語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】インフレという炎を煽る金融緩和 ~国債の日銀引き受け~

2011年05月07日 | ●野口悠紀雄
(1)世界経済の変化
 日本が大震災と原発事故への対処に忙殺されいる間に、世界経済が大きく変わった。インフレ圧力の高まりだ。震災前から進んでいた原油価格、金価格、食料品価格の高騰は、まったく収まっていない。これに対応して、欧米諸国は金融引き締めに舵を切った。
 世界的物価上昇の影響は、すでに日本の統計にも表れている。
 原油価格の上昇は、08年にも起きた。この時は、国内の消費者物価指数の上昇率が年率2%を超えた。これからも同じことが起きるだろう。国内の消費者物価指数は、今後必ず上昇する。
 為替レートは円安に進み、株価の下落は止まったが、輸出は増加しないだろう。震災によって設備が損傷したからだ。今後も電力制約があるので、生産設備が修復されても生産を回復できない。今夏(7~8月)、東日本では、電力需要を25%カットしなければならないので、生産はほぼ同率だけ減少する。これは、サプライムチェーンを通じて西日本の生産をも制約する。輸入インフレの圧力が強まる中で、円安が進み、生産が拡大しないのだ。
 円安は、輸出の増加をもたらさず、原材料コストを引き上げ、輸出関連企業の利益を圧迫するだろう。

(2)歴史はくり返す ~オイルショック~
 (1)は、石油ショック後の英国の状況と似ている。英国は、深刻なスタグフレーションに陥った。米国でもほぼ同じ現象が起きた。英米両国は、この時に受けた経済的打撃から20年間回復できなかった。
 日本は、総需要抑制政策をとり、金融引き締めを行った。円高が生じたが、容認されたため、ドル表示の原油価格が上昇したにもかかわらず、国内での影響は緩和された。
 石油ショックへの優等生的対応に、省エネ技術の開発、賃上げ要求の自粛なども寄与したが、なによりもマクロ経済政策が正しかった。
 供給制約の下で需要が増えればインフレーションになる。石油ショック時には、74年度予算に盛りこまれていた列島改造関連の公共事業が需要増加要因だった。それを急遽取り除いたのだ(もう一つの需要増加要因は、所得税の大減税だったが、田中角栄首相の強い意向でそのままになった)。
 今後の日本での需要増加要因は、復興投資である。しかし、これは取り除くことができない。需要を抑制するためになしうるのは、(a)金融引き締めで円高を実現することだ(輸出-輸入を減少させる)。(b)増税によって消費を減らすことだ。
 (a)も(b)もできなければ、インフレによって強制的に消費を抑制するしかない。

(3)金融緩和は破滅に至る道
 欧米職が金融引き締めに転じるのは、インフレ抑制のためだ。
 日本の物価動向は、実は国内の需給ギャップではなく、国際的な価格に影響されてきた。90年代以降、物価が上昇しなかったのは、新興国の工業化で工業製品が下落したからだ。資源価格が上がれば、日本国内の消費者物価も上昇する。日本は、08年にこれを経験した。経済危機によって需要が急減するまっただ中で、物価が上昇した。当時は、為替レートが円高方向に動いていたので、輸入インフレはある程度抑制された。
 しかし、今は円安方向に動いている。インフレ輸入の可能性はより高い。
 必要なのは、金融引き締めで円安を防ぎ(できれば円高を実現し)、海外からのインフレ輸入を防ぐことだ。日本は、石油ショックの時、そうした政策をとった。
 日本は今、石油ショック時と同じような供給制約に直面している。石油ショック時の供給制約は全世界で生じたが、今は日本だけが深刻な供給不足に直面している。総需要抑制、金融引き締めの必要性は、今のほうが高い。このまま円高回避政策を続ければ、石油ショック後の英国と同じ状況に陥る。
 石油ショック時には、消火活動は迅速になされた。だから火災の拡大を防げた。しかるに、今の日本は、消火に動こうともしていない。それどころか、国債の日銀引き受けによって、火に油を注ごうとしている。破滅に向かってまっしぐらの道を進もうとしている。

【参考】野口悠紀雄「迫る炎に油を注ぐ愚 インフレに金融緩和 ~ニッポンの選択第62回」(「週刊東洋経済」2011年4月30日-5月7日号)
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【震災】原発>原子力予算・埋蔵金を賠償に回せ、電気料金を値上げする前に

2011年05月07日 | 震災・原発事故
(1)政府のスキーム
 (a)東京電力が損害賠償の責任を一義的に負う。
 (b)電力の安定供給に支障が生じないよう(株式上場を維持して社債にも影響が生じないよう)賠償のための新たな機構を設立する。
 (c)そこに全電力会社から資金を拠出させ、政府も交付国債を発行し、巨額の賠償にも東電が耐え得るようにする。
 (d)東京電力は毎年の利益から機構に賠償金額を返済していく。
 (e)賠償負担の減資を捻出するため、電力料金を東電は大幅に、また他の電力会社もある程度上げる。

(2)政府のスキーム批判
 (a)発表されている東電のリストラ策ではまったく不十分だ。
 (b)本来は、株式については100%減資、社債などの金融債権もある程度のカットが行なわれるべきだ。
 (c)賠償や福島原発への対応で東京電力が債務超過に陥る場合、機構を通じて資本注入するよりも一時国有化すべきだ(資本注入は過少資本=債務超過に陥っていない場合に限定)。
 (d)政府の責任が曖昧になっている。種々の規制の存在、毎年投入される多額の予算からして、原子力発電は事実上、電力会社と政府が一体的に経営してきた。東電のみならず政府(具体的には原子力安全・保安院や原子力安全委員会)の責任は重い。

(3)賠償に充てるべき“原子力埋蔵金”
 (a)政府が損害賠償することはない。原子力損害賠償法第3条が定める“天災地変”に該当しない(同じ震災で女川原発には問題が生じていない)以上、東電が責任主体であるのは明らかだ。
 (b)機構に政府も多額の国費を投入するべきでない。政府の責任も重いが、新たな税負担や電気料金上げという国民負担を強いる形ではなく、“原子力埋蔵金”から供出する形で政府の責任を果たすべきだ。(財)原子力環境整備促進・資金管理センターには、電力会社の積立金(再処理積立金・最終処分積立金)が合計約3兆5千億円もある。
 (c)原子力関連の独立行政法人や公益法人の剰余金などは、すべて賠償に充てるべきだ。<例>最大の日本原子力研究開発機構には、年間1,700億円の予算が投入されている。
 (d)原子力関連予算のうち約2,300億円は、研究開発など原子力推進のために使われている。その中で核燃料サイクル関連の予算は520億円、放射性廃棄物対策の予算は170億円だ。国民感情を考慮すれば原子力推進などの予算の執行を停止し、原子力推進関連予算の例えば半分を賠償に転用するのは、政府として当然の対応だ。
 (e)原子力予算は、過去10年、毎年4,000億円台前半だ。今後10年も同じ規模が続くだろう。今後10年は毎年の原子力関連予算のうち1,000億円を賠償に供すれば、1兆円になる。<例>今年度、政府全体での原子力関連予算は合計4,330億円。うち、安全関連:570億円、立地関連:1,290億円(原発立地自治体への交付金)、国際関連:150億円、残り: 2,320億円。
 政府は、以上のように、その気にさえなれば数兆円の賠償減資を供出することができる。東電と政府の両者がこうした身を切る努力をした後、それでも賠償の資金が足りない場合に、初めて電力料金上げという形で国民にも負担をお願いするのが筋だ。

(4)電力不足に係る政府の責任
 東日本が今後しばらく直面する電力不足について、東電のみならず政府にも責任がある。電力会社の地域独占の継続と原発の推進を政府が容認してきた結果、原発事故によって電力不足が生じたからだ。
 政府はどう責任を果たすべきか。今夏については時間がないので、電力需要の抑制に頼らざるを得ないとしても、それは政府の失敗の責任を国民に転嫁することだ。来年以降の中期的な対応としては、電力の規制緩和という供給側の体制を変革してこそ、本来あるべき政府の責任を果たすことになる。
 政府は、損害賠償のスキームを5月10日に閣議決定しようとしている。東京電力は決算発表を5月17日に予定している。それに支障が生じないよう早めに損害賠償のスキームを確定したいらしい。本末転倒だ。閣議決定の案は、政府が自らの責任を国民にどう転嫁しようとしているかを明らかにするはずだ。すべての国民は厳しく監視すべきだ。

 以上、岸博幸「安易な電気料金値上げに走る前に原子力予算・埋蔵金を賠償に回せ ~岸博幸のクリエイティブ国富論【第138回】 2011年5月6日」(DIAMOND online)に拠る。
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