散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
コメント歓迎、ただし仕事関連のお問い合わせには対応していません。

モズの季節

2024-12-17 15:53:00 | 日記
2024年12月17日(火)

O君から:
 午前中、荒川に行って帰ってきたところです。昨夜、話題になったモズを二か所で撮影したので、何かの縁と思い写真を送ります。
 一羽はバスケットボールのゴールの板(「バックボード」と言うようです)の上隅にいて、しばらくすると地面に降りて来て虫?を捕えると(お見事!)、どこかに飛んで行ってしまいました。

 ⇒ 


O君へ:
 2カ所で別々のモズと会ったのですか?羨ましいこと!写真もさすが、よく撮れていますね。
 モズという鳥の、小さいくせにグンと胸を張って、何ものにも負けない気概を示すところが大好きです。
 貴兄の目の前で獲物を捕らえてみせた一羽は、数年前に松山郊外のわが家の庭で、立てかけた鍬の柄に舞い降りた鳥と重なります。

 冬はモズ夏はツバメの遊ぶらむ

 ありがとうございました!

Ω

少しだけ多い

2024-11-18 08:07:15 | 日記
2024年11月18日(月)

E君より来信:
 いい詩に出会いました。ロシアのロックグループ「マシーナ・ブレーメニ」(タイムマシンのこと)のリーダー、アンドレイ・マカレーヴィチの歌詞です。 
 彼は今、外国に出ているようです。

幾百年の世紀をまたぎ 悪がはびころうとも
空がふたたび 煙で覆われようとも
それでもこの世界の生は 死より少しだけ多い
そしてこの世界の光は 闇より少しだけ多い

アンドレイ・マカレーヴィチ「空虚な約束を」より
訳 奈倉優里

 大統領選以降、国外へ出ようとするアメリカ人が増えている。県知事選の結果を知って、兵庫を離れたいと親族が言ってきた。
 それよりさしせまったロシアの状況の中、詩人が籠の外で無事に歌い続けられますように。

Ω

アメリカ大統領選開票結果

2024-11-07 09:24:23 | 日記
2024年11月7日(木)
 昨日は一日、この件で落ち着かなかった。落ち着かなさが数日続くことも覚悟していたが、蓋を開ければその日のうちにあっけなく決着した。
 2000年の大統領選では当初ゴアの勝勢が伝えられ、それを前提に記事を日本に書き送って床に就いたところ、朝起きたらブッシュが勝っていて大慌てで記事を差し替えたという逸話をベテランのテレビ記者が語っていた。同じことが起きないかと、一抹の期待も虚しく終わる。
 民主党の政策やハリス候補を評価するものではないが、トランプ氏が当選するようでは何も語れないし、今後に向けて不安と恐怖しか浮かんでこない、そればかりはどうぞ御勘弁というところだった。

 中東で終わりの見えない人道危機に関連して、アラブ系市民の票がトランプ氏に流れているという直前の新聞報道が、ことの一面を説明する。
 この人々が2017年のできごとを忘れているとは思えないし、思いたくない。同年5月、当時のトランプ大統領は在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移し、12月にはエルサレムをイスラエルの首都として正式に承認した。親イスラエル的なアメリカの歴代政権が、中東の歴史と現実を慮って手を出さずにいた火中の栗を、この大統領は躊躇なく拾ったのである。当時ロイター通信はこの決断が「悲惨な代償を招くことになる」と警告した。まさしくその通りで、現在のガザの惨状については他ならぬトランプ氏自身が小さからぬ責任を負っている。
 そうと分かっていても、大量殺戮に資する武器兵器の供与を止めようとしない民主党政権は、現時点でよりさし迫った目に見える敵なのである。この選挙でNO を突きつけることは当然の反応だが、トランプ氏の任期が始まってこれらの人々が安心できるかと言えば、おそらく現実は逆の方向に動くだろう。
 
 日中は都内で用事があり、居合わせた婦人たちに開票結果が気になってと話したところ、即座の反応が「そうなんですか、よくわからないし関心もないので」というものだった。人生経験も教養も豊かに備え、社会奉仕に淡々と携わる人の言葉だけに驚いた。意識や見識がどうこうというのではない、我々の生活に直接影響を与えかねない事柄であり、生活防衛を考えるなら聞き耳を立てずにはいられないこと、のはずなのだが。

 夜、E君からメールあり:
> かつてヒトラーとスターリンが秘密協定でヨーロッパを二分しようとしたように、トランプとプーチンと習近平が世界を三つに分ける暗黙の合意を結ぶことになりそうですね。ジョージ・オーウェルの予言が現実となるわけです。
 「悪の支配する世界でどう生きていくべきなんでしょう」とメールが結ばれている。「終わりの始まり」という言葉が頭上にちらつく。

 いつの時代にも多くの人々がそのように感じ、それにも関わらず歴史は続き人類は生き延びてきたのだと、努めて考えながら一日を始める。

Ω

犬に薬をかじられて

2024-10-29 10:25:50 | 日記
2024年10月28日(月)

 15時過ぎに診療が途切れ、目の前にぽっかり空間が開けた。
 「笑い」というものについて、何か書くことができるだろうか。
 何が必要といって、笑いほど大事なものはない。人はいずれ死ぬに決まっているが、和やかに笑って死ぬことができるなら、死の怖さも不快も超えやすいものになるだろう。
 笑うというより笑むと言いたい。「笑む」は「咲む」とも書くことまでは、週末に調べがついている。「花のつぼみが咲きほころぶように、頬が明るく開きこぼれる」のが「ほほえみ」である。
 微笑みの讃頌を記せないかと思ってみるが、この主のことを賢(さか)しらに言挙げしようというのが野暮な話で、くどくど書かかれた千万言も、幼子の無心な一笑に軽く吹き飛ばされるだけである。
 それでも何か、書けないかしらん。

 「先生、あの」
 「はい?」
 「モリグチさんからお電話がありまして、」
 「はぁ」
 「犬がお薬をかじってしまったんだそうで、」
 「犬?」
 「はい、愛犬にお薬を食べられてしまって、足りなくなった分を処方していただきたいと」
 「はぁ」
 「でも犬も具合が悪くなって、これから病院に連れていくので、今日は来られないから、明日処方していただきたいのだそうで」
 「はいはい」
 
 いつもの調子で淡々と報告する女性事務長が、見あげて目が合った途端たまらず笑いくずれた。おっちょこちょいの美人さんが、愛犬を抱えて右往左往する姿が目の前に浮かんだ。

 「何をどれだけ食べちゃったのかわかりませんけど、大した薬は出てませんから心配要らないかな。そう言ってあげましょうか?」
 「たぶん、もう受診してらっしゃる頃かと」

 朝からの鬱(ふさ)ぎの虫が、これであらかた融けて流れた。
 どうぞお大事に。
Ω