保津川下りと同じ保津川の峡谷を走るトロッコ列車。
今や年間約90万人もの観光客が訪れ、京都洛西の観光を代表する超人気の観光鉄道だ。
そのトロッコ列車に出没するという謎の鬼「酒呑童子」が今、凄い人気だという。
昨年、香港で発売された「Japan」という日本を紹介する
書籍にも「富士山」と並び紹介されるなど、今や日本を代表する
スターになりつつある存在らしい。
古い言い伝えでは、亀岡と京都の境「老ノ坂峠」の首塚大明神に眠る酒呑童子。
その酒呑童子が長年の眠りから覚め、今、トロッコ列車に復活したというのか?
この保津川峡谷に出没する謎の生き物・酒呑童子。
その正体を探るため、私は彼が出没しトロッコに乗り込むという
「保津峡駅」を訪れてみた。
酒呑童子がトロッコ列車に乗り込むと噂される「保津峡駅」は保津峡のど真ん中、
眼下に保津川が深々と流れる山の深い所にひっそりとある無人駅。
下を見ると怖いくらいの高い吊橋を渡り、落差のある階段を登ると、
片側のみの小さなホームの駅がある。
ここに白昼、酒呑童子が出没するのだ。
あたりを見渡し探してみたが、人影らしきものは見当たらない。
「相手は謎の生き物。そう簡単に出て来てウロウロする訳ないか~」
仕方なく、しばらくはホーム横の小さな待合室で待つことにした。
待つこと10分、トロッコ列車が入っていた。到着を知らせるオルゴールが鳴る。
すると・・・現れた!私の後方、たぬきの置物の横に突如、それは姿を現した。
その正体は謎に包まれながらも、世界のガイドブックに紹介される
日本のスター酒呑童子!それが今、私の目の前にいる。確かに存在していた!
鼻は高く、堀の深い顔、大きく見開いた目、茶髪のロン毛。
不思議と鬼という恐ろしさは無く、逆に愛くるしくて人の良さそうな顔立ち
は日本昔話で読んだ「泣いた赤鬼」を思い出させる。
彼は姿を現すと素早くトロッコ列車の中に乗り込んだ。話し掛ける間も無く亀岡へ出発。
あまりに早い彼の動きに、ただ呆然と見送ってしまう私に向かって、
親指を立ててポーズをとる酒呑童子。笑っているのか?怒っているのか?
とにかく、謎の酒呑童子の正体を探りにここまで来たのだ。何も話さずには帰れない。
私は彼が亀岡から帰ってくるのを待つことにした。
そしてまた人影もない駅で待つこと約20分。トロッコが亀岡から帰ってきた。
な、なんと!あの酒呑童子がトロッコの最後列から身を乗り出し、
私に向かって手を振っているではないか!
列車が保津峡駅に停車すると酒呑童子が列車から降りてきた。
私との間はわずか2~3mといったところか。ホームに降りた酒呑童子は、
トロッコに乗っているお客さんに頼まれ写真で撮っているではないか!
しかも自身の記念写真リクエストにも応えたりしている。
謎の生き物・酒呑童子、意外にサービス精神旺盛な鬼なのかもしれない。
もしかしたらいい奴なのかも・・・と観察しているその時。
突然、列車のドアが閉まってしまった!慌てて乗り込もうとする酒呑童子。
でも、ドア開かない。「ドア開けて・・・OX@#・・・」何かを叫んでいる。
「乗りたいの?」と車掌さん。
「ウン!乗る・・・」と首を縦に振る酒呑童子。
「あっ!列車が動き出した・・・もう諦めたら!」と非情な笑みを浮かべる車掌さん。
動き出した列車を必死で追いかける酒呑童子。
トロッコに乗るお客さん達も「早く、早く~」と窓から酒呑童子を呼ぶが
加速を増す列車では追いつけず、列車はホームから遠ざかっていくばかり。
とうとう諦めた酒呑童子。ホーム端の鉄柵に握り締め、遠ざかるトロッコ列車が
見えなくなるまでハンカチを振っている。別れを惜しんでいるのだろう。
やはりこの酒呑童子、最初に感じたとおり、やさしく人懐こい鬼の様だ。
今度こそ話を聞こうと、近づこうとしたその時!酒呑童子はこちらを
振り向き、頷く様なしぐさをした途端、駅のホームから川へ目掛けて
飛び降りたのだ!すぐさま、飛び降りた場所まで走り、その下を
覗いて見たが彼の姿は何処にも見当たらなかった。
トロッコに出没する謎の鬼・酒呑童子。
結局、彼の正体はわからず仕舞いで、保津峡の深い山中に消えてしまった。
酒呑童子が乗り込んだトロッコのお客さんに後で話を聞く機会があった。
列車の中の彼は子供を笑わせ、若いカップルに恋愛論を語り、学生には
説教までしていたというのだ。
人間が本当に好きな鬼なのか?ますます、私の中で謎は深まるばかりなのである。