昨日は治療の合間に2冊読んだ。2冊とも、この方たちの書くものなら面白くないわけがないと手に取ったもの。期待を裏切られず、あっという間に引き込まれ、堪能した。
1冊目は原田マハさんの「あなたは、誰かの大切な人」(講談社文庫)。
帯には「疲れた心に必ず効く、読む特効薬。まだまだ人生、捨てたもんじゃない。六つの小さな幸福の物語」とある。
裏表紙には「年を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない人の存在に気が付いた時の温かい気持ちを描く珠玉の六篇」とあるが、どのお話もじんわり心に沁みた。
解説をフリーライターの瀧井朝世さんが書いておられるが、「生き方を自由に選べる。それはとても理想的なことに聞こえる。しかし、自由は時として孤独をともなうし、それなりの苦労だってある。世の中、生き方がひとそれぞれになってくると人の人生観も多様化するわけで、身近な人と分かり合えなくなったりもする。「人は結局一人なのだ」という言葉がふと胸をよぎるけれど、でも、だからこそ誰かと心と心が繋がる瞬間は奇跡的なものなのだ。その喜びを改めて感じさせてくれるのがこの短編集だ」とある通りじんわり沁みるタイトルである。
アラフォーからアラフィフの女性たち6人。たとえばラストの「皿の上の孤独」の野中咲子は48歳。8年前にステージⅢBの乳がんを患い、再発を恐れながらも、今日を生き、明日を生きようと日々思いながら前に進んでいる。孤独の大切さや孤独を愛する人の豊かさを否定しない優しさのある物語である。
そして瀧井さんがラストに書かれているとおり、“「自分は、自分の大切な人」ということ。自分と自分のこれまでを受け入れて、これからへと目を向けていく。その姿勢があるからこそ、人は本当に誰かのことを大切に思うことが出来るし、あるいは自分は誰かに大切に思われていることを信じられるのではないだろうか。・・・自分自身は最強の味方だ、という著者から読者への真摯なメッセージなのである”に同感だ。
2冊目は小川糸さんの「にじいろガーデン」(集英社文庫)。
小川さんの作品もいつも心温まる素敵なお話ではずれがない。そういえばテレビドラマで最近「ツバキ文具店」が放映されていた。原作のイメージ通り素敵なものに仕上がっていたと思う。「つるかめ助産院」も沖縄ロケが美しかったことを思い出す。
そして今回は“にじいろ”がポイントになっている。LGBTのレインボーカラーがモチーフなのである。帯には「息子一人、娘一人、母二人。自由で新たな家族のカタチを目指してー。生きることの本当の素晴らしさを教えてくれる愛と再生の物語」とある。
裏表紙の言葉を少し借りてご紹介すれば、「ひょんなことから知り合った泉と千代子。やがて二人は魅かれあい、お互いをかけがえのない存在と知り、家族としてともに歩むことを決意し、理想の地を求めて山里へ移り住む。沢山の喜びを紡いだ一家の軌跡を描く感動長篇」である。1章はカカ・泉の、2章はママ・千代子の、3章は息子・草介の、エピローグは娘・宝の語りになっている。
あまりに切なく、辛いラストを迎えるのだけれど、それでも不思議と心が温かくなり、救いのある物語なのは小川さんの成せる技だと思う。
投与翌日。体調は当然のごとく優れない。朝は果物とスムージー、ロールパンをひとつだけなんとかお腹に入れる。昨日処方された口腔内軟膏を塗るのが一苦労。ただでさえ気持ち悪いのに、上顎をティッシュで拭き取って乾燥させてから隆起部分に綿棒で塗る、という作業は普通でもオエッとするだろう。難儀だ。なんとなく熱っぽく顔が浮腫んだ感じなのはいつもどおり。
それでも出勤すれば、あれやこれやとやることがあるので気が紛れる。ずっと家にいたら間違いなく横になって一日過ぎるだろう。ろくに食事もしないで。
昼は具なしの冷麺をするすると。力仕事もするから、気持ち悪くてもお腹は空く。全く食べられないというわけではないから、半ば義務的にお腹に入れている。そんな食べ方なので、マグラックスを飲んでも今日はお通じがお休みだ。
昨日で葛根湯を飲むのはやめたが、まだ鼻水はズルズルでティッシュは手放せない。私が風邪をうつした夫はあっという間に治ってしまったのに。基礎体力の違いを実感。
今週は土曜日が出勤。あと一日頑張れば、といえないところが辛いところだ。せめて早く寝なくては。
1冊目は原田マハさんの「あなたは、誰かの大切な人」(講談社文庫)。
帯には「疲れた心に必ず効く、読む特効薬。まだまだ人生、捨てたもんじゃない。六つの小さな幸福の物語」とある。
裏表紙には「年を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない人の存在に気が付いた時の温かい気持ちを描く珠玉の六篇」とあるが、どのお話もじんわり心に沁みた。
解説をフリーライターの瀧井朝世さんが書いておられるが、「生き方を自由に選べる。それはとても理想的なことに聞こえる。しかし、自由は時として孤独をともなうし、それなりの苦労だってある。世の中、生き方がひとそれぞれになってくると人の人生観も多様化するわけで、身近な人と分かり合えなくなったりもする。「人は結局一人なのだ」という言葉がふと胸をよぎるけれど、でも、だからこそ誰かと心と心が繋がる瞬間は奇跡的なものなのだ。その喜びを改めて感じさせてくれるのがこの短編集だ」とある通りじんわり沁みるタイトルである。
アラフォーからアラフィフの女性たち6人。たとえばラストの「皿の上の孤独」の野中咲子は48歳。8年前にステージⅢBの乳がんを患い、再発を恐れながらも、今日を生き、明日を生きようと日々思いながら前に進んでいる。孤独の大切さや孤独を愛する人の豊かさを否定しない優しさのある物語である。
そして瀧井さんがラストに書かれているとおり、“「自分は、自分の大切な人」ということ。自分と自分のこれまでを受け入れて、これからへと目を向けていく。その姿勢があるからこそ、人は本当に誰かのことを大切に思うことが出来るし、あるいは自分は誰かに大切に思われていることを信じられるのではないだろうか。・・・自分自身は最強の味方だ、という著者から読者への真摯なメッセージなのである”に同感だ。
2冊目は小川糸さんの「にじいろガーデン」(集英社文庫)。
小川さんの作品もいつも心温まる素敵なお話ではずれがない。そういえばテレビドラマで最近「ツバキ文具店」が放映されていた。原作のイメージ通り素敵なものに仕上がっていたと思う。「つるかめ助産院」も沖縄ロケが美しかったことを思い出す。
そして今回は“にじいろ”がポイントになっている。LGBTのレインボーカラーがモチーフなのである。帯には「息子一人、娘一人、母二人。自由で新たな家族のカタチを目指してー。生きることの本当の素晴らしさを教えてくれる愛と再生の物語」とある。
裏表紙の言葉を少し借りてご紹介すれば、「ひょんなことから知り合った泉と千代子。やがて二人は魅かれあい、お互いをかけがえのない存在と知り、家族としてともに歩むことを決意し、理想の地を求めて山里へ移り住む。沢山の喜びを紡いだ一家の軌跡を描く感動長篇」である。1章はカカ・泉の、2章はママ・千代子の、3章は息子・草介の、エピローグは娘・宝の語りになっている。
あまりに切なく、辛いラストを迎えるのだけれど、それでも不思議と心が温かくなり、救いのある物語なのは小川さんの成せる技だと思う。
投与翌日。体調は当然のごとく優れない。朝は果物とスムージー、ロールパンをひとつだけなんとかお腹に入れる。昨日処方された口腔内軟膏を塗るのが一苦労。ただでさえ気持ち悪いのに、上顎をティッシュで拭き取って乾燥させてから隆起部分に綿棒で塗る、という作業は普通でもオエッとするだろう。難儀だ。なんとなく熱っぽく顔が浮腫んだ感じなのはいつもどおり。
それでも出勤すれば、あれやこれやとやることがあるので気が紛れる。ずっと家にいたら間違いなく横になって一日過ぎるだろう。ろくに食事もしないで。
昼は具なしの冷麺をするすると。力仕事もするから、気持ち悪くてもお腹は空く。全く食べられないというわけではないから、半ば義務的にお腹に入れている。そんな食べ方なので、マグラックスを飲んでも今日はお通じがお休みだ。
昨日で葛根湯を飲むのはやめたが、まだ鼻水はズルズルでティッシュは手放せない。私が風邪をうつした夫はあっという間に治ってしまったのに。基礎体力の違いを実感。
今週は土曜日が出勤。あと一日頑張れば、といえないところが辛いところだ。せめて早く寝なくては。