そうね、一言見事だね・・・それが似合うね。自宅で頑張ったのね。
もう終わりはすぐそこ・・・そんな感じなのね。もうほぼ何も起こらずにね。
そうなると、新作の話なんて事になるんだけれど・・・本来この作品と一緒に持って来た
フラメンコがテ-マの下絵があって・・・それも甲乙付け難いものだったんだけれど、
どっちかと言うと簡単だと思われたこっちの魔女を俺が選んだ・・・そんな経緯があって
それをやりたい・・・と言うので1つ遊びの作品を挟もうって話をしたんだけれど・・・
それがそのフラメンコの作品をぺきぺきでやりたい・・・って言うのね・・・
えぇぇぇ勿体無いぃぃ・・・あの下絵、結構完成度が高いのに・・・そんな話をしたが、
そうは言ったが、それもありかな・・・とも思い、まっ良いか・・・ただ遊びにはきっと
ならない作品になるだろうけれど・・・・ただぺきぺきな分いくらか進み具合が
自分で操作出来る・・・それで気分的に果てしない・・・それが無いだけでも、
何とかなるか・・・となる。恐らく次回かその次には完成を観る事になるはず・・・
そんな中、ちょっとビックリした話があって・・・・それがどうやらプロレス好きらしい
のね・・・。それもかなりのね。俺も割りと好きな方なんだけれど、技の名前も言うし、
何しろ凄いのは最近観に行ったらしいのね。人は見かけによらない・・・ってこんな時に
使うんだろうなぁ・・・見た目も話し方も穏やかそうな方なんだけれど・・・。
ただ、こんな話がとても大事だったりもする。何しろそんな面もある・・・そう言う話は
今後の作品の相談の時も場合に寄っては生かされる事はあるのね。
それは見た目や話し方での思い込みがあったりすると、こんな色かな?なんてこっちから
提案するような場合、思い切り外す事にも繋がるのね。
しかもそのプロレスの話の中で誰が好き?なんて話を広げて見たんだけれど、
その中で、良く俺が使う華のある選手・・・みたいな表現についての華って部分を
掘り下げて質問されてね・・・そうね、例えばメインのカ-ドになれるような選手だったり、落語なら真打だったり、サッカ-ならFWとして点を入れる選手だったり・・・
ただそれだけは華のある・・・の権利に過ぎず、本来の華がある・・・って言うのは、
えぇぇぇ、その人が出ないのぉぉ・・・・と落胆されるような人で、更に言えば
他では代わりにならない・・・そんな人。例えば誰でも知っているイチロ-選手なら、
成績、知名度、商品価値、すべて揃っているだろう。これなら文句無しで判り易い。
しかし、新庄さんのように成績では見劣りはあるものの、知名度、商品価値ならば、
しのぐ勢いはあった。こんな場合に華がある選手だった・・・そんな表現にもなる。
ただ目立つだけで無く、魅力あるプレ-を持っていての・・・その上、努力だけでは
成り立たないものを持っている・・・そんな人が天性で持っている・・・・
そんな表現になる・・・そんなニュアンス。こんな表現はある意味感じ取って貰うしか
無く、これがこの先、モザイクをするのに非常に役に立つのね。
つまりとても微妙な表現のやり取りは、人に寄って取り方は違うし、例えば味覚だったら
俺は甘いと感じても、人はそうでも無かったりする事は、何処まで平気なのか?を
大丈夫な所は何処までなのか?甘みを増して行って、うわっ甘いって顔を観るまで見て、
ここらか・・って事は、この場合の甘さの限界はここなんだから・・・じゃこの場合なら
この辺くらいかな?って人それぞれのニュアンスの幅を知らないと、質問されたり
相談されたりした時の答えは1つになる。それは無難だの、安全だの・・・の薄味。
例えば、俺もプロレス好きだけど、血の出る試合は好きじゃない・・・こう表現すれば
あぁ血は嫌いなんだな・・・と明確に伝わるだろう。嫌いな事はとても簡単。
けれど、この選手が大好き・・・この1番的発言の理由は理由無く好きで構わないが、
大事なのは2番になった選手との差だったりする。1番に何が足りなかったのか?
どうして2番なのか?なんてね・・・。そんな微妙なやり取りが必要になったりする。
何故ならこだわる事が今後益々増えるだろうから・・・・。
けれど、モザイクの時にいきなり自分の考えを質問されてもね・・・・でも、こうした
単なるお茶飲み話だとしても、この方の好きなもの、嫌いなもの、その微妙な感覚、
そうした会話の中で、ヒントを貰っているようなもので、それが俺のこれからの指導の
糧にもなる。そんな意味からもまた新しいヒントを頂いたようで、俺としては
非常に有難い話だったのね・・・・とてもね。
そんなこんなの本日、2人目のリピ-タ-さん。

しばらく振りになってしまって・・・とスタ-ト。本来なら続けて来て、夏に完成だったのに、何か季節外れになってしまって・・・・と。
ただ、この話は意外と広げ易い。そこで以前常連さんや弟子達と一緒に作った金魚の
作品を見せて、もしこの中にこの金魚がいたとしたら・・・?どう思いますか?と
質問をすると、いえいえとんでもない・・・・と言うのね。じゃ参加した人達に逆に
質問したとする・・・・一体何て言うだろうか?
これがいつも言う、作っている時は自分のもの、しかし完成した時の評価は人のもの。
恐らく参加した人達は上手いなぁ・・・って言うだろうね。
俺もそう思う。ただ参加した人達は、みんな時間制限があり、こうして指導をされて
いた訳じゃなく、更に小さく、みんなと一緒に・・・のプレッシャ-の中での参加。
そこが大きく違うのだけれど、もし期日も大きさも関係無く参加だとしたら?
この作品があの作品の中にいても、何の遜色も無い・・・そんなグレ-ドである。
そしてもしこれが今のままのグレ-ドを保ち、このまま終わる事が出来たとしたら?
・・・・それって芸術色強い作品なんじゃないのかな?
つまり単に季節モノじゃなくて、本当に素晴らしい作品となれば、1年中そこにあっても
おかしくなく、単なるインテリアでは無くなるんじゃないのかな?・・・・
むしろ1年中、そこに飾りたくなるような作品になって欲しいのね・・・しまうのが
惜しい、そんな作品にして貰いたいものである。
そして今の所、その方向で進んでいる・・・・実に良い仕上がりなんだけれど・・・・
本人はその意識が無く・・・・難しいのは、個人レッスンでは伝え切れない事がある。
それは今の自分の実力・・・・完成した作品の評価の判断ならともかく、途中経過の中、
そんな中での現在の・・・となると、1度でもこうした作品を作った事が無いと、
中々判っては貰えない・・・・。しかもクラフト経験値が多い方だから、終わりありきの
作品作りに慣れているから、益々完成品のサンプルは無いし、一体この先、どうなるのか
・・・?と言った指針が無い作り方は果てしないし、いずれにせよこの作品が完成して
クラフトとの違いを体感して貰うしか無いだろう・・・それが素直な意見である。
そんな事も慣れて来たら、相席の教室なんかをすると、いつもと違った経験値が
上がるんだけれど・・・・まっその内に機会があったら・・・。
さてそんな中、先日の富岡公民館からメ-ルが入ったと、かぐやから連絡が入る。
すると、すでに17人のご参加があるらしいのね。
そこでかぐやと相談し、かぐやを来させる事にした。
実は当初、10人前後で・・・と言う話でお受けした話だったが、どうやら途中で、
担当者が変わったようなのね。そこで何かが変わったみたいで、書類が途中で20人に
なっていたようなのね・・・そこでその話をメ-ルで送ると、今回は17名で・・・
みたいな返答が返って来たので、それなら最初から利益度返しなのだから、思い切って
来るもの拒まず・・・そんな話をして見よう・・・と言う事にかぐやとなり、
明日公民館に伺って聞いて見よう・・・となった。しかしいきなり17人って言うのは、
凄いね・・・そこも伺ってみたいね・・・。
まっいずれにせよ開催に十分な人数である事は確か。

そんな中の看板作り・・・
もう終わりはすぐそこ・・・そんな感じなのね。もうほぼ何も起こらずにね。
そうなると、新作の話なんて事になるんだけれど・・・本来この作品と一緒に持って来た
フラメンコがテ-マの下絵があって・・・それも甲乙付け難いものだったんだけれど、
どっちかと言うと簡単だと思われたこっちの魔女を俺が選んだ・・・そんな経緯があって
それをやりたい・・・と言うので1つ遊びの作品を挟もうって話をしたんだけれど・・・
それがそのフラメンコの作品をぺきぺきでやりたい・・・って言うのね・・・
えぇぇぇ勿体無いぃぃ・・・あの下絵、結構完成度が高いのに・・・そんな話をしたが、
そうは言ったが、それもありかな・・・とも思い、まっ良いか・・・ただ遊びにはきっと
ならない作品になるだろうけれど・・・・ただぺきぺきな分いくらか進み具合が
自分で操作出来る・・・それで気分的に果てしない・・・それが無いだけでも、
何とかなるか・・・となる。恐らく次回かその次には完成を観る事になるはず・・・
そんな中、ちょっとビックリした話があって・・・・それがどうやらプロレス好きらしい
のね・・・。それもかなりのね。俺も割りと好きな方なんだけれど、技の名前も言うし、
何しろ凄いのは最近観に行ったらしいのね。人は見かけによらない・・・ってこんな時に
使うんだろうなぁ・・・見た目も話し方も穏やかそうな方なんだけれど・・・。
ただ、こんな話がとても大事だったりもする。何しろそんな面もある・・・そう言う話は
今後の作品の相談の時も場合に寄っては生かされる事はあるのね。
それは見た目や話し方での思い込みがあったりすると、こんな色かな?なんてこっちから
提案するような場合、思い切り外す事にも繋がるのね。
しかもそのプロレスの話の中で誰が好き?なんて話を広げて見たんだけれど、
その中で、良く俺が使う華のある選手・・・みたいな表現についての華って部分を
掘り下げて質問されてね・・・そうね、例えばメインのカ-ドになれるような選手だったり、落語なら真打だったり、サッカ-ならFWとして点を入れる選手だったり・・・
ただそれだけは華のある・・・の権利に過ぎず、本来の華がある・・・って言うのは、
えぇぇぇ、その人が出ないのぉぉ・・・・と落胆されるような人で、更に言えば
他では代わりにならない・・・そんな人。例えば誰でも知っているイチロ-選手なら、
成績、知名度、商品価値、すべて揃っているだろう。これなら文句無しで判り易い。
しかし、新庄さんのように成績では見劣りはあるものの、知名度、商品価値ならば、
しのぐ勢いはあった。こんな場合に華がある選手だった・・・そんな表現にもなる。
ただ目立つだけで無く、魅力あるプレ-を持っていての・・・その上、努力だけでは
成り立たないものを持っている・・・そんな人が天性で持っている・・・・
そんな表現になる・・・そんなニュアンス。こんな表現はある意味感じ取って貰うしか
無く、これがこの先、モザイクをするのに非常に役に立つのね。
つまりとても微妙な表現のやり取りは、人に寄って取り方は違うし、例えば味覚だったら
俺は甘いと感じても、人はそうでも無かったりする事は、何処まで平気なのか?を
大丈夫な所は何処までなのか?甘みを増して行って、うわっ甘いって顔を観るまで見て、
ここらか・・って事は、この場合の甘さの限界はここなんだから・・・じゃこの場合なら
この辺くらいかな?って人それぞれのニュアンスの幅を知らないと、質問されたり
相談されたりした時の答えは1つになる。それは無難だの、安全だの・・・の薄味。
例えば、俺もプロレス好きだけど、血の出る試合は好きじゃない・・・こう表現すれば
あぁ血は嫌いなんだな・・・と明確に伝わるだろう。嫌いな事はとても簡単。
けれど、この選手が大好き・・・この1番的発言の理由は理由無く好きで構わないが、
大事なのは2番になった選手との差だったりする。1番に何が足りなかったのか?
どうして2番なのか?なんてね・・・。そんな微妙なやり取りが必要になったりする。
何故ならこだわる事が今後益々増えるだろうから・・・・。
けれど、モザイクの時にいきなり自分の考えを質問されてもね・・・・でも、こうした
単なるお茶飲み話だとしても、この方の好きなもの、嫌いなもの、その微妙な感覚、
そうした会話の中で、ヒントを貰っているようなもので、それが俺のこれからの指導の
糧にもなる。そんな意味からもまた新しいヒントを頂いたようで、俺としては
非常に有難い話だったのね・・・・とてもね。
そんなこんなの本日、2人目のリピ-タ-さん。

しばらく振りになってしまって・・・とスタ-ト。本来なら続けて来て、夏に完成だったのに、何か季節外れになってしまって・・・・と。
ただ、この話は意外と広げ易い。そこで以前常連さんや弟子達と一緒に作った金魚の
作品を見せて、もしこの中にこの金魚がいたとしたら・・・?どう思いますか?と
質問をすると、いえいえとんでもない・・・・と言うのね。じゃ参加した人達に逆に
質問したとする・・・・一体何て言うだろうか?
これがいつも言う、作っている時は自分のもの、しかし完成した時の評価は人のもの。
恐らく参加した人達は上手いなぁ・・・って言うだろうね。
俺もそう思う。ただ参加した人達は、みんな時間制限があり、こうして指導をされて
いた訳じゃなく、更に小さく、みんなと一緒に・・・のプレッシャ-の中での参加。
そこが大きく違うのだけれど、もし期日も大きさも関係無く参加だとしたら?
この作品があの作品の中にいても、何の遜色も無い・・・そんなグレ-ドである。
そしてもしこれが今のままのグレ-ドを保ち、このまま終わる事が出来たとしたら?
・・・・それって芸術色強い作品なんじゃないのかな?
つまり単に季節モノじゃなくて、本当に素晴らしい作品となれば、1年中そこにあっても
おかしくなく、単なるインテリアでは無くなるんじゃないのかな?・・・・
むしろ1年中、そこに飾りたくなるような作品になって欲しいのね・・・しまうのが
惜しい、そんな作品にして貰いたいものである。
そして今の所、その方向で進んでいる・・・・実に良い仕上がりなんだけれど・・・・
本人はその意識が無く・・・・難しいのは、個人レッスンでは伝え切れない事がある。
それは今の自分の実力・・・・完成した作品の評価の判断ならともかく、途中経過の中、
そんな中での現在の・・・となると、1度でもこうした作品を作った事が無いと、
中々判っては貰えない・・・・。しかもクラフト経験値が多い方だから、終わりありきの
作品作りに慣れているから、益々完成品のサンプルは無いし、一体この先、どうなるのか
・・・?と言った指針が無い作り方は果てしないし、いずれにせよこの作品が完成して
クラフトとの違いを体感して貰うしか無いだろう・・・それが素直な意見である。
そんな事も慣れて来たら、相席の教室なんかをすると、いつもと違った経験値が
上がるんだけれど・・・・まっその内に機会があったら・・・。
さてそんな中、先日の富岡公民館からメ-ルが入ったと、かぐやから連絡が入る。
すると、すでに17人のご参加があるらしいのね。
そこでかぐやと相談し、かぐやを来させる事にした。
実は当初、10人前後で・・・と言う話でお受けした話だったが、どうやら途中で、
担当者が変わったようなのね。そこで何かが変わったみたいで、書類が途中で20人に
なっていたようなのね・・・そこでその話をメ-ルで送ると、今回は17名で・・・
みたいな返答が返って来たので、それなら最初から利益度返しなのだから、思い切って
来るもの拒まず・・・そんな話をして見よう・・・と言う事にかぐやとなり、
明日公民館に伺って聞いて見よう・・・となった。しかしいきなり17人って言うのは、
凄いね・・・そこも伺ってみたいね・・・。
まっいずれにせよ開催に十分な人数である事は確か。

そんな中の看板作り・・・