交通の歴史と発展、そして当時の最先端技術の進歩に、未来という
言葉と夢を純粋に描けたあの頃の感動が甦る時間を過ごさせていただいたのでした。

今の子ども達は、あの頃の私たちの様に「未来への夢や希望」を描けることができる世の中だろうか?

「日本のよき時代」が今もあの博物館には漂っている、そんな感じを覚えた「鉄道な一日」でした。

あっ、肝心の資料収集は・・・まあ、今日のところは‘よし’としましょう~

京都大学生存基盤科学研究ユニットの定例研究会。

2010-06-25 21:50:20 | 京都大学
25日(金、亀岡市文化資料館で京都大学・生存基盤科学研究ユニット
(東南アジア研究所)実践型地域研究推進室の定例研究会が開催され、
私も京都大学の研究員として出席して参りました。

同大学の研究ユニットについては、以前のこのブログでも紹介したことが
あるので覚えてられる方もあると思いますが、今年1月にバングラディシュに
招聘して頂いた縁から私も研究員として在籍する同大学内ユニットです。

同室では地域研究のフィールドとして滋賀県守山と朽木、そして亀岡に
拠点を設け、研究者をはじめ地域に関わる様々な立場の人々が協力しながら
農山村と地方都市の望ましい連携と将来像を構築する活動を展開しています。

今月は亀岡フィールドステーションの担当月に当たっていましたが、
当初予定してた研究報告がゲストの方の都合でキャンセルになり、
急遽、ピンチヒッターに会場となっていた亀岡市文化資料館の
黒川孝宏館長が買って出てくださることに。

「地域と‘つなぐ’資料館」と題して、これまでの資料館の取り組みと
各種市民団体との連携で活動してきた事業の報告をされました。

現在、亀岡では私の所属するNPOプロジェクト保津川をはじめアユモドキの
保全運動を展開されているNPO亀岡人と自然のネットワークなど様々な分野の
市民団体が活発な活動を展開していますが、その核となってきた施設が
実はこの市文化資料館であり、中心的人物が今回発表者である黒川館長で
あるといっても過言ではないでしょう。

私たちが船頭という仕事から離れて「保津川」にかかわって行けたのも
黒川館長が多大なる協力をして下さってからこそなのです。

その館長が京都大学の研究会で発表されるということなら、
何を差し置いても聴講しに行かねばなりません。

「資料館とは?地元の過去から現在、そして未来をつないでいく役割があり、
人づくりの場であり、町づくりの場、未来づくりの場となる必要がある」と語る
館長の言葉には、地域に根ざし、歴史を掘り起こし、また行政と市民をつないで
新たな‘動き’を作り上げてきた事実からくる説得力を持っていました。

こんな特異(?)な資料館を持つ亀岡だからこそ、京都府はもちろん大学の研究者
から注目される土壌が育ってきたんだな、と感じた次第です。

発表終了後は、亀岡駅前の居酒屋「ますや」さんで二次会です。
黒川館長を囲んで、ざっくばらんな話に花が咲き、時間が経つのを
忘れてしまいそうなくらい賑やかな宴会でした。

これも館長のお人柄でしょう。

私も今年は館長にいろいろとご教授願いお世話になることが
多くなると思うので、しっかり‘つながって’いきたいと
思っているところなのです。

亀岡市文化資料館では、現在「アジアの中の亀岡」をテーマに
連続文化財講座を開催しています。
私をバングラ視察に推薦して下さった安藤和雄京都大学東南アジア研究所准教授を
はじめ京都大学東南アジア研究所、京都学園大学、文化資料館が連携して、
第一線に研究者による亀岡の位置づけとアジアでの価値について講演されます。
以外に亀岡の人が気づかない「このまちの価値」が明らかになるかも!

☆連続文化財講座「アジアの中の亀岡 2」

★第1講座 
日時  平成22年6月12日(土曜日)午後2時~4時
演題  「アジアの農村と亀岡」
講師  安藤和雄さん(農学博士 京都大学東南アジア研究所准教授)
  <終了しました。>

★第2講座 
日時  平成22年6月26日(土曜日)午後2時~4時
演題  「雲南の棚田、京都の棚田(仮)」
講師  中村均司さん(京都大学東南アジア研究所特任教授)

★第3講座 
日時  平成22年7月3日(土曜日)午後2時~4時
演題  「東南アジアの水田の生き物、亀岡の水田の生き物(仮)」
講師  大西信弘さん(京都学園大学バイオ環境学部准教授)

★第4講座 
日時  平成22年7月10日(土曜日)午後2時~2時30分
演題  「亀岡の地域づくりと農村(仮)」
講師  黒川孝宏(亀岡市文化資料館長)

パネルディスカッション 午後2時40分~4時
テーマ  「アジアの中の亀岡 2」
パネリスト 安藤和雄さん 中村均司さん 大西信弘さん
司  会  黒川孝宏(亀岡市文化資料館長)

※全講座とも 会場 亀岡市文化資料館 3階研修室
 定員 60人(要申し込み)  受講料 無料
 申し込み 電話かファクスにて受け付け

京都大学東南アジア研究所の報告会に出席してきました。

2010-03-07 23:18:31 | 京都大学
6日(土曜日)、滋賀県守山市にある生涯学習会館エルセンターで開催された
京都大学東南アジア研究所・生存基盤科学研究ユニットの中間成果報告会
「ざいちのち」に出席してきました。

京都大学・東南アジア研究所生存基盤科学研究ユニットとは、
「在地と都市がつくる循環型社会再生のための実践型地域研究」(代表:安藤和雄准教授)を推進する為、
平成21年度からスタートしたもので、滋賀県守山、朽木、京都府亀岡の3地域にフィールドステーション(FS)を設置し、
研究者、地域住民、地方自治体、地元NPO等、地域に関わる様々な立場の人々が協働しながら、
日本の農山村や地方都市の望ましい将来像を共に描いていくことを目指し、活動を展開しています。

今回の報告会は、この2年間の活動成果を各地研究員から報告を受け、現状の把握や
問題点等を探り、同プロジェクトの意義と今後の展望などについて出席者で協議する
目的で開かれました。

午後1時30分から開会した同報告会では、亀岡フィールドスーテション研究員として
同研究所に在籍している河原林洋氏と原田早苗氏の2名が、NPOプロジェクト保津川で
推進している「保津川筏プロジェクト」に関連する各種研究成果について発表を行いました。

まず、原田早苗研究員から「近世の筏にみる『したたかさ』」という題で発表。
京都の木材需要が急激に伸びた江戸時代末期、それまで強い立場であった山主や筏問屋に対して、
保津川という急流を流せる‘技術’を盾に、当時の筏士たちが、自分達の利益の為に
どの様な形で「したたか」に振舞ったかを、歴史文献を元に検証された。
筏という一産業をめぐり、繰り広げられた業種間のパワーバランスのかけ引き。
そして‘技術’という強みを最大限に利用し、時には対立し、時には協力しながら
生き延びた‘筏士像’の浮き彫りは、いつの時代にも起こりうる同様の事態に
いかに対応するかのヒントを与えてくれる発表で、面白かったです。

引き続き、河原林洋研究員が「保津川の筏流しを通しての地域の知恵とそのつながり」と題して発表。
平成20年から始まった「保津川の筏流し研究」の概略からこれまでの経過報告の後、
この筏復活事業が、流域地域にもたらした影響と現象がについて発表し、研究の意義と
今後の将来的な展望が述べられました。

姿を消した「ひとつの伝統産業」を甦らせることで木材や鍛冶工品など関連していた
全ての産業が呼び覚まさ、また「川の筏」という‘動く産業’が‘まち’や‘人’等を
結ぶ、横断的な地域間交流の創出を生み出したダイナミズムに、歴史ある地域の
埋もれた底力を再認識させられる内容でした。

‘保津川’という川と筏という「失われた伝統産業」を中心にして
多くの人やまちの関心が集まり、新しい形の地域間協力にによる
農山村や地方都市の再生モデルが生み出される予感を感じた報告会でした。

原田早苗さん、河原林洋さん、お疲れ様でした。

保津川の船頭・はっちん、「川の国」バングラデシュを往く。

2010-02-01 23:38:36 | 京都大学
はっちんブログをご覧の皆様、大変ご無沙汰を致しておりました。

実は私、1月16日から南アジアにある「バングラデシュ」へ行っておりました。

「地球の歩き方」などのガイドブックすらない国「バングラデシュ」。

日本人を含め観光に訪れる人も少ないこの国を今回訪問したのは、
京都大学・東南アジア研究所・生存基盤ユニットという地域研究グループの
視察調査に同行させて頂くことになった為。
同ユニットには同じ保津川遊船の船頭で、NPOプロジェクト保津川のメンバーでもある
河原林洋さんが同所の特認研究員されており、彼の推薦により、招聘メンバーとして
バングラ渡航が実現する運びとなったものです。

日本の3分の2の国土に日本とほぼ同じ人口が暮らすバングラデシュ。
ヒマラヤ山脈やインドなど大陸から、大小規模のものを合わせると50もの川が
流れ込む別名「川の国」とよばれるこの国は、雨季(4月~9月頃)なると
国土の半分以上が河川の洪水氾濫に襲われ水没します。

この洪水がもたらす影響から「世界で最も貧しい国」として世界のメディアに
度々、紹介されることもあり「劣悪な衛生状態」「貧困から治安が悪い」
「マラリアなどの伝染病危険地帯」などと、あまりいい情報は聞こえてこず、
同じアジアの国ながら、一部の自立支援活動をしている人以外は、日本でも
関心度は非常に低いといえます。

そんな近くて‘遠い’国「バングラデシュ」。

そこにはメディアでは伝わってこない、想像をこえる風景と人々の営み、
そして人間同士の‘ふれあい’がありました。

今だ、年間、僅かしかいない日本人渡航者のひとりとして、今回の旅で私自身が
‘見て’‘聞いて’そして‘触れ合った’ありのままの「バングラデシュ」を
これからこのブログでお伝えしていきたいと思います。

どうぞ、お付き合いいただけば嬉しく思います。