語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>なぜヒトは放射線を浴びるとガンになるのか?

2011年05月18日 | 震災・原発事故
(1)DNA修復機構
 人類の祖先が生まれたのは、今から40億年前のことだ。DNAの大敵は、空から降り注ぐ紫外線と放射線だった。だから、初期の生物もDNAが紫外線や放射線に壊されたときに修復する機能を発達させている。それがDNA修復酵素だ。
 生物の進化につれて、DNA修復機構は次第に複雑になった。この機構は、私たちの体を作っている細胞のなかにもある。
 細菌が生まれて10億年たったとき、太陽のエネルギーを利用して光合成をする細菌が進化した。シアノバクテリアは、地球上で初めて太陽エネルギーを利用した生物で、葉緑体と呼ばれる器管を持つ。太陽光のエネルギーを使って、炭酸ガスと水からブドウ糖を作ることができる。
 ブドウ糖は、いろいろな栄養物を作ることができるから、シアノバクテリアは外部から栄養を摂らなくても自立して生きていける。さらに、ブドウ糖を作る過程で、空中に酸素を放出し、エネルギーを細胞のなかに蓄える。
 シアノバクテリアは、海中のいろいろな細胞の中に入りこんだ。ほかの細胞がシアノバクテリアを取りこんだのかもしれない。
 かくて、海のなかには葉緑体をもつ細胞と、もたない細胞ができた。前者が植物、後者が動物だ。

 光合成でできた酸素が増えると、酸素が3つくっついた分子、オゾンができる。オゾンは紫外線を遮るし、宇宙からの放射線も次第に弱くなっていたので、細胞は海の浅いところでも生きられるようになった。
 紫外線を避けて海に住んでいた植物の中から、陸へ上がるものが出てきた。放射能も生物の生存に差しつかえないレベルまで低くなった。
 最初の植物が陸に上がったのは、今から4億年前のことだ。植物は根を土の中に埋め、枝や葉を地上に出した。
 初期の植物は水際に根を埋めて、用心深く、そろそろと土に上がってきた。生物の生存は、誕生の時から紫外線や放射線との闘いだった。植物が陸に上がると、昆虫も陸に上がった。
 最初の哺乳類は、2億2,500万年前にあらわれたアデロバシレウスだ。そして、カモノハシ、トガリネズミ、カンガルー、ネズミ、ブタ、ウサギなどを経てサルに至る。類人猿と原人が分かれたのが今から700万年前、私たち現人が進化してきたのが20万年前だ。

 人類は、アフリカのイブと呼ばれる一人の女性から生まれた。その子どもたちは、どんどん増えて紀元前8000年には100万人になった。彼らは、アフリカを出て世界各地に移住した。人口はさらに増えた。紀元前2500年には1億人、西暦0年には2億人、西暦1000年には3億人、1650年には5億人、1800年には10億人という速さで増えていった。18世紀、欧州で農業革命が起き、農作物の生産も人口も増えた。さらに産業革命と軌を一にして、急速な人口増加が起きた(人口爆発)。2010年には、69億人に達した。

(2)被曝によるガン
 放射線は、物質を通り抜ける強い力を持つ。放射線を出す作用を放射能と呼ぶ。放射能を出す原子は、放射能を出して壊れ、別の原子になる。そして、ついには放射能を出さなくなる。
 私たちの体は60兆個の細胞からできている。細胞は分子からでき、分子は原子からできている。原子の中心には陽子と中性子からなる原子核があり、そのまわりを電子が回っている。陽子はプラスの電気を持ち、電子はマイナスの電気を持つ。
 放射線が一つの原子にあたると、その原子からは電子が大きなエネルギーを持って飛び出す。飛び出した電子は、行く先々で無数の分子にぶつかって、自分の持っているエネルギーを少しずつ分け与えていく。エネルギーを受け取った分子は興奮状態になったり、電子が飛び出したりする。
 電子を失った原子を電離原子と呼ぶ。放射線の影響のほとんどが、体のなかに生じた電離分子による複雑な化学反応の結果引き起こされる。
 生物の放射線による障害は、電離作用による。生物がどれくらいの放射線にあたったか、ということを放射線の引き起こす電離作用の大きさで表すことがある。その際に用いられる単位はラッド(Rad)だ。
 放射線には、物質を突き抜ける力の強さのちがう3種類のものがある。アルファー線は、薄い紙1枚も突き抜けることはできない。ベータ線は、厚さ数ミリのアルミの板で遮られる。ガンマ線は、数センチの鉛の板でないと遮ることができない。
 陽子やアルファー粒子は、狭い領域に密集してイオンを作るので、同じラッド数の電子やガンマ線に比べて、生物への影響は非常に大きい。そこで、すべての放射線の線量を生物が受ける影響という観点から共通の尺度で表すためにシーベルト(Sv)という単位を使う。シーベルトはいろいろな放射線の生物学的効果をガンマ線の効果に換算して表したものだ。

 ヒトが短時間に全身に浴びたときの致死量は、6シーベルトとされる。短時間に1シーベルト以上の放射能を浴びると、吐き気、だるさ、血液の異常、消化器障害などが現れる(急性障害)。しかし、0.25シーベルト以下になると、目に見える変化は何も現れず、血液を調べても急性の変化は見つからない。
 ところが、細胞を顕微鏡で調べると、DNAからできている染色体が切れたり、離れなくなったりしているものが見られることがある。このような異常は、細胞が分裂して増えていくときにも確実に複写されていく。
 この異常によって、細胞が分裂を停止する命令を受け入れずに増え続けるとガンになる。
 また、顕微鏡で見てもわからないような分子レベルの異常が起こっていて、細胞が分裂停止命令を無視するようになったときにもガンになる。
 細胞のガン化は、外部に見られる障害を与えるよりずっと低い線量で起こる。しかも、今の医学ではガンが見えるようにならないと検出できない。発見されるまでに放射線を浴びてから5年、10年という長い年月がかかる。
 細胞を異常にする放射線量に閾値があるのか、ないのか、研究者の間で議論されているが、いまだにハッキリとした答は出ていない。

 体の中には免疫機構があって、ガン細胞を異物として排除する。その排除に失敗したときにガン細胞は増え出す。また、放射線の障害を取り除く酵素や修復機構があって、ガン細胞を正常な細胞に修復することもある。
 生命は、誕生したときから放射線や紫外線の被害と闘ってきたので、修復機構は発達している。
 分裂しない細胞では、DNAは何重にも折りたたまれて、染色体という形に凝縮されている。細胞が分裂するときには、染色体の凝縮はほどけて細い糸のように伸びる。このようなときには、放射線の被害を受けやすい。
 成人したヒトでは、一部の細胞しか分裂していない。分裂している細胞がガン化しやすい。
 ところが、胎児や子どもでは分裂している細胞がたくさあるので、彼らは放射線の被害を受けやすい。
 大人が放射線を浴びた場合には、出てくる異常はたいていガンだ。胎児や子ども、特に胎児が放射線を浴びた場合には、細胞に突然変異が起こって、体のいろいろな異常として現れる。

 以上、柳澤桂子「原子力発電から離れよう」(「世界」2011年6月号)に拠る。
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