(1)チェルノブイリよりも大きな心のダメージ
チェルノブイリ原発事故と健康被害の因果関係はまだはっきりしないが、現段階で最も深刻なのはメンタル面の被害だ。原発事故の影響を受けていないグループと比較すると、うつ病やPTSDを発症するケースが明らかに多い。原発事故を経験していない子どもたちにも影響が出ている。事故当時チェルノブイリ周辺にいた者が精神的に不安定になり、彼らが親になってから事故の話を聞いた子どもたちの心が不安定になっているのだ。
チェルノブイリでは、直接被害を受けた地域の人が避難しなければならないというストレスがあった。それと同時に「目に見えない」「いつ来るかわからない」「いつ終わるかわからない」という不気味さによるストレスが大きかった。
今回の福島第一原発の事故でも、ストレスの構造はチェルノブイリと同じだ。ただ、今の日本のほうが、心理面に与えるダメージは大きい。
(2)情報過剰で、しかも正確な情報が不明
チェルノブイリ事故の時代は、情報伝達手段が少なかった。情報が隠蔽されていた社会主義国家での出来事だった。情報欠如による恐怖は少なからずあったが、不安は限定的だった。
今回の日本の場合、情報過剰によるストレスが浮き彫りになっている。情報が多いほど安心につながる、とこれまで言われていたのに、多すぎるため、目を背けることも逃げることもできなくなっているのだ。
政府発表を聞いて、すべての情報が公開されていると考える人は、今やほとんどいないだろう。けれども、政府や東京電力がどこまで真実を把握していて、どのような情報を隠しているのかは、誰もわからない。
今回、改めて注目されたツイッターも、情報のうちどれが正しいもので、どの情報に拠り所を置いていいのかがわからない。
より正確な情報を見極めることができないことが、人々の大きなストレスになっている。
(3)不確かさに耐えられない日本人
現代日本人は、物事の黒白をすぐにつけたがる。大好きか、大嫌いか。熱狂的に支持するか、そっぽを向くか。黒白をはっきりさせようと急ぎ過ぎて、振幅が大きくなっている。こうした傾向が強まっている日本社会は、どちらに転ぶかわからないけれども待つしかない、という状況に耐えられない。
原発事故は、爆発という最悪の事態に陥らない一方で、一気に解決まで進まないという膠着状態が延々と続いている。しかも、いつこの膠着状態が動き出すかすらわからない。
これが不安で仕方がないのだ。「目に見えない」「いつ来るかわからない」「いつ終わるかわからない」不気味な状態の行く末を冷静に見守る耐性が弱くなっている。今回の原発事故は、現代の日本社会にとって最も苦手な部分に突き刺さり、日本人の心に大きなダメージを与えている。
(4)原発事故が顕在化させた人間の不安・恐怖
明確に意識されていないにしても、人間は誰もが何らかの不安や恐怖を抱えているものだ。特別の原因もないのに、そうした考えを増幅させてしまうのが「被害妄想」だ。これがエスカレートすると、すべてのものに毒が入っているのではないかと疑う「被毒妄想」も生まれる。
かつて最先端のテクノロジーが世の中に出現したとき、自分の妄想を結びつけて考える人が数多くいた、新しいテクノロジーに遭遇したとき、目に見えない、自分にはコントロールできない、という不安から被害妄想を持ってしまう人は、いつの時代にもいた。
いま、放射性物質が大気中に溢れ、飲み水にも入っている。
今回の原発事故によって、誰もが潜在的に持っている根源的な恐怖(「被毒妄想」に代表される)が増幅されてしまったのかもしれない。実際に、原発事故が起こってから頭痛や吐き気の訴で病院に駆けこむ人が増えている。
(5)「原発鬱」
現在進行中の原発問題は、黒白の図式にあてはめることはできない。好転したかと思えば、悪い情報が入ってくる。
人生には本来、自分の思うようにならないままひたすら待つしかない情況は山ほどある。恋愛はその典型だ。
こういう情況への耐性が、現代日本社会では脆くなっていることを今回の原発事故は浮き彫りにした。震災後に、心の不調を訴えて病院に来る人は確実に増えている。また、これまで心の病を抱えて病院に来ていた人の症状も、震災後悪化しているケースが多い。これは、「原発鬱」とでも呼ぶべき状態だ。症状には個人差があるが、多くの人が原発事故に伴うストレスを抱えていることは間違いない。
原発事故は、放射線汚染による人体や環境への影響、さらに地域住民の生活に多大な影響を及ぼす大きな問題だ。のみならず、原発事故に伴って日本で多くの人が甚大な心理的ストレスを抱えるにいたったことを見逃してはいけない。
以上、香山リカ「不安の正体は原発問題。いま「原発鬱」とも呼ぶべき症状が増加している ~香山リカの『こころの復興』で大切なこと【第5回】2011年5月10日~」(DIAMOND online)に拠る。
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チェルノブイリ原発事故と健康被害の因果関係はまだはっきりしないが、現段階で最も深刻なのはメンタル面の被害だ。原発事故の影響を受けていないグループと比較すると、うつ病やPTSDを発症するケースが明らかに多い。原発事故を経験していない子どもたちにも影響が出ている。事故当時チェルノブイリ周辺にいた者が精神的に不安定になり、彼らが親になってから事故の話を聞いた子どもたちの心が不安定になっているのだ。
チェルノブイリでは、直接被害を受けた地域の人が避難しなければならないというストレスがあった。それと同時に「目に見えない」「いつ来るかわからない」「いつ終わるかわからない」という不気味さによるストレスが大きかった。
今回の福島第一原発の事故でも、ストレスの構造はチェルノブイリと同じだ。ただ、今の日本のほうが、心理面に与えるダメージは大きい。
(2)情報過剰で、しかも正確な情報が不明
チェルノブイリ事故の時代は、情報伝達手段が少なかった。情報が隠蔽されていた社会主義国家での出来事だった。情報欠如による恐怖は少なからずあったが、不安は限定的だった。
今回の日本の場合、情報過剰によるストレスが浮き彫りになっている。情報が多いほど安心につながる、とこれまで言われていたのに、多すぎるため、目を背けることも逃げることもできなくなっているのだ。
政府発表を聞いて、すべての情報が公開されていると考える人は、今やほとんどいないだろう。けれども、政府や東京電力がどこまで真実を把握していて、どのような情報を隠しているのかは、誰もわからない。
今回、改めて注目されたツイッターも、情報のうちどれが正しいもので、どの情報に拠り所を置いていいのかがわからない。
より正確な情報を見極めることができないことが、人々の大きなストレスになっている。
(3)不確かさに耐えられない日本人
現代日本人は、物事の黒白をすぐにつけたがる。大好きか、大嫌いか。熱狂的に支持するか、そっぽを向くか。黒白をはっきりさせようと急ぎ過ぎて、振幅が大きくなっている。こうした傾向が強まっている日本社会は、どちらに転ぶかわからないけれども待つしかない、という状況に耐えられない。
原発事故は、爆発という最悪の事態に陥らない一方で、一気に解決まで進まないという膠着状態が延々と続いている。しかも、いつこの膠着状態が動き出すかすらわからない。
これが不安で仕方がないのだ。「目に見えない」「いつ来るかわからない」「いつ終わるかわからない」不気味な状態の行く末を冷静に見守る耐性が弱くなっている。今回の原発事故は、現代の日本社会にとって最も苦手な部分に突き刺さり、日本人の心に大きなダメージを与えている。
(4)原発事故が顕在化させた人間の不安・恐怖
明確に意識されていないにしても、人間は誰もが何らかの不安や恐怖を抱えているものだ。特別の原因もないのに、そうした考えを増幅させてしまうのが「被害妄想」だ。これがエスカレートすると、すべてのものに毒が入っているのではないかと疑う「被毒妄想」も生まれる。
かつて最先端のテクノロジーが世の中に出現したとき、自分の妄想を結びつけて考える人が数多くいた、新しいテクノロジーに遭遇したとき、目に見えない、自分にはコントロールできない、という不安から被害妄想を持ってしまう人は、いつの時代にもいた。
いま、放射性物質が大気中に溢れ、飲み水にも入っている。
今回の原発事故によって、誰もが潜在的に持っている根源的な恐怖(「被毒妄想」に代表される)が増幅されてしまったのかもしれない。実際に、原発事故が起こってから頭痛や吐き気の訴で病院に駆けこむ人が増えている。
(5)「原発鬱」
現在進行中の原発問題は、黒白の図式にあてはめることはできない。好転したかと思えば、悪い情報が入ってくる。
人生には本来、自分の思うようにならないままひたすら待つしかない情況は山ほどある。恋愛はその典型だ。
こういう情況への耐性が、現代日本社会では脆くなっていることを今回の原発事故は浮き彫りにした。震災後に、心の不調を訴えて病院に来る人は確実に増えている。また、これまで心の病を抱えて病院に来ていた人の症状も、震災後悪化しているケースが多い。これは、「原発鬱」とでも呼ぶべき状態だ。症状には個人差があるが、多くの人が原発事故に伴うストレスを抱えていることは間違いない。
原発事故は、放射線汚染による人体や環境への影響、さらに地域住民の生活に多大な影響を及ぼす大きな問題だ。のみならず、原発事故に伴って日本で多くの人が甚大な心理的ストレスを抱えるにいたったことを見逃してはいけない。
以上、香山リカ「不安の正体は原発問題。いま「原発鬱」とも呼ぶべき症状が増加している ~香山リカの『こころの復興』で大切なこと【第5回】2011年5月10日~」(DIAMOND online)に拠る。
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