語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】斎藤美奈子の、本にできること ~支援の仕方は多様~

2011年03月30日 | 震災・原発事故
 出版・文筆業界でもチャリティーが動きはじめた。被災地の子どもたちに絵本を送る運動が各地でスタート、など。

 非常時には旧著に学ぶ点が多い・・・・と、今月の「文芸時評」は2冊挙げる。田辺聖子『欲しがりません勝つまでは』(ポプラ文庫)と平山譲『ありがとう』(講談社文庫)だ。
 前者にふれて斎藤はいう。「災害と戦争とはもちろんちがう。けれどいま、町がガレキの山と化し、大勢の人が家族や家を失い、制御不能に陥った原発と放射線という目に見えない敵におびえる私たちの気分は戦争モードに近づいていないだろうか」
 1956年生まれの斎藤美奈子と、1929年に生まれて幼年学校で敗戦を迎えた加賀乙彦とがよく似た感慨を漏らしているのは興味深い。ちなみに、加賀乙彦のエッセイ「再建という希望が残った」は、「文芸時評」と同じ紙面に掲載されている。編集者が意図してか、図らずか、それはわからないけれども、紙の媒体における編集の妙というものを考えさせられる。

 後者『ありがとう』では、阪神・淡路大震災に被災した主人公は、復興に駆けずりまわるが、自営のカメラ店の再建は諦める。唯一、駐車場の車のトランクに残っていたゴルフバッグを手に再出発を図る。この本は、60歳目前でプロテストに合格した古市忠男プロの数年間を描くノンフィクションが本書だ。古市は、ゴルフファンの間ではよく知られている。
 13歳の田辺聖子は戦時下で「少女の友」を愛読し、『更級日記』の主人公に自分を重ねた。そして、古市忠男にとってのゴルフバッグ。「人にはそういう心の支えが必要なのだと、これらの本は教えてくれる」と斎藤はいう。

 ただし、斎藤は「文学を、読書を過大評価はしていない。ただ、文学にしかできない仕事があるのは事実だし、読書でしか得られない効用があることも知っている」。
 過去に元気づけられた本、慰められた本を思い出し、その情報をツイッターやブログで流そう・・・・と斎藤は呼びかけている。
 そして、現地にボランティアで入る人は、1冊でも2冊でも本や雑誌を持参し、持ち寄った本で避難所にブックコーナーを作ろう。
 図書館が無事なら一部でも開放し、不安がる子どもや高齢者のために読み聞かせをしよう。
 被災地が少し落ち着いたら、小中学生の出番だ。ひとり1冊ずつ好きな本を持ち寄って、思いを託した手紙をはさみ、被災地や避難先の友だちに届けよう。

 「本なんか邪魔なだけ? そう思うならやめておけばいい。支援の仕方は多様でよいのだ」

【参考】斎藤美奈子「文芸時評」(2011年3月29日付け「朝日新聞」)
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【震災】加賀乙彦のみる大震災 ~再建という希望~

2011年03月30日 | 震災・原発事故
 加賀乙彦は、新進気鋭の作家だったときに地震に遭遇した。書斎に本が散乱したが、ヨロイ・カブトを買おうかと思っている、という冗談をいう余裕があった。その彼もいまは81歳。この1月に病で倒れ、心臓にペースメーカーをつけた。このたび、「5千冊の本の散乱に、ただただ打ちのめされた」。
 阪神・淡路大震災のとき、加賀は65歳だった。「ボランティアで、避難所を巡って、医師としていささかの働きをした」・・・・これは中井久夫も証言している【注】。だが、東北・関東を襲った地震と津波の爪痕や死者の多さ、避難所で暮らす人々の膨大な数には、多少の寄付をしたものの、「あとはどうしてあげてらいいか、見当もつなかい有り様である」。

 「しかし、昔にもこれに比較される悲惨な出来事があった」と加賀は続ける。
 「それは戦争中の都市爆撃の被害と残酷である。広島・長崎の原子爆弾の巨大な被害と、考えられる限りの苦しみと破壊を思い出す。あの膨大な死者の数と都市の破壊は、ひどかった。(中略)あの地獄の苦痛は、今度の大震災の被害に比較さるべきものである」
 福島原発の被害は、対策が後手にまわった点で原爆の惨禍によく似ている。だが、原発の破壊を復旧し、救命活動にはげむ献身的な人々の活躍、ボランティアとして被害者のために働く人々の熱意に感動し、感心した。「こういうところは、戦争中の軍国主義者の横暴とはまるで違って、日本の未來には明るい希望があると思った」

 住居が地震に壊され、集落が津波に流された。「それは大きな天災で人の力の及ぶところではない。しかし、絶望だけでなく、故郷を再生し大津波に対抗できる街を作るのが私たちの希望である」
 「爆撃と原子爆弾の痛苦にのたうちまわった歴史を思いだして、冷静に津波の被害や故郷の町の喪失を、再建しようではないか」
 日本には、再建という大きな希望が残されている、というのが加賀の短いエッセイの結論である。

 【注】中井久夫「災害がほんとうに襲った時」によれば、次のとおり。
 「突然、避難民をあずかる羽目になった校長先生と教員たちの精神衛生はわれわれの盲点であった。校長先生たちはある意味ではもっとも孤立無援である。(中略)作家の加賀氏に真先にしていただいたのが校長先生の訪問である。初日に5人の校長先生に会われた。避難所をもまわられた氏の万歩計は2月7日の一日で3万1000歩をこえた」
 「看護管理室に居合わせたナースたちは加賀さんに会いたいと5、6人が用を作って現れた。(中略)皆、加賀さんの花のことを知っていた((中略)『花がいちばん喜ばれる』ということを私は土居先生からの電話で知った)」

【参考】加賀乙彦「再建という希望が残った ~大震災 老人のつぶやき~」(2011年3月29日付け「朝日新聞」)
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【震災】計画停電を回避できる料金引き上げの目安は3.5倍

2011年03月30日 | ●野口悠紀雄
(1)料金体系の見直しは必至
 少なくとも東京電力、東北電力の管内では、必然的に電力利用のコストが何らかの形で上がる。問題は、どのような形で利用コスト上昇を実現するか、だ。
 明示的な料金引き上げを行わなければ、一定時間帯使えない(ことによって発生するさまざまな不都合)・・・・という形でコストを負う。そのコストは、明示的な料金引き上げに比べて、確実に高い。必要度の高い用途も一律にカットしてしまうからだ。そして、不公平(計画停電では地域別の不公平)な形で負担がかかる。
 したがって、料金体系の見直しが必要なことは、ほぼ自明だ。検討するべきは、どのような形の見直しを行なうか、だ。

(2)需要弾力性による結論
 東京電力の発表(3月25日)によれば、夏には4,650万KW程度供給力できるし、今夏の最大需要は5,500万KW程度だ。
 しかし、この需要予測は楽観的だ。安全をとって最大需要を6,000万KWとすると、必要な削減率は22.5%となる。以下では、計算の簡単化のため25%とする。価格をどの程度引き上げれば、これが実現できるか。
 「需要の価格弾力性(または弾性値)」は、価格を1%引き上げた時に需要が何%変化するかを示す指標だ。電力については、これまで「価格弾力性は-0.1程度」と仮定して議論されることが多かった。電力は必需財なので価格を引き上げても需要はあまり変化しない・・・・とされる根拠がこれだ。
 しかし、弾力性の絶対値が小さい値であっても、価格を十分に引き上げれば需要は減る。価格弾力性が-0.1でも、価格を250%引き上げれば(価格を現在の3.5倍にすれば)、需要を25%削減することができる。
 なお、ここでは、ピーク時需要抑制の観点から基本料金の引き上げを考えている。他方、価格弾力性が議論される場合の価格とは、電力使用の単価のことだ。これらは、厳密に言えば別のものだ。

(3)企業の基本料金を3.5倍に
 企業の場合、すべての企業について基本料金における料金単価を一律に値上げすべきだ。「価格弾力性-0.1」を仮定すれば、需要を25%削減するには、基本料金の単価を250%引き上げればよい(つまり、現在の3.5倍にする)。
 ただし、企業の場合は、もう少しきめの細かい対応が必要だ。必要なのは夏の昼間なので、この時間帯の基本料金だけを高くしてもよい。工場操業の夜間へのシフトを促すには、夜間料金を現在よりも安くしてもよい。ただし、いずれにしても重要なのは、ペナルティを十分高くして契約電力を強制することだ。
 以上は、価格弾力性について一般に用いられている数字を用いたごく粗い検討にすぎない。実際にはもっと詳しい調査が必要だ。アンケート調査等によって補完することが必要だ。
 また、需要弾力性について不確実性が残るから、計画停電方式をバックアップとして準備しておかねばならない。均衡価格は、本来は試行錯誤によって決めるべきものなのだ。
 価格弾力性は、需要量を従属変数にしているから、実現するのは総需要の減少だ。ただし、全体が低まればピークも低まる。また、家計の場合は、夏のピークは、昼のかなり長い時間帯続くので、ピーク抑制にも寄与するだろう。

(4)電気代上昇が家計に与える影響
 2010年家計調査によると、消費支出3,027,938円のうち、電気代は101,048円だ。消費支出中の比率は3.3%だ。無視できる金額ではないが、教養娯楽費358,923円や交際費163,117円に比べて、かなり少ない。電気代上昇は、家計に大きな影響を及ぼすのは間違いない。しかし、教養娯楽費や交際費を抑制すれば調整できない額ではない。
 ただし、企業の生産コストは上昇する。それが製品価格に転嫁されれば、間接的な影響を受ける。
 企業の場合、電気代が上昇すれば、原価が上がる。電気はどのような経済活動にも必要なものなので、特定の原料価格が上がった場合に比べれば、製品価格への転嫁はしやすいだろう。しかし、100%転嫁できる保証はない。転嫁が不完全にしか行なえなければ、企業の利益は減少する。
 ただし、昼夜の料金に差をつければ、操業が夜にシフトするので、製品価格への影響は緩和されるだろう。西日本や海外への生産シフトによっても、影響を緩和できるだろう。逆に言えば、こうした措置によって西日本や海外へのシフトが促進されるわけだ。

(5)スマートグリッド・太陽光発電・電気自動車
 スマートグリッド(次世代送電網)やスマートメーター(次世代電力計)への移行促進は、長期的な観点からは確かに重要だ。しかし、設置に時間がかかり、今年の夏にはとても間に合わない。それに、料金を引き上げなければ、スマートグリッドを実現しても利用抑制への圧力は働かない。
 再生可能エネルギー、とくに太陽光発電も長期的には重要なのだが、総量はとても足りない。また、設置に時間がかかる。ガス冷房は設置コストがかなり高い。
 今回の事態が電気自動車にどう影響するかは、不明だ。電気料金の引き上げが行なわれるなら、東日本では利用コストが上昇する。しかし、原油価格も上昇しているから、差引でどうなるかはわからない。西日本では、今回の災害とは無関係に電気自動車やハイブリッドカーの有利性が高まっている。

【参考】野口悠紀雄「計画停電を回避できる料金引き上げの目安は、3.5倍 ~未曾有の大災害 日本はいかに対応すべきか【第5回】2011年3月29日~」(DIAMOND online)
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