katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

Kameya さんの出張教室とハワイアン雑貨風味

2021-07-24 23:49:45 | 出張教室

今日はkameya さんの出張教室。いつもアトリエを9時頃を目安に出発するんだけど、必ず確認の為に棟梁に電話するのね。だから今日も連絡したのね。

すると、どうやら棟梁とりょうさんの二人らしいのね。そこは判ったんで、昨日の段階で準備はしたんで、足らずがあるかどうかの確認をして出発したのね。

なのに、まさかの忘れ物。りょうさんの外用ボンドを忘れたのね。そんなこんなスタート。ただその後も引き続きなんだけど、写真も撮ったのね。

でもパソコンが壊れちゃったから、タブレットで入れてるんだけど、デジカメで撮ったから、やり方が判らないんで、まさかの画像無し。

しかも、タブレットが小さいから、入力が大変で。それでも簡単に触れると、棟梁は、例のヤモリの表札の下地をぺきぺきで始めたのね。

そもそも先月が久しぶりの再開だったけど、怪我続きらしく、痛々しい感じもあって、リハビリ的にはちょうど良いお題だったりするかな?って。

内容は?って言ったら、特に問題は無いはずなんだけど、それが珍しく薄味なのね。だからそう言うと、私のじゃ無いからって。でもつまんなそうなのね。

ちなみにいつもなら、薄味の色合いを寝ぼけた色って、表現するくらいなのね。勿論、プレゼントだから。って考え方は間違ってはいないのね。

ただ、問題は棟梁の作品を見て欲しいのだから、もっと攻めても良いんじゃない?って話。それと、リハビリも兼ねてだと、気分がめげて作っても、楽しく無いだろうし。

理想を言えば、やっぱあげたく無いなって仕上がり。それって最高な状態でしょ?あげるのが惜しいなんて、作品見たくなるでしょ?

話を戻して、ただ、これが仮に心療内科のような箱庭の診療だとしたら?気を使っただけの話なのか?それとも今の気分が下がって来ているからの事なのか?

気って部分は、非常に大事で、本人も気が付かないうちに広がって行くもんなのね。しかも、普通は気分転換なんてもんがあったりするが、今の状況下では、

それも難しいし、だから、せめてはやった事がマイナスにならないように、と心がけしたくなるのね。では、りょうさんは、と言うと、タイルオンタイルで外用モザイク。

ただ、下絵は花の模様見たいな感じで、特に花は限定されていないのね。つまりオリジナルなんだけど、ここが難しい話なのね。

要するに絵が上手ければ、上手い絵のまま切れば良い。絵が苦手ならコピーって手もある。しかし、それでは、いつまでもオリジナルを作れない。

そこで勇気を持っての絵を描いた。ただ実は条件が揃っていたからなのね。もし室内のモザイクでオリジナルだったら?相当繊細に作れるだろうね。

それ位、切るのが上手くなった。でも、その繊細に切れる人の下絵を描けるか?となると難しい。でも、外用のタイルとなって、床のモザイクとなると、

そんなに繊細には作れなくなる。だから下絵もそんな繊細にならなくてもになるが、それでもまだ、切る方の腕が勝ってしまうのね。

つまり、おぼつかない絵を、繊細に下絵通り切る事になるでしょ?ダメダメ、だから、切る時に、自分の下絵を信用するんじゃなくて、切りながら是正するのね。

あくまでも下絵は目安位に考えて、常に切る自分が、下絵の自分を是正する感覚でね。それでも難しいのは、どの花に近いか?としないと、全部手掛かり無しで考えないとならず、

それはかなりハードルをあげてしまうのね。まぁそこを意識すれば、何かが変わると思うのね。そんな後は、ハワイアン雑貨のサインボード。

ついでに昨日のアップも。


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フェルメールのリピーターさん教室とハワイアン雑貨風味のサインボード

2021-07-24 06:49:54 | モザイク教室

今日は午後からフェルメールのリピーターさん教室。それまでは、まず昨日目地が終わったサインボードの文字付けの前のオイル塗りをして、

そんな中で、かぐやとの話で、アンティークなんてワードが出て、それならもう一度ペーパー掛けして傷を付けてから、オイル塗り。 

そんなこんなで、大家さんの庭で撮影。

その後、次のサインボードの準備をして、それではお教室。今日は輪郭が繋がったのね。それが本人いわく、あんまり進まなかったけど.....けどなのね。 

つまり進行具合には不満が残るが、何か良い事があると言いたい訳で。まぁそれは質って事で間違いは無いだろうね。ただその説明は必要かと。 

それは、ここまで進むと段々慣れて来るし、進行具合にしてもある程度、このくらいは、見たいな事を思い描くだろうなぁ。しかし、そこが難しい所で、

言葉は変だけど、慣れたのはぺきぺきを切る技術と、大作の果てしなさであって、何の何処が難しいのか?見たいな事が良くも悪くもハッキリとは判らないのね。

ただ良くも悪くもなのね。良い事は痛みが判らないのね。つまり難しい所でも、簡単な所でも、差を感じ無いのね。つまりチャレンジしやすいのね。

しかも、大谷がなんぼのもんじゃいみたいに行けるのね。勿論、どちらかと言うと、大谷って誰?みたいな感じだろうけど。

逆に、きちんと判ってしまうと、ここは難しいし、ここは割りと楽とか、やる前から想像してしまうのね。そうすると、意識するを通り越し、意識過剰になり、

不安ばかりになりがち。って、こんな事があるのね。ただ、まだそれを理解していなさそうだから、単純に進行具合のみと思われるのね。だから、もっと進みたかったんだろうね。

それと、もう1つは、大きいパーツと小さなパーツの違いやら、点と線の違いなんてもんもあるのね。良く勘違いしがちなのが、大きいパーツは小さなパーツよりも簡単って認識。

逆なのね。大きいパーツは難しく、小さなパーツは面倒なのね。ここがしっかり理解していないと、大きいパーツで時間が掛かると、簡単だと思っている分、ダメージは大きい。

それと点と線なんてのもあって、点は丸とか三角みたいに一枚完結なパーツで、逆に線は、何個も使って1つのかたちに見せるのね。

例えば、電柱が、一本の中で太ったり痩せたりしたら変でしょ?つまり安定した揃えるって事が大事になるのね。こうして難易度は大きく変わるのね。  

こんな事が判らないと進行具合だけでは判断しずらいのね。それと目地幅が広い狭いでも大きく変わるのね。これも簡単な話で、言葉だけで判るのね。

例えば、広い。この言葉で感じるのは、繋ぎ合わせたものが、ガバッと空いているとすると、狭いは、ピッタリくっついている感じになる。

ほら、ピッタリの方が難しそうでしよ?  そんな事が判れば、きっとこんなもんかって正しい判断が出来ると思うのね。まぁ、何はともあれフェルメールらしくなって来たのね。

 

 


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