夏休み初っ端の3連休は、縁あって松本へ行って来ました。
松本といえば松本城。現存天守12城の1つであり、さらに国宝5城の中の1つでもあります。ちなみに残りは姫路城、彦根城、犬山城と、今年加わった松江城で、現存天守は国宝プラス弘前城、丸岡城、備中松山城、松山城、高知城、宇和島城、丸亀城ですな。自分は、近くまで行って外観を見た程度のカウントなら既に9城攻め終わっており、残りは弘前、備中松山とココ松本城。世界遺産も現在攻めあぐね中なので、同時進行でこの現存天守も積極的に攻めて行くことにし、今回は折角松本まで来たので天守まで上っていくことにしました。
待ち時間60分orz
暑さと渋滞を避けるため、閉館ギリギリに行ってみたのが裏目に出た形ですね。まあ3連休中日なので、昼間はもっと大変だったということにしておきましょう。今まで城の内部でちょいと階段待ちぐらいはしたことがありますが、まさか入場するだけに30分もかかるとは・・・流石国宝ですな。と言うか、それこそこの前国宝になった松江城や、真っ白に生まれ変わった姫路城が混むのなら分かりますが、松本城お前もか!?客層は外国人もいましたけど目立つのは家族連れ。つまり自然渋滞でこの集客力ということです。余程惹きつける何かがあるのでしょう。
現存天守の中では唯一の平城。黒いのは戦国時代築城の証ですが、守りは専ら水堀ということでしょうか。最大の特徴は向かって右下部に見える赤い月見櫓ですね。非常に美しいデザインは流石国宝だと思いました。ただし、内部も押し合いへし合い上っていき、駐車場代も心配で肝心の天守でも長居できず、最後に空いてきた月見櫓で記念写真を撮ったものの、城は外から眺めるだけで十分かなと思いました。
日本の城というのは世界的に見ても非常に特徴的な日本文化を代表する建物だと思うので、これらの国宝や現存天守は世界遺産にもっと選ばれていても良いと思うのですが、おそらく1993年の第一号に姫路城を単独で登録させたことで、良くも悪くも姫路城が「日本の城の代表」となってしまったのでしょう。現在、同じく国宝の彦根城も暫定リスト入りを果たして頑張っていますが、姫路城に比肩する顕著な特徴を見出すのに苦心しているようですしね。つまりユネスコにすれば「城は1つ登録されているのだからもう十分でしょ?」というわけです。まあ彦根城が通ればここ松本城も黙っていないでしょうし、犬山城や松江城だって同じです。それこそ今回の産業革命遺産のようなシリアルノミネーション方式を用いれば、「日本の名城」と言う形で5城ないしは12城の同時登録を目指すこともできたわけです。他にも、例えば法隆寺では同じく飛鳥時代の暫定リスト物件である飛鳥・藤原の宮都もまとめられたでしょうし、京都の世界遺産には世界中に大人気の伏見稲荷が含まれていません。あと、紀伊山地霊場には、参詣道つながりで四国遍路も組み込めたかもしれません。何かこうしてみると、初期の頃の登録は今後のビジョンのない戦略ミスだったような気がしてなりませんな。
ちなみにはっきり天守に上った記憶と記録(デジカメデータ)があるのは今回の松本と高知・松江のみ。もう一回攻め直すか・・・
松本といえば松本城。現存天守12城の1つであり、さらに国宝5城の中の1つでもあります。ちなみに残りは姫路城、彦根城、犬山城と、今年加わった松江城で、現存天守は国宝プラス弘前城、丸岡城、備中松山城、松山城、高知城、宇和島城、丸亀城ですな。自分は、近くまで行って外観を見た程度のカウントなら既に9城攻め終わっており、残りは弘前、備中松山とココ松本城。世界遺産も現在攻めあぐね中なので、同時進行でこの現存天守も積極的に攻めて行くことにし、今回は折角松本まで来たので天守まで上っていくことにしました。
待ち時間60分orz
暑さと渋滞を避けるため、閉館ギリギリに行ってみたのが裏目に出た形ですね。まあ3連休中日なので、昼間はもっと大変だったということにしておきましょう。今まで城の内部でちょいと階段待ちぐらいはしたことがありますが、まさか入場するだけに30分もかかるとは・・・流石国宝ですな。と言うか、それこそこの前国宝になった松江城や、真っ白に生まれ変わった姫路城が混むのなら分かりますが、松本城お前もか!?客層は外国人もいましたけど目立つのは家族連れ。つまり自然渋滞でこの集客力ということです。余程惹きつける何かがあるのでしょう。
現存天守の中では唯一の平城。黒いのは戦国時代築城の証ですが、守りは専ら水堀ということでしょうか。最大の特徴は向かって右下部に見える赤い月見櫓ですね。非常に美しいデザインは流石国宝だと思いました。ただし、内部も押し合いへし合い上っていき、駐車場代も心配で肝心の天守でも長居できず、最後に空いてきた月見櫓で記念写真を撮ったものの、城は外から眺めるだけで十分かなと思いました。
日本の城というのは世界的に見ても非常に特徴的な日本文化を代表する建物だと思うので、これらの国宝や現存天守は世界遺産にもっと選ばれていても良いと思うのですが、おそらく1993年の第一号に姫路城を単独で登録させたことで、良くも悪くも姫路城が「日本の城の代表」となってしまったのでしょう。現在、同じく国宝の彦根城も暫定リスト入りを果たして頑張っていますが、姫路城に比肩する顕著な特徴を見出すのに苦心しているようですしね。つまりユネスコにすれば「城は1つ登録されているのだからもう十分でしょ?」というわけです。まあ彦根城が通ればここ松本城も黙っていないでしょうし、犬山城や松江城だって同じです。それこそ今回の産業革命遺産のようなシリアルノミネーション方式を用いれば、「日本の名城」と言う形で5城ないしは12城の同時登録を目指すこともできたわけです。他にも、例えば法隆寺では同じく飛鳥時代の暫定リスト物件である飛鳥・藤原の宮都もまとめられたでしょうし、京都の世界遺産には世界中に大人気の伏見稲荷が含まれていません。あと、紀伊山地霊場には、参詣道つながりで四国遍路も組み込めたかもしれません。何かこうしてみると、初期の頃の登録は今後のビジョンのない戦略ミスだったような気がしてなりませんな。
ちなみにはっきり天守に上った記憶と記録(デジカメデータ)があるのは今回の松本と高知・松江のみ。もう一回攻め直すか・・・