TOTOからはじまったイモづる式音楽日記

旧タイトル:TOTOからはじまるLA FUSION CONNECTION~ネタはフュージョンやらAORやら。

身の上話 2

2005-11-03 00:41:38 | Weblog
昨日の続きで小生の高校時代の話を。

吹奏楽部に入ったものの実際にドラムセットはなかなか使わせてもらえませんでしたね。
一応打楽器担当ということで、打楽器と名のつくものはなんでもやってました。
高校三年間で結局1曲だけでしたね、ドラムを叩いたのは。

それは吹奏楽部の定期演奏会。一応ちゃんとしたホールを借り切って毎年やってるんです。前半はクラシック、で後半がPOPSコーナー。当時の流行りの曲をやるんですが、当時といえば・・・「渚のハイカラ人魚」とか「星空のディスタンス」とか。FUSION系ではSHAKATAKの「NIGHT BIRDS」なんかもやってましたね。時代を感じます。
そこで小生が担当したのは何かというと、QUINCY JONESの「愛のコリーダ」。
ドラムとしてはそう難しくない曲でしょう、とか言いながらも走ったりモタったりでひどいものでしたが。
更にコケたのが、間奏のところで原曲で言えばSTEVE LUKATHERのギターソロの導入部分。普通にリズムを刻んでいたところが、タム回しのパターンに変化するところですね。完コピするかどうかはともかくとして、今から思えばちょっと練習すりゃそんなたいしたドラミングじゃないですけど、当時はいっぱいいっぱいだったもので。よくやってたもんです。

ところで、こないだのCROSSOVER JAPANでもSHAKATAKは健在でしたし、「愛のコリーダ」って最近でもCMに使われたりしてましたね。小生が高校時代の曲でもやっぱり定番は定番として今でも生き残っているのが不思議なものです。
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身の上話 1

2005-11-02 00:46:08 | Weblog
昨日のブラバンの話で、小生吹奏楽部出身ということを書きましたが、懐かしついでということで、いかに小生が音楽を聴く側から演る側になったのかという経緯を少し。

以前も書いたと思うんですけど、最初にドラムに興味を持つきっかけとなったのが、中学の頃に初めて聴いた、EAGLESの「ONE OF THESE NIGHTS」。ハイハットにオープンを織り交ぜた刻みを聴いたとき、どうやってこんなことやってるんだろうな~、叩いてるシンバルの種類が違うのかな~、それとも位置が違うのか???などと思ったわけです。当時はドラムセットがどういうものか、もちろんハイハットなるしくみも全然知らんかったわけですからかわいいものです。

転機は高校の入学式の日。あれは確か新入生の入退場の賑やかしと校歌斉唱のためだったと思いますが、吹奏楽部が演奏してたんですね。そこで初めて見ましたドラムセットというものを。もちろん校歌には使いませんが、入退場の賑やかしはPOPSナンバーを演奏するわけですからそこでドラムセットが登場するわけです。
さて高校に入ったはいいが部活はどうしよ~運動やってもどうせ万年補欠だしな~と思っていたところに、目の前には憧れのドラムセット。その場でピンときましたよ、これしかない!って。かくして優柔不断の小生には珍しく即決で吹奏楽部の門を叩いたんですね。

今から思えばドラムがやりたいなどと言ったかどうかはわかりませんけど、吹奏楽部の皆さんからすればモノも知らんド素人のトンチンカンな奴が来たと思ったでしょうね。だってドラムセットがあるったって、普段はほとんど使うものではなく、やっぱ吹奏楽の打楽器の基本は、大太鼓小太鼓シンバル(ったって叩くんじゃなくて二枚合わせてバッシャーンとやる方です)ティンパニー、更には木琴鉄琴系がメインですから。

かくしてメトロノームに合わせてぶっといスティックで4・8・三連符・16を繰り返してイスを叩く毎日が始まったわけです。
その間、憧れのドラムセットは音楽室の防音室にバラされたまま放置されておりました。
・・・実際目の前でドラムセットを見たとき、以外と小さいモンなんだな~なんて思ったのは今でも覚えてます。
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