語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】だれがどこまで原発事故の賠償をするのか

2011年03月31日 | 震災・原発事故
 東京電力の勝俣恒久会長【注1】は30日の記者会見で、周辺の住民に対する補償は「全体としては原子力損害賠償法の枠組みを含めて考えていきたい」と述べるにとどまった(2011年3月30日19時54分 YOMIURI ONLINE)。

 勝俣会長は、記者会見で、「法律ではどういう場合に東電の責任が免除されるかはっきり決まっていないことを挙げ、『政府と考えていきたい』と、補償範囲・程度については明言を避けた」(2011年3月30日22時30分 asahi.com)。

   *

 原子力損害賠償法によれば、賠償責任は原則として電力会社が負う。過失の有無を問わず、原子力災害によって生じた損害はすべて補償しなければならない。1,200億円までは保険などによって手当され、これを超える額は国が支援する。
 なお、1,200億円超の損害も、一義的には電力会社に責任があるので、念のため。
 ただし、「想定外の巨大地震」などによる事故では、電力会社は免責され、国が“必要な措置”を講じる。もっとも、その措置の具体的な内容は明らかではない【注2】。
 例外規定が適用されるという観測もあるが、「現時点では東京電力は免責とならず、通常規定どおりに東電が賠償を行い、国が不足分を支援するシナリオが有力になりつつあるようだ」。

 問題は、賠償金額がどこまで膨らむのか読めないことだ。
 JCO臨界事故(1999年)では賠償額が150億円にのぼった。このたびの被害は、ケタ違いだ。賠償の対象は、身体や物の直接的な損害だけでなく、風評による営業被害など間接的損害も対象となる。作物が汚染された農家だけではない。原発事故の事態収拾に当たる電力会社、協力企業の従業員、自衛隊員、警察官などが今後健康を損ねた場合も対象となる。賠償額は数兆円にのぼる、という見方もある。
 原子力災害が国の措置によって満額補償される反面、純粋に地震と津波の被害で損害を受けた被災者との公平性の問題もある。事故処理は、容易ではない。

 以上、COLUM「どうなる原発事故の賠償責任」(「週刊東洋経済」2011年4月2日号)に拠る。

 【注1】
 「東京電力の『説明責任』も“木を鼻で括る”醜状です。02年、炉心部ひび割れを隠蔽した歴代トップ4名が総退陣後、東電社長に就任し、経団連副会長をも務めた勝俣恒久氏は電力事業連合会会長だった06、07両年、柏崎刈羽、福島第二で連続発生の重大事故を公表せず、データ改竄をも黙認しました。今回の炉心溶融、無計画停電の遠因を生み出した人物です」(田中康夫「『国民生活第一』が聞いてあきれる “平成の棄民”」、「サンデー毎日」2011年4月10日増大号)

 【注2】
  勝俣会長が記者会見で「政府と考え」る、と述べたゆえんだ。
  東京電力の荒木浩顧問は、歴代首相や有力政治家を囲む会を定期的に開催している。今井敬・新日本製鉄名誉会長や上島重二・三井物産顧問とともに。現役の日本経団連会長や日本商工会議所会頭も加わる。荒木は、小沢一郎・民主党元代表を囲む会の世話役的存在でもある【注3】(「東京電力の隠蔽体質」)。
 東電にとって、「政府と考え」る際にはこうした人脈が生きてくるはずだった(推定)。

 【注3】
  小沢は、30日夜、都内の自宅で自分に近い若手の衆参両院議員十数人と懇談し、語った。「自分なりに情報収集しているが、政府や東電が発表するよりも悪い事態になっているようだ」(2011年3月31日08時24分 YOMIURI ONLINE)
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【震災】漂流し疎外される被災者を生むな ~阪神・淡路大震災の教訓~

2011年03月31日 | 震災・原発事故
 このたびの震災で避難している方々の大半は、一時避難の心積もりだろう。
 だが、阪神・淡路大震災では、多くの被災者が心ならずも故郷との絆を断たれ、全国を“漂流”することになった。戻りたいけれども戻れない状況に陥った県外被災者の実数は、いまだに定かではない。兵庫県によれば54,700人、内閣府の非公式資料によれば12万人だ。
 被災して半年後の1995年9月に、次のような事例があった。

<事例1>女性(40)・・・・自宅は全壊。パートは解雇された。病気入院中の夫は震災後死亡。実家に近い松山に移転(家賃1年間無料)。
<事例2>男性(52)・・・・自宅は全壊。解雇され、社宅を退去させられた。母は負傷で入院。長男は大学受験。長女は就職活動中。やむなくバラバラに避難。
<事例3>福岡に避難した男性・・・・就職したが、収入は大幅にダウン。父は震災後ストレスにより入院。子どもは関西弁をからかわれ、登校拒否。

 これらは、県外被災者支援の機関誌「りんりん」(95年9月創刊)に載った声だ。「りんりん」は、ピーク時、青森を除く46都道府県、4,000人に発送した。機関誌に寄せられた投稿は、屈辱の疎開生活と耐え続ける日々を綴る。

<事例4>文化住宅の一室を借りるに当たり1年間の給与明細の提出を迫られ、病気になって動けなくなったら出ていってくれ、と念書をとられた。火事をだしてはいけない、と1年間の天ぷら禁止を言い渡された。
<事例5>関西の地方都市に疎開し、公営住宅に入居して生活保護を受給した女性・・・・被災者生活再建支援法成立(98年)に伴う自立支援金を収入認定された。

 <事例5>の自立支援金は、次官通達(63年)によれば「収入」とされない。くだんの女性を担当する福祉事務所のケースワーカーもその上司も主管課も、この通達を知らなかったらしい。「こんな理不尽な取り扱いは他にもあったと考えられる」
 自宅を再建したものの、被災した家との二重ローン【注】などで経済的に破綻し、ホームレスになった人もいる。阪神・淡路大震災では、経済的基盤(住居・所得)を持ちながらも震災により「負のスパイラル」に陥った中堅層への支援策がほとんどなかった。この階層がもっとも「脆弱な階層」だった。

 県外被災者の8割は、「一時避難」「数年で戻る」つもりだった。しかし、故郷を離れた途端に支援情報が途切れた。公営住宅に受け入れた自治体は、1~2年経つと住民票の移転を迫った。住民票を移せば、被災地を対象とした支援から外れてしまう。さらに、被災地に建設された復興住宅への応募は、仮設住宅居住者が優先された。
 「りんりん」に寄せられた声を総合すると、県外被災者のニーズは次のようなものだ。
 日本のどこへ避難しても生活を再建できるよう、「属地主義の壁」を撤廃せよ。
 全国の自治体が被災地と同じ支援を実施する全国共通の生活再建システムを創設せよ。
 一時的転居の場合、住民票を異動せず、転居先市町村に避難地登録を行う制度を設けよ。 
 自宅敷地の手入れ等で一時里帰りする際には、空いている仮設住宅を使える制度を設けよ。

 だが、16年経った今、どの要求も実現していない。「この国は長らく被災者の生活再建を自助努力、自己責任としてきた」
 しかし、その論理はもはや通用しないだろう。
 阪神・淡路大震災では、県外に避難した人の7割が震災発生から3ヵ月以内に疎開した。対策を講じるのは今しかない。国は、率先して早急に体制を整えなくてはならない。

 (1)県外避難者の被災者台帳を整備し、被災自治体と受け入れ自治体が共有する。
 (2)被災地の支援情報が届くよう、情報システムを構築する。
 (3)避難先を災害救助法上の分散仮設住宅と見なし、支援の対策を講じる。 

 【注】現在でも少なくとも1,800世帯が二重ローンを抱えている、と目される(記事「『大震災』復興の群像」、「週刊新潮」2011年3月31日号)。

    *

 以上、山中茂樹(関西学院大学災害復興制度研究所主任研究員)「漂流し疎外される被災者を生まない ~阪神・淡路大震災の教訓~」(「週刊エコノミスト」2011年4月5日特大号)に拠る。
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