katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

母の眼科とリュウグウノツカイのモザイク

2023-12-15 23:06:24 | モザイク作家
今日は11時に母の眼科って事で、2時過ぎからアトリエに戻ってリュウグウノツカイの作品。まぁ結局、母は手術をしたものの一度も良く見える事は無く、こちらから身障者の手続きを取る事に。

書類が来ると母は盲目扱いとなる事になった。もう生活を1人では出来ない状況なのだから、これは致し方ないとは思うが、本人は納得が行かないようだが、まぁ事実はもう見込み無し。

そんなこんなでアトリエに戻って制作となるのだけれど、病院で待っている間にカレンダーをフッと見ると、時間が無いのを改めて知る・・・おー追い込まれてんじゃん。そうなると昨日は昨日で

考え方は何1つ変わっていないんだけれど、じゃどうする?・・・って事になる。そこでかぐやに途中経過を見せると、本気じゃ無いですか・・・って。しかも苦笑いで。なるほどね・・・。

ここでかぐやのこの文章を掘り下げると、まず苦笑いだった・・・これは、内容は悪くないが、こんな本気じゃ終わらなくて当然・・・みたいなニュアンスだったって事になるのね。

って事は、非常識な事をしているように見えるって事なのね。つまりかぐやの目では、終わらないって見えているのね。って事は、これをくつがえせば、非常識を常識に変えられた事になる。

しかもかぐやの腕、かぐやの目を持ってしても、裏を描いた事になる・・・しかもここまでは内容は全く問題は無い・・・つまり終わりさえすれば、ほぼ完璧になるのであろう・・・。

ただかぐやの思っている方法では終わらない・・・って見立てになるのだから、それ以上の何かをしないとならない訳で・・・。まずこんな時に大事なのは、まず全体を見る。飲まれない事。

そもそも自分で自分の気持ちを制御出来ないようでは、諦める方向になる。後どれくらい残っているのか?残りの時間、俺の気持ち・・・折り合いを付けて、グレードはどの程度にするか?

例えば野球でギアを上げるって比喩があるのね。そもそも疲れた時に車じゃ無いのに、ギアなんか上げられるはずは無いのね。でもそれはあくまで比喩。この比喩は、何故ギアを上げられるか?

それは最初はコントロール重視なんて事になると、丁寧に・・・が一番となり、スピードでは無いのね。所が後半疲れも出て来た時に、ピンチを迎えると、丁寧にコントロールを意識しても、

疲れからスピードも落ちて来るのね。何しろ精密にコースを付くって言うのは、ある意味、数センチのコントロールを意識するのだから、蓄積疲労になる。それをずっと続けても同じやり方では、

疲れの分、スタート時とは条件が違うのね。つまりその条件とは違う方法を使わないとならない。それは全力でスピードで抑える・・・そこは最初のようなコントロール重視では無く、多少は

荒くても良いから、スピードで重視。この意味が理解出来れば、一流ピッチャーのやり方を真似れば良いのね。つまり最初は繊細を見せる事で、細かい、凄いの印象を付けたんで、後半は入れる

に専念する・・・つまりクラッシュのみ。さて上手く行くのかな・・・。

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