桜の木ほど、変幻自在に人間のこころを揺りうごかす木はないかもしれません。
春。満開の桜の花びらの散り落ちる下で、人びとは浮かれ、その花を愛でます。うす桃色の花びらは、あたかも人びとを癒すかのように舞い落ちます。
けれど、桜が本性を現すのは、あたりが夜の闇につつまれる頃です。
かなり昔、坂口安吾の『桜の満開の木の下で』を読んで以来、お花見を楽しみながらも、胸のどこかで桜を警戒するような節があることに気づかされます。夜桜の美しさは、ひとのこころをゆさぶります。立ち入り禁止の領域へと誘われるような不安にかられます。
けれど初夏。葉桜の季節になると、青々と緑豊かな木は、さわやかで清冽な風を運んできます。
そしていま。
桜の木はすっかり黄葉し、風がふくたび金色の葉っぱが空を舞います。
まるで、折り紙のなかに一枚だけ入っている、すごく大切に使っていた金色の折り紙を、葉っぱの形に切りそろえたような葉っぱを。
私は口をあんぐり開け、その木を見上げています。
写真は、口をあんぐり開けた角度から撮った桜の木です。
春。満開の桜の花びらの散り落ちる下で、人びとは浮かれ、その花を愛でます。うす桃色の花びらは、あたかも人びとを癒すかのように舞い落ちます。
けれど、桜が本性を現すのは、あたりが夜の闇につつまれる頃です。
かなり昔、坂口安吾の『桜の満開の木の下で』を読んで以来、お花見を楽しみながらも、胸のどこかで桜を警戒するような節があることに気づかされます。夜桜の美しさは、ひとのこころをゆさぶります。立ち入り禁止の領域へと誘われるような不安にかられます。
けれど初夏。葉桜の季節になると、青々と緑豊かな木は、さわやかで清冽な風を運んできます。
そしていま。
桜の木はすっかり黄葉し、風がふくたび金色の葉っぱが空を舞います。
まるで、折り紙のなかに一枚だけ入っている、すごく大切に使っていた金色の折り紙を、葉っぱの形に切りそろえたような葉っぱを。
私は口をあんぐり開け、その木を見上げています。
写真は、口をあんぐり開けた角度から撮った桜の木です。