前回【注】は、東北をどう復興させるか、構想力が問われる、という話になった。それを語るには、政治の責任に触れざるをえない。福島第一原発の事故やその後の処理は、明らかに天災とは異なる問題だ。【佐高】
政治の責任を語る前に、今回の震災で機能したこと、機能しなかったことをちゃんと整理しておく必要がある。前者についていえば、地震が起きたとき激震地を新幹線が88本走っていたが、1人の死傷者も出さずに全列車を無事に停車させた(関東大震災では走行中の列車24本が脱線転覆した)。これは、日本の鉄道技術蓄積による成果の一つだ。【寺島】
建設中の東京スカイツリーも無事だった。【佐高】
エレベーターシャフトのパネルに一部損傷はあったが、持ちこたえた。これも技術蓄積だ。今回、津波がなくて地震だけだったら、犠牲者は千人に満たなかっただろう。日本の建築物の耐震技術が向上しているのは間違いない。地震と津波だけだったら、我々ももっと早く一丸となって復興に取り組もうと奮い立つことができたのではないか。ところが、まったく異質の問題(原発事故)を引き起こしてしまった。現代文明が震え上がるほどの問題を世界に投げかけてしまった。にもかかわらず、政府の原発事故への対応は酷い。【寺島】
国は、本当に復興に本腰を入れているのか。東北地方は、歴史的に中央から差別を受けてきたし、過疎や出稼ぎの問題もある。今回は福島が原発の犠牲になる。福島原発で作られた電力は、東京を中心とした首都圏で消費されるものであるのに。【佐高】
震災直後から、世界に対して責任ある情報の発信体制を確立すべきだ、と強調してきた。福島原発で何が起きていて、それにどう対応し、最悪の場合どんな危険性と影響が考えられるか、というメッセージを事故直後から世界に発信しなければならなかった。メッセージは、日本政府として出すのではなく、たとえばIAEAを含めたタスクフォースのような、国際的に信用され、責任ある国際組織から多言語で的確に発信し続けるのだ。【寺島】
今でもまったくできていない。【佐高】
官邸、東電、保安院がそれぞれバラバラに情報を出し、不確かな情報が増幅されてきて、本当のところが見えないまま不安が広がってしまった。これがまず大問題だ。【寺島】
日本の企業はすごく内向きだ。世間から批判されると、批判の嵐が過ぎるまで頭を低くしておいて、当面の嵐が去ったら元どおりでやっていける、と考えている。だから、外からの批判に対して堂々と反論して対峙しようとしない。かかる日本企業の象徴が東電だ。東電は、大手メディアにどんどん広告を打って、原発安全神話を宣伝してきた。カネで世論を買った。科学技術は、批判されることで進歩するのに、その批判を封じてきた。そういう姿勢があるから、今回も世界が納得する情報を出せないでいる。【佐高】
政府も東電も似ている、と。【寺島】
反原発の物理学者、故・高木仁三郎に、ある原子力関係情報誌の人が、某社が3億円(現在なら100億円の価値)出すからエネルギー政策研究会を主宰しないか、と持ちかけた。背後に電力会社がいたのは確実だ。高木は断ったが、こういうふうにして世論を買い占め、情報を操作してきたのが東電をはじめとする原子力推進の人々だった。【佐高】
4月11日、日本政府が世界6ヵ国の一流紙7紙に意見広告を出した。日本語で「絆(Kizuna)」という文字を強調し、各国の支援に感謝する、という内容だった。世界の常識からすると、驚くべき劣悪広告だ。日本政府が今出すべきメッセージは、福島原発事故で大変な迷惑をかけているが、自分たちは責任をもってこの困難に立ち向かい、この体験を世界に役立てたい、という意思表示の表明だ。それと、原発のどの部分に問題があると認識していて、それをこういう方法で解決するつもりだ、という正確な情報だ。感謝の言葉なんて、諸外国の人々は何の関心もない。【寺島】
本気で原発問題に向きあうなら、反原発ジャーナリストの広瀬隆や京大の反原発学者の小出裕章を呼べばいい。原発推進派は、世界が日本の原発事故対応のどこに不満があって、何を恐れているのか、わかっていない。反原発のほうがよくわかっている。批判者の声に耳を傾けないから、お友だち政権のままで、温かい支援をありがとう、みたいな恥ずかしい広告になってしまうのだ。【佐高】
この政権が責任をもって事態に立ち向かっていく態勢にならないのは、指導者に政策思想の軸がないからだ。会議や委員会を作って、みんなの意見を聞いて・・・・など無能な経営者がやることだ。トップに立つ人間は、まず自らの政策や思想を示さねばならない。菅首相には、まず日本をこういう形で甦らせたい、という「軸」が必要だ。【寺島】
菅首相は、戦後日本人の一つのタイプを象徴している。戦後民主主義のなかで育ち、市民運動とかリベラルとかいったものを吸収してきた。その時代ごとに注目されるテーマ、薬害エイズや諫早湾の干拓など、市民受けするテーマに乗っかって、「皆さん、そう思いませんか」とメッセージを出す。菅のように周囲を駆りたてる側にいた人物は、組織の下支え経験や問題解決のためのプロセスに呻吟することもなく、薄っぺらな戦後なるものを体にあふれさせている。菅直人(昭和21年生)、仙谷由人(昭和21年生)、鳩山由起夫(昭和22年生)、寺島(昭和22年生)は団塊の世代だ。もしかすると、この世代は、本当の危機に直面したとき、解決に立ち向かう力がないことを露呈しているのではないか。【寺島】
市民運動の限界をすごく感じる。市民運動は「アフターファイブ」の活動だ。無党派であって、政党のしがらみを背負わない。国家のしがらみも会社のしがらみも背負わない。だから軽い。【佐高】
今回でも、自分の周囲に賑やかにいろんな会議や参与を配置する。それでもって問題が解決すると思っているなら哀しい。【寺島】
参与は何の責任も負わない。菅首相自身が参与なのだ。“参与首相”みたいなものだ。【佐高】
O517騒動のとき、カイワレ大根を頬張ってみせたのと同じ。福島県産キュウリとイチゴを食べて、それがパフォーマンスだと思っている。本気であの地域の農業を再生させたいなら、再生プランを示さないといけない。【寺島】
首相になって、あれほど育たない人間はいない、と誰かが言っていた。【佐高】
日本全体が、現実を見据えて立ち向かうよりも、美しいキャッチコピーに酔ってしまうところがある。現実に存在する問題を解決するための知恵とは、エンジニアリングだ。今本当に問われている日本の力だ。キャッチフレーズに酔いしれている場合じゃない。【寺島】
あるNPOが東北の被災地に行って、「頑張ろう東北」みたいな合い言葉を掲げたら、被災者に「これ以上、どう頑張れというんだ」と言われた。あんたたちに言われなくても、こうして避難所でずっと頑張っているじゃないか、って。【佐高】
今必要なのは、極めて具体的で戦略的な計画だ。たとえば、放射線汚染が懸念される地域の農家に対して、私なら、コメをおおいに作ってください、と言う。東電に買い上げさせて、もし本当に食べられないコメだったら、再生可能エネルギーのバイオマスエタノールに利用するのだ。用途はいくらでも考えられる。農地は、何も作らないで放置していると痩せてしまう。土地の再生のために農作を続けるべきだ。【寺島】
東北人は、農業、漁業を中心にやってきた。定住型思考だ。菅首相は、移住型。こっちがダメならあっちでいいんじゃないか、という考え方。だから、その地で暮らし続けるという発想がない。【佐高】
首都機能の分散は必要だ。たとえば、那須だ。岩盤が強い。那須塩原に副首都機能をおいて、ICT(情報通信技術)を分散させる。「杜に沈む都」構想(超高層ビルを廃し、森林に囲まれた低層の街を作る)を推進し、21世紀型の環境保全都市を創造するなど、夢がある。これまでのように東京集中の発想の延長線上で東北の再生を議論しても限界がある。それを超える発想と構想力が問われている。【寺島】
以上、佐高信(評論家)/寺島実朗(日本総合研究所理事長)「『世論を買い占めてきた東電、参与のような菅首相』 ~この国はどこで失敗したのか(後編)~」(「週刊文春」2011年5月21日号)に拠る。
【注】「札束で頬を叩いて原発を始めた自民党、原発を推進した民主党」
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政治の責任を語る前に、今回の震災で機能したこと、機能しなかったことをちゃんと整理しておく必要がある。前者についていえば、地震が起きたとき激震地を新幹線が88本走っていたが、1人の死傷者も出さずに全列車を無事に停車させた(関東大震災では走行中の列車24本が脱線転覆した)。これは、日本の鉄道技術蓄積による成果の一つだ。【寺島】
建設中の東京スカイツリーも無事だった。【佐高】
エレベーターシャフトのパネルに一部損傷はあったが、持ちこたえた。これも技術蓄積だ。今回、津波がなくて地震だけだったら、犠牲者は千人に満たなかっただろう。日本の建築物の耐震技術が向上しているのは間違いない。地震と津波だけだったら、我々ももっと早く一丸となって復興に取り組もうと奮い立つことができたのではないか。ところが、まったく異質の問題(原発事故)を引き起こしてしまった。現代文明が震え上がるほどの問題を世界に投げかけてしまった。にもかかわらず、政府の原発事故への対応は酷い。【寺島】
国は、本当に復興に本腰を入れているのか。東北地方は、歴史的に中央から差別を受けてきたし、過疎や出稼ぎの問題もある。今回は福島が原発の犠牲になる。福島原発で作られた電力は、東京を中心とした首都圏で消費されるものであるのに。【佐高】
震災直後から、世界に対して責任ある情報の発信体制を確立すべきだ、と強調してきた。福島原発で何が起きていて、それにどう対応し、最悪の場合どんな危険性と影響が考えられるか、というメッセージを事故直後から世界に発信しなければならなかった。メッセージは、日本政府として出すのではなく、たとえばIAEAを含めたタスクフォースのような、国際的に信用され、責任ある国際組織から多言語で的確に発信し続けるのだ。【寺島】
今でもまったくできていない。【佐高】
官邸、東電、保安院がそれぞれバラバラに情報を出し、不確かな情報が増幅されてきて、本当のところが見えないまま不安が広がってしまった。これがまず大問題だ。【寺島】
日本の企業はすごく内向きだ。世間から批判されると、批判の嵐が過ぎるまで頭を低くしておいて、当面の嵐が去ったら元どおりでやっていける、と考えている。だから、外からの批判に対して堂々と反論して対峙しようとしない。かかる日本企業の象徴が東電だ。東電は、大手メディアにどんどん広告を打って、原発安全神話を宣伝してきた。カネで世論を買った。科学技術は、批判されることで進歩するのに、その批判を封じてきた。そういう姿勢があるから、今回も世界が納得する情報を出せないでいる。【佐高】
政府も東電も似ている、と。【寺島】
反原発の物理学者、故・高木仁三郎に、ある原子力関係情報誌の人が、某社が3億円(現在なら100億円の価値)出すからエネルギー政策研究会を主宰しないか、と持ちかけた。背後に電力会社がいたのは確実だ。高木は断ったが、こういうふうにして世論を買い占め、情報を操作してきたのが東電をはじめとする原子力推進の人々だった。【佐高】
4月11日、日本政府が世界6ヵ国の一流紙7紙に意見広告を出した。日本語で「絆(Kizuna)」という文字を強調し、各国の支援に感謝する、という内容だった。世界の常識からすると、驚くべき劣悪広告だ。日本政府が今出すべきメッセージは、福島原発事故で大変な迷惑をかけているが、自分たちは責任をもってこの困難に立ち向かい、この体験を世界に役立てたい、という意思表示の表明だ。それと、原発のどの部分に問題があると認識していて、それをこういう方法で解決するつもりだ、という正確な情報だ。感謝の言葉なんて、諸外国の人々は何の関心もない。【寺島】
本気で原発問題に向きあうなら、反原発ジャーナリストの広瀬隆や京大の反原発学者の小出裕章を呼べばいい。原発推進派は、世界が日本の原発事故対応のどこに不満があって、何を恐れているのか、わかっていない。反原発のほうがよくわかっている。批判者の声に耳を傾けないから、お友だち政権のままで、温かい支援をありがとう、みたいな恥ずかしい広告になってしまうのだ。【佐高】
この政権が責任をもって事態に立ち向かっていく態勢にならないのは、指導者に政策思想の軸がないからだ。会議や委員会を作って、みんなの意見を聞いて・・・・など無能な経営者がやることだ。トップに立つ人間は、まず自らの政策や思想を示さねばならない。菅首相には、まず日本をこういう形で甦らせたい、という「軸」が必要だ。【寺島】
菅首相は、戦後日本人の一つのタイプを象徴している。戦後民主主義のなかで育ち、市民運動とかリベラルとかいったものを吸収してきた。その時代ごとに注目されるテーマ、薬害エイズや諫早湾の干拓など、市民受けするテーマに乗っかって、「皆さん、そう思いませんか」とメッセージを出す。菅のように周囲を駆りたてる側にいた人物は、組織の下支え経験や問題解決のためのプロセスに呻吟することもなく、薄っぺらな戦後なるものを体にあふれさせている。菅直人(昭和21年生)、仙谷由人(昭和21年生)、鳩山由起夫(昭和22年生)、寺島(昭和22年生)は団塊の世代だ。もしかすると、この世代は、本当の危機に直面したとき、解決に立ち向かう力がないことを露呈しているのではないか。【寺島】
市民運動の限界をすごく感じる。市民運動は「アフターファイブ」の活動だ。無党派であって、政党のしがらみを背負わない。国家のしがらみも会社のしがらみも背負わない。だから軽い。【佐高】
今回でも、自分の周囲に賑やかにいろんな会議や参与を配置する。それでもって問題が解決すると思っているなら哀しい。【寺島】
参与は何の責任も負わない。菅首相自身が参与なのだ。“参与首相”みたいなものだ。【佐高】
O517騒動のとき、カイワレ大根を頬張ってみせたのと同じ。福島県産キュウリとイチゴを食べて、それがパフォーマンスだと思っている。本気であの地域の農業を再生させたいなら、再生プランを示さないといけない。【寺島】
首相になって、あれほど育たない人間はいない、と誰かが言っていた。【佐高】
日本全体が、現実を見据えて立ち向かうよりも、美しいキャッチコピーに酔ってしまうところがある。現実に存在する問題を解決するための知恵とは、エンジニアリングだ。今本当に問われている日本の力だ。キャッチフレーズに酔いしれている場合じゃない。【寺島】
あるNPOが東北の被災地に行って、「頑張ろう東北」みたいな合い言葉を掲げたら、被災者に「これ以上、どう頑張れというんだ」と言われた。あんたたちに言われなくても、こうして避難所でずっと頑張っているじゃないか、って。【佐高】
今必要なのは、極めて具体的で戦略的な計画だ。たとえば、放射線汚染が懸念される地域の農家に対して、私なら、コメをおおいに作ってください、と言う。東電に買い上げさせて、もし本当に食べられないコメだったら、再生可能エネルギーのバイオマスエタノールに利用するのだ。用途はいくらでも考えられる。農地は、何も作らないで放置していると痩せてしまう。土地の再生のために農作を続けるべきだ。【寺島】
東北人は、農業、漁業を中心にやってきた。定住型思考だ。菅首相は、移住型。こっちがダメならあっちでいいんじゃないか、という考え方。だから、その地で暮らし続けるという発想がない。【佐高】
首都機能の分散は必要だ。たとえば、那須だ。岩盤が強い。那須塩原に副首都機能をおいて、ICT(情報通信技術)を分散させる。「杜に沈む都」構想(超高層ビルを廃し、森林に囲まれた低層の街を作る)を推進し、21世紀型の環境保全都市を創造するなど、夢がある。これまでのように東京集中の発想の延長線上で東北の再生を議論しても限界がある。それを超える発想と構想力が問われている。【寺島】
以上、佐高信(評論家)/寺島実朗(日本総合研究所理事長)「『世論を買い占めてきた東電、参与のような菅首相』 ~この国はどこで失敗したのか(後編)~」(「週刊文春」2011年5月21日号)に拠る。
【注】「札束で頬を叩いて原発を始めた自民党、原発を推進した民主党」
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