読売新聞の医療サイトyomiDr.の連載で高野利実先生の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」が連載されている。毎回楽しみにしているのだけれど、今回の記事はエンドレスの抗がん剤治療を余儀なくされている私にとって、惰性に流されないように、なぜ、治療をするのか、ということについて初心に帰ってしっかり頭に叩き込んでおくべき内容だと感じた。
迷ったらこれを読み返したいと思うので、長文だけれど、下記に転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」2021年1月20日
抗がん剤なんてつらいだけなのに、なんでやるんですか?
つらさを上回るものが得られるのかどうか
もし、抗がん剤がつらいだけなら、やらない方がよいに決まっています。つらさを上回るものが得られるのかどうか、よく考えることが重要です。
確かに、抗がん剤をやりたくてやるという人はあまりいませんし、つらい副作用もあるわけですが、副作用(マイナス)があったとしても、それを上回る「いいこと」(プラス)が期待できる場合に限って、抗がん剤を使います。
どんな医療行為にもプラス面とマイナス面があり、そのバランスを慎重に考えて、行うかどうかを判断するのが医療の本質ですので、これは、別に抗がん剤に限った話ではありません。でも、抗がん剤には、医療の中でも特にマイナスのイメージが染みついていて、「つらいだけのもの」と思っている方も多いようです。
もし、つらいだけでプラス面は感じられず、いやいや治療を受けているというのであれば、その治療をやめることを担当医と話し合うべきです。ただ、担当医は、「いいこと」があると期待して、その治療をしているはずですので、それをきちんと説明してもらうことが重要です。抗がん剤治療を行う医者は、「患者さんにつらい思いをさせるために治療をしている」と思われているのかもしれませんが、本当にそんな医者がいたら、すぐに医師免許を返上すべきでしょう。ほとんどの医者は、患者さんにとってプラスになることを願って、抗がん剤治療を行っています。その願いと、患者さんの認識が一致していないことが問題なんですね。
まずは、治療目標の共有を
治療にあたって、まずすべきなのは、患者さんと、医療者と、家族やまわりの人たちで、目標を共有することです。「何のために治療をするのか」について、同じ認識を持ち、同じ目標に向かって進むことが、治療の大前提です。医者がよかれと思っていても、「何のためにやっているのかわからない治療」では、とてもプラスを感じることはできません。
治療目標を共有した上で、次に行うのは、治療方針の話し合いです。一つひとつの選択肢について、プラス面とマイナス面を予測しながら、そのバランスを考え、患者さんの思いと、医療者の専門的な知識を出し合って、治療方針を決めます。
ただ、プラスやマイナスをどんなに予測しても、「やってみなければわからない」という側面は残りますので、治療を開始したあとは、実際に生じているプラス面とマイナス面を慎重に評価することが重要です。マイナスよりもプラスが上回っている場合には、プラスをさらに大きく、マイナスを小さくできるように調整しながら、治療を続けます。マイナスが上回っている場合には治療中止など、治療方針の修正を検討します。
「効果」とは「治療目標に近づくこと」
プラス面というのは、「効果」と言い換えられますが、「効果」とは、いったい何を指すのでしょうか?
「がんが治ること」
「がんが小さくなること」
「腫瘍マーカーが下がること」
「症状が楽になること」
「いい状態で過ごせること」
「長生きできること」
などの答えが聞こえてきます。
状況によっても、「効果」というのはいろいろありえるわけですが、間違いなく言えるのは、効果とは、「治療目標に近づくこと」だということです。
「がんが小さくなること」「腫瘍マーカーが下がること」は、効果を判断するときの参考にはなりますが、それが究極の目標というわけではないですので、本当の「効果」とは言えません。治療目標を共有した上で、本当の「効果」が何なのかを考えておくことも重要です。
遠隔転移のある進行がんの場合、がんを完全にゼロにすること(根治)は難しく、それは究極の目標でもないということは、前回のコラムで書きました。でも、根治できなければ意味がないと考えている患者さんも多くおられ、その場合は、根治が難しいことを前提に治療目標を考えている医者との間で、いろいろな食い違いが生じてしまいます。
進行がんの治療目標は「がんとうまく長くつきあう」こと
進行がんの場合、私の考える治療目標は、「がんとうまく長くつきあう」ことです。がんがあることは受け止めた上で、それが悪さをしないようにうまく抑えながら、いい状態で長生きすることを目指します。今ある症状をやわらげ、あるいは、今後生じる可能性のある症状を未然に防ぎ、生活の質(QOL)を高めること、そして、命の長さを延ばすこと、それが、「効果」ということになります。
これまで大切にしてきたこと、今置かれている立場や役割、これからやりたいことは、患者さん一人ひとりで様々ですので、それぞれが考える治療目標も違うでしょう。そういう価値観と治療目標を医療者と共有し、その上で治療の効果や副作用を考える必要があります。
副作用というマイナス面も、価値観によって重みが違います。たとえば、抗がん剤には脱毛という副作用がありますが、命の長さが延びるとしても、脱毛は絶対に避けたいと思う方もおられますし、脱毛はあまり気にしない、という方もおられます。指先を使う仕事をしている方にとっては、指先のしびれという副作用は特に気になります。
間違いなく副作用がある抗がん剤ですが、副作用があるから使わない、ということではなく、マイナスがあっても、それを上回るプラスがあるのかどうか、プラスとマイナスのバランスはどうなのか、副作用を抑えるためにどういう工夫ができるのか、効果はどうやって評価するのか、そんなことを意識して、医療者とも話し合いながら治療をしていくことが重要です。
「標準治療なのだから、やって当然だ」という説明をする医療者もいますが、治療目標や価値観によっては、標準治療だとしても受けないという選択をする場合もあるでしょう。常に、自分にとってプラスなのかという視点で治療を考え、やるとなれば、医療者と力を合わせて取り組むべきかと思います。治療目標を共有できていれば、同じ方向を目指しながら、より適切な副作用対策もできるはずです。
目標に逆行しているなら、すぐやめる
抗がん剤を実際に使ってみて、期待した効果が得られず、「つらいだけ」で終わってしまったという患者さんもおられます。「やらなければよかった」と思う場合もありえますので、治療を試すのかどうかは、慎重に考える必要があります。また、治療を試す場合も、プラスよりマイナスが上回るような場合にはすぐにやめる、という姿勢で取り組むのがよいと思います。治療すること自体が目標なのではなく、きちんとした目標のために行うのが治療ですので、目標に逆行しているならすぐにやめるべきです。
もちろん、抗がん剤で効果が得られて、「がんとうまく長くつきあう」という目標を達成できている患者さんはたくさんおられます。目標に近づけているという実感があり、「抗がん剤を続けたい」と思えるのであれば、副作用対策をきちんとしながら、治療を続けていきます。
「抗がん剤を開始してから、日に日に体調がよくなってきました」
「抗がん剤をやっていて、毎日自分らしく過ごせています」
というのが、抗がん剤治療の本来あるべき姿です。
「つらいだけ」と思われがちな抗がん剤ですが、イメージが先行してしまっているところもありそうです。次回も、抗がん剤に関する質問を取り上げたいと思います。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)
(転載終了)※ ※ ※
治療の目標はあくまで「がんとうまく長くつきあう」こと。この目標に近づけているという実感があるからこそ、副作用対策をあれこれ講じながら、なんとか治療を続けているのだ。
治療後が辛いのは確かだけれど、辛い症状が治まってきて副作用から脱すれば、次の治療までは体調良く自分らしく過ごすことが出来ている。
今年も少しでもうまく長くこの病と付き合っていきたい、と思うのである。
迷ったらこれを読み返したいと思うので、長文だけれど、下記に転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」2021年1月20日
抗がん剤なんてつらいだけなのに、なんでやるんですか?
つらさを上回るものが得られるのかどうか
もし、抗がん剤がつらいだけなら、やらない方がよいに決まっています。つらさを上回るものが得られるのかどうか、よく考えることが重要です。
確かに、抗がん剤をやりたくてやるという人はあまりいませんし、つらい副作用もあるわけですが、副作用(マイナス)があったとしても、それを上回る「いいこと」(プラス)が期待できる場合に限って、抗がん剤を使います。
どんな医療行為にもプラス面とマイナス面があり、そのバランスを慎重に考えて、行うかどうかを判断するのが医療の本質ですので、これは、別に抗がん剤に限った話ではありません。でも、抗がん剤には、医療の中でも特にマイナスのイメージが染みついていて、「つらいだけのもの」と思っている方も多いようです。
もし、つらいだけでプラス面は感じられず、いやいや治療を受けているというのであれば、その治療をやめることを担当医と話し合うべきです。ただ、担当医は、「いいこと」があると期待して、その治療をしているはずですので、それをきちんと説明してもらうことが重要です。抗がん剤治療を行う医者は、「患者さんにつらい思いをさせるために治療をしている」と思われているのかもしれませんが、本当にそんな医者がいたら、すぐに医師免許を返上すべきでしょう。ほとんどの医者は、患者さんにとってプラスになることを願って、抗がん剤治療を行っています。その願いと、患者さんの認識が一致していないことが問題なんですね。
まずは、治療目標の共有を
治療にあたって、まずすべきなのは、患者さんと、医療者と、家族やまわりの人たちで、目標を共有することです。「何のために治療をするのか」について、同じ認識を持ち、同じ目標に向かって進むことが、治療の大前提です。医者がよかれと思っていても、「何のためにやっているのかわからない治療」では、とてもプラスを感じることはできません。
治療目標を共有した上で、次に行うのは、治療方針の話し合いです。一つひとつの選択肢について、プラス面とマイナス面を予測しながら、そのバランスを考え、患者さんの思いと、医療者の専門的な知識を出し合って、治療方針を決めます。
ただ、プラスやマイナスをどんなに予測しても、「やってみなければわからない」という側面は残りますので、治療を開始したあとは、実際に生じているプラス面とマイナス面を慎重に評価することが重要です。マイナスよりもプラスが上回っている場合には、プラスをさらに大きく、マイナスを小さくできるように調整しながら、治療を続けます。マイナスが上回っている場合には治療中止など、治療方針の修正を検討します。
「効果」とは「治療目標に近づくこと」
プラス面というのは、「効果」と言い換えられますが、「効果」とは、いったい何を指すのでしょうか?
「がんが治ること」
「がんが小さくなること」
「腫瘍マーカーが下がること」
「症状が楽になること」
「いい状態で過ごせること」
「長生きできること」
などの答えが聞こえてきます。
状況によっても、「効果」というのはいろいろありえるわけですが、間違いなく言えるのは、効果とは、「治療目標に近づくこと」だということです。
「がんが小さくなること」「腫瘍マーカーが下がること」は、効果を判断するときの参考にはなりますが、それが究極の目標というわけではないですので、本当の「効果」とは言えません。治療目標を共有した上で、本当の「効果」が何なのかを考えておくことも重要です。
遠隔転移のある進行がんの場合、がんを完全にゼロにすること(根治)は難しく、それは究極の目標でもないということは、前回のコラムで書きました。でも、根治できなければ意味がないと考えている患者さんも多くおられ、その場合は、根治が難しいことを前提に治療目標を考えている医者との間で、いろいろな食い違いが生じてしまいます。
進行がんの治療目標は「がんとうまく長くつきあう」こと
進行がんの場合、私の考える治療目標は、「がんとうまく長くつきあう」ことです。がんがあることは受け止めた上で、それが悪さをしないようにうまく抑えながら、いい状態で長生きすることを目指します。今ある症状をやわらげ、あるいは、今後生じる可能性のある症状を未然に防ぎ、生活の質(QOL)を高めること、そして、命の長さを延ばすこと、それが、「効果」ということになります。
これまで大切にしてきたこと、今置かれている立場や役割、これからやりたいことは、患者さん一人ひとりで様々ですので、それぞれが考える治療目標も違うでしょう。そういう価値観と治療目標を医療者と共有し、その上で治療の効果や副作用を考える必要があります。
副作用というマイナス面も、価値観によって重みが違います。たとえば、抗がん剤には脱毛という副作用がありますが、命の長さが延びるとしても、脱毛は絶対に避けたいと思う方もおられますし、脱毛はあまり気にしない、という方もおられます。指先を使う仕事をしている方にとっては、指先のしびれという副作用は特に気になります。
間違いなく副作用がある抗がん剤ですが、副作用があるから使わない、ということではなく、マイナスがあっても、それを上回るプラスがあるのかどうか、プラスとマイナスのバランスはどうなのか、副作用を抑えるためにどういう工夫ができるのか、効果はどうやって評価するのか、そんなことを意識して、医療者とも話し合いながら治療をしていくことが重要です。
「標準治療なのだから、やって当然だ」という説明をする医療者もいますが、治療目標や価値観によっては、標準治療だとしても受けないという選択をする場合もあるでしょう。常に、自分にとってプラスなのかという視点で治療を考え、やるとなれば、医療者と力を合わせて取り組むべきかと思います。治療目標を共有できていれば、同じ方向を目指しながら、より適切な副作用対策もできるはずです。
目標に逆行しているなら、すぐやめる
抗がん剤を実際に使ってみて、期待した効果が得られず、「つらいだけ」で終わってしまったという患者さんもおられます。「やらなければよかった」と思う場合もありえますので、治療を試すのかどうかは、慎重に考える必要があります。また、治療を試す場合も、プラスよりマイナスが上回るような場合にはすぐにやめる、という姿勢で取り組むのがよいと思います。治療すること自体が目標なのではなく、きちんとした目標のために行うのが治療ですので、目標に逆行しているならすぐにやめるべきです。
もちろん、抗がん剤で効果が得られて、「がんとうまく長くつきあう」という目標を達成できている患者さんはたくさんおられます。目標に近づけているという実感があり、「抗がん剤を続けたい」と思えるのであれば、副作用対策をきちんとしながら、治療を続けていきます。
「抗がん剤を開始してから、日に日に体調がよくなってきました」
「抗がん剤をやっていて、毎日自分らしく過ごせています」
というのが、抗がん剤治療の本来あるべき姿です。
「つらいだけ」と思われがちな抗がん剤ですが、イメージが先行してしまっているところもありそうです。次回も、抗がん剤に関する質問を取り上げたいと思います。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)
(転載終了)※ ※ ※
治療の目標はあくまで「がんとうまく長くつきあう」こと。この目標に近づけているという実感があるからこそ、副作用対策をあれこれ講じながら、なんとか治療を続けているのだ。
治療後が辛いのは確かだけれど、辛い症状が治まってきて副作用から脱すれば、次の治療までは体調良く自分らしく過ごすことが出来ている。
今年も少しでもうまく長くこの病と付き合っていきたい、と思うのである。