今年は新型コロナウイルスの影響で仕事が1/5からとなったため、前日の4日に和歌山の神社を回ってみます。
和歌山では以前和歌浦周辺の神社を回っていますが、今回は和歌山電鉄(正式には和歌山電鐵ですが面倒なので以下「鉄」を使用)沿線の神社を回ってみたいと思います。同社では沿線の「三社参り」を案内しており、1/4からは一日乗車券の購入者に「三社参り御朱印帖」を配布しています(3/21まで:400部限定)。面白そうなのでこれに参加してみます。
振り出しはJR和歌山駅から。9番線が和歌山電鉄の乗り場です。
和歌山電鉄は廃線話の挙がった南海貴志川線を引き継ぐために岡山の両備グループが設立した会社で、線路などは地元自治体が所有し、会社は電車の運行を担う上下分離の形を取っています。
貴志駅に住み着いていた猫の「たま」を駅長に仕立てて話題作りをして注目されましたが、たまは2015年に天寿を全うし、今は他の猫たちが駅長になっています。
9番線の乗り場前に和歌山電鉄の詰め所があり、ここで1日乗車券を買うことができます。電車も南海から引き継いだものです。チャギントン電車のようです。昼は30分ごとの運転です。
車内はこんな感じ。電車はたいしてスピードを出さないのに揺れが酷く、座ってないと危ないくらいです。駅のホームから線路を見ると枕木が腐っていてこれでは揺れるでしょうね。
ほぼ中間の伊太祁曽駅に到着。
和歌山電鉄の本社が置かれており、ゴチャゴチャとグッズが並べられて売られています。
ここから車道に出て少し行くと伊太祁曽神社の鳥居が見えます。ここからさらに歩きます。
伊太祁曽神社は五十猛命らを祭神としています。五十猛命は「木の神様」とされ、木材関係者の信仰が厚いそうです。創建年ははっきりしませんが、8世紀の続日本紀に出てくるためそれ以前の創建であったことは分かっています。
木の神様のためチェーンソーアートが奉納されています。
伊太祁曽神社の御朱印です。
伊太祁曽駅に戻ります。伊太祁曽駅で行き違いをしており、貴志行きが先に到着。
元南海の電車だったので重量に「瓲」が使われています。
次は竈山駅で下車です。
バラックみたいな駅舎です。ここからすぐに竈山神社の鳥居があります。
しかし竈山神社まではさらに徒歩10分少々。
ようやく到着。
神武天皇の長兄である彦五瀬命を祭神としています。浪速国の平定中に敵の矢に当たり彦五瀬命は負傷、この竃山で亡くなり葬られたとされており、隣接して宮内庁が管理する陵墓があります。
明治の初め頃までは小さな社であったようですが、一転して国から保護され神社の社格が段階的に引き上げられ、大正年間にはトップクラスである官幣大社にまで昇格しています。明治神宮や伏見稲荷と同格、伊太祁曽神社より上でこのようなケースは他にないそうです。このため境内も戦前に国の援助を受けて整備され立派な神社となりました。本殿は1939年に完成したものです。
竈山神社の御朱印です。
後半に続きます。御朱印情報は最後にまとめてご紹介します。
和歌山では以前和歌浦周辺の神社を回っていますが、今回は和歌山電鉄(正式には和歌山電鐵ですが面倒なので以下「鉄」を使用)沿線の神社を回ってみたいと思います。同社では沿線の「三社参り」を案内しており、1/4からは一日乗車券の購入者に「三社参り御朱印帖」を配布しています(3/21まで:400部限定)。面白そうなのでこれに参加してみます。
振り出しはJR和歌山駅から。9番線が和歌山電鉄の乗り場です。
和歌山電鉄は廃線話の挙がった南海貴志川線を引き継ぐために岡山の両備グループが設立した会社で、線路などは地元自治体が所有し、会社は電車の運行を担う上下分離の形を取っています。
貴志駅に住み着いていた猫の「たま」を駅長に仕立てて話題作りをして注目されましたが、たまは2015年に天寿を全うし、今は他の猫たちが駅長になっています。
9番線の乗り場前に和歌山電鉄の詰め所があり、ここで1日乗車券を買うことができます。電車も南海から引き継いだものです。チャギントン電車のようです。昼は30分ごとの運転です。
車内はこんな感じ。電車はたいしてスピードを出さないのに揺れが酷く、座ってないと危ないくらいです。駅のホームから線路を見ると枕木が腐っていてこれでは揺れるでしょうね。
ほぼ中間の伊太祁曽駅に到着。
和歌山電鉄の本社が置かれており、ゴチャゴチャとグッズが並べられて売られています。
ここから車道に出て少し行くと伊太祁曽神社の鳥居が見えます。ここからさらに歩きます。
伊太祁曽神社は五十猛命らを祭神としています。五十猛命は「木の神様」とされ、木材関係者の信仰が厚いそうです。創建年ははっきりしませんが、8世紀の続日本紀に出てくるためそれ以前の創建であったことは分かっています。
木の神様のためチェーンソーアートが奉納されています。
伊太祁曽神社の御朱印です。
伊太祁曽駅に戻ります。伊太祁曽駅で行き違いをしており、貴志行きが先に到着。
元南海の電車だったので重量に「瓲」が使われています。
次は竈山駅で下車です。
バラックみたいな駅舎です。ここからすぐに竈山神社の鳥居があります。
しかし竈山神社まではさらに徒歩10分少々。
ようやく到着。
神武天皇の長兄である彦五瀬命を祭神としています。浪速国の平定中に敵の矢に当たり彦五瀬命は負傷、この竃山で亡くなり葬られたとされており、隣接して宮内庁が管理する陵墓があります。
明治の初め頃までは小さな社であったようですが、一転して国から保護され神社の社格が段階的に引き上げられ、大正年間にはトップクラスである官幣大社にまで昇格しています。明治神宮や伏見稲荷と同格、伊太祁曽神社より上でこのようなケースは他にないそうです。このため境内も戦前に国の援助を受けて整備され立派な神社となりました。本殿は1939年に完成したものです。
竈山神社の御朱印です。
後半に続きます。御朱印情報は最後にまとめてご紹介します。