katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

大家さんとココスガーデンさんの打ち合わせ

2022-10-21 00:09:07 | 打ち合わせ

今日は朝から先日頼まれた看板を持って、大家さんの車に便乗してココスガーデンさんへ。以前は御宿の大野荘さんに行く事が多かった事もあって、何度も通った道だけれど、しばらく行って無かったり、海が見える有料道路なんかも、一般道路にしたりして、通らなかったりしたんで、今日は、

まぁ見事な景色を見られたのね。天気も良かったんで、海もとても綺麗だったのね。そんなこんなで大した渋滞も無く、すんなり到着。そこで社長さんと女性の社員さんと打ち合わせになったんだけど、大家さんからのプレゼント作品をベースにお話が進んで来て・・・・あれこれと進展はあった。

ただ思い描いている事が、かなり具体的で、タイルにしてもかなりこだわった素材で・・もう少し詰めた話をしないと。いずれにせよ、大家さんの紹介って話だから、大きく外す事は無いと思うんだけど・・・。そんな中、許可を貰って会社の雰囲気は・・・

モザイクってこう言う浮世離れした場所には抜群に合うのね。そんなこんなでアトリエに戻るんだけど、それが、変更になったリピーターさんのお教室を忘れていて・・・LINEを見たら、30分以上待たれたようで・・・。お詫びの返事はしたものの、大失敗をした・・・

こんな事の無いように、俺が直接受ける事は辞めた方が良いって事に・・・かぐやとの話になった。そんな後は、今日も少しだけ金魚の壁画。

 


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高洲のサークルと色々と・・・

2022-10-20 00:35:37 | 高州のサークル

今日は高洲のサークル。まずはのりちゃんから・・・ちょっぴり早く帰るのと、何かお楽しみな感じの事って言う事で、お絵描きタイルで自由に作るってスタイルで、12・3cm位の大きさじゃ無かったかな?ほとんど切って無いんだけれどね・・・これはこれで可愛いでしょ。

それではなおみぃぃ。

まぁ同じ事の繰り返しだから、ここも葉っぱが終わるまで、ほぼスルーで良いでしょ。ではタピオカ。

ここも同じ事の繰り返しって点では同じだけれど、繊細さと難易度が全く違うのね。なおみぃぃのはぺきぺきでタピオカのは、1cmとガラスタイル。素材で言うのなら、難易度は数段上がるのね。ただじゃぺきぺきは簡単か?って言うと、常に良い事と悪い事は背中合わせなのね。

柔らかいから切りやすい・・・って思う人は、楽に切れるのね。ただ楽に切れるって言う時点で、質は落ちるのね。それは何も見なくてもね。それが上級者のほぼ全ての人は、難しい・・・って言うのね。それは何故か?それはパーツが繊細だからなのね。そんな人は、もろいって言うのね。

要するに繊細に切ろうとする人は、尖らせた鋭角や、滑らかなラインとか、えぐったり・・・この文字を見ただけで、一目瞭然でしょ? そんな事をしようとすれば、同じ材料でも難易度は全く違う事になるのね。それがキウイ。

こんな事になれば、ぺきぺきでも力作なのね。ただ力作って程は、力は入っていないけどね。この程度なら、普通な感じなのね。それはある意味、タピオカも代表作的になる作品ではあるものの、タイルを切るっ事に関して、全く不安要素が無いから、安定感は抜群なのね。

そんなこんなで、キョンキョンは?となんだけど、良くある話で、初の大作が終わりを迎えるのね。それを張る最後の日なのね・・・ただとっくにいつ終わっても良い感じだったのね・・・でも、これで終わるって思うと、ここまでやって来たって気持ちがあればあるほど、これで良いの・・・?って、

気分になればなるほど、どんどんと深みにはまるのね。しかも始めた頃よりも、上手くなっているのね。じゃ何がどう上手くなっているのか?って言うと、タイルを切るって言う事とは別に目が肥えるのね。つまりあの時に許せた事が許せなくなるのね。全てがだいじょばなくなるのね。

あの時は大丈夫だったのに・・・。そうなると、ここもここも入れたくなるから、終われなくなるのね。そんな最終日なら、時間いっぱい使いたいだろうが、つい勘違いしてしまうのは、後は目地をするだけ・・・って思っちゃうと、・・・だけって、簡単に思っていないかな?

そんな気持ちにならないように、何度も何度も横に立って急かしたんだけど・・・1時間ちょい前に終わりになったんだけど、簡単にはタイルに付いたボンド落としは終わらないのね。俺も頑張ったんだけど、半分も終わらなかったのね・・・。そんなこんなでアトリエに持ち帰り・・・

そんなこんなでアトリエでボンド落としが終わって、後は目地をして完成なのね。その後に、週末のkameyaさんの新作の2人の額縁の準備をして、残りの少しの時間で金魚の壁画。

もうちょいで尻尾が終わりそうなのね。


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引き続き金魚の壁画2匹目

2022-10-19 00:32:37 | モザイク作家

今日も引き続き金魚の壁画の2匹目の尻尾。やっと半分過ぎたかな・・・って結果なんだけれど、昼間大家さんが、ココスガーデンの看板を持って行くよ・・・って事で、慌てて写真を撮って、更にきちんと梱包したのね。

そんな中、明日の高洲のサークルで頼まれた下地を作って・・・

何か地味ぃぃにやる事があったりして・・・まぁ慌てず騒がず、その内に終わるだろう・・・なんて気持ちで、何とか金魚を逃げ切れれば、その後は何とかなるって気がするんだけれど・・・。


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デイ・サービスと金魚の壁画

2022-10-18 07:54:56 | モザイク作家

今日はキウイとデイ・サービスで8名。

ちょっと目の位置が違うだけで、表情が変わって来るのね。

そうかと思うと、耳の色が変わっても、薄味になったり、

そうかと思うと、順番に・・・って耳の分って渡したタイルを全部張ってしまった人もいたんだけれど、それはそれで可愛かったり、

目の位置をずらしたりすると、ちょっと滑稽な感じで、おとぼけになったり、

同じおとぼけでも、目の位置を接近させていたり・・・

雰囲気は似ていても、耳の色が濃かったり・・・どれも個性的で何よりだったのね。みんな可愛く出来て、中には孫に取られちゃいそう・・・って。それが俺の理想でもあるのね。これが欲しいってお孫さんにあげるのも、きっと嬉しいだろうし、また来てくれるだろうし・・・。

ただ中には、もう孫も大きくなって、欲しがらなくなった・・・って方もいるんだけれど。そう言う方からすれば、良いじゃないぃって感じだろうし、何しろそんなきっかけ作りになれば・・・また会えると良いな・・・って言うのは、当初からの思い描く理想の1つであったりするのね。

そうね、自分の両親がデイ・サービスに行くようになって、益々そんな気持ちが強くなったのね。作る楽しみと言うよりも、これを話しのきっかけにしてくれるとなぁ・・・って。以前と比較すると、全体的に根気も衰えて来る方も多くなり、切らない方向性にしている分、お手軽な感じに見える。

しかし、それでも結構戸惑ってる方もいて・・・8人をヘルパーさんを入れて3人で回している事を考えれば、どんな感じなのかは、想像して貰えると思うんだけど・・・。ただこのお絵描きタイル、こんなシチュエーションには絶妙で・・・丁度良い感じでもあったりするのね。

仕上がりも掛かる時間も。ただ昔ながらの方で達者な方は、昔みたいに切りたい・・・って方がいらしたんだけど、もし次回ご参加があれば、場合に寄っては、ニッパーを持って行こうかな・・・って事も考慮しないと。いずれにせよ、無事に終了。そんな後は、金魚の壁画の続き。

地味に少しだけ・・・

 


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金魚の壁画二匹目

2022-10-16 22:12:36 | モザイク作家

今日はまず1匹目の金魚のヒレをやって完成して、2匹目に・・・

ちなみにこれがキャリコってブチの金魚なのね。まぁ尾やヒレは色だけで、切り方はほぼ一緒だから、変わるとしたら体になってかな・・・?ただ特に今日は広がる話も無いし・・・まぁ取り敢えず1匹終わったのが何よりって感じかな。


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引き続き金魚の壁画

2022-10-16 00:41:17 | モザイク作家

今日も昨日に引き続き金魚の壁画。結果から言うと、昨日の進み方と比較した時に、同じ時間だとしたら?今日は頭だけだから、余り進んでいなさそうに見えるが、これが点と線の違いだったりするのね。昨日は、ウロコだったが、その場合は色を選んだら、多少大きさは違うものの、割と決まった形

だったりする。これは点の作り方だとしたら、流れとして、段々と・・・みたいに、1つのブロックに何個かセットになっていて、それが線の作り方だったりすると、難易度が大きく違うのね。しかも、かなり複雑で、ゴチャゴチャした線だったのね。だから進み方が悪かったのね。

こうした違いを理解していると、何故って言う事知っているから、何で?って思わないで済むから、変なダメージを感じ無くても済むのね。逆にこの位は掛かるんだな・・・この位かぁ・・・って思えたりすると、そんな感じの金魚が後4匹になるのね。

これで明日終わって、2匹目に入れるんだけど、キャリコって色が黒とか赤とか、浅葱色なんてのが混ざったのがいて、それは大体クラッシュでやったりしているのね。もしそのやり方がウロコよりも難易度が低ければ、もう少しスピードアップに繋がるんだろうけど・・・。

こうして作っている時間に、バックをどうするか?も平行に考えて行くのが、全てを描いてスタートじゃ無いやり方なのね。そこも1つずつで良いから、そこに必要と思われる事を想像しつつ、それが直接表現として、そっくりに作るのか?それともデフォルメするのか?模様みたいにするのか?

みたいに具体的にして行く・・・って事を、その都度やって行くのね。この利点は、メインの絵が描ければ、すぐにスタートが切れるし、見ながら次、って出来るから、様子を見つつ進められるんだけど、良い事と悪い事は背中合わせで、その都度、考えなければ行けない事が、終わるまでずっと

続いちゃうのね。逆に絵が全て描き上げる事が出来る人は、後は何も考えずにその絵の通り作るだけになる。俺も小さい絵なら何とか描けるようにはなったものの、こんなに大きいのは流石にね・・・まっ、とは言え、1匹終わると、素直におーって気分にはなるけれどね。


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丸々一日金魚の壁画

2022-10-15 07:44:58 | モザイク作家

今日は一日丸ごと金魚の壁画。感想としては、えっ・・・随分進んだなぁなのね。そうね、丸々一日ってこの作品にあったかな?って思うと、無かったような気がするのね・・・こう言う事って、あるって言えばあるんだけれど、まずこんな大きさの作品って久しぶりなのね。つまり手慣れない。

だから、場合に寄っては作品の大きさに飲まれる事もあるのね。あー大きいな・・・って下地を見た時にね。次に下絵を写すって時に、当然全て描いてる訳が無いから、今回の場合なら金魚の配置の絵と、大体の雰囲気のラインのみ。それを描き写すにしても、大き過ぎて半分にしてやるのね。

その時に、どんな気持ちになるか?なのね。大きさに飲まれれば、まだ終わらないし・・たったこれだけとか、果てしなさの上乗せな気分とか、場合に寄っては、勝手に写し終わると思い込んでいて、終わらない事でテンションを下げるなんて事があったりする。まぁ流石に後者は無いけどね。

まぁどちらにも該当しなかったし、そもそもそこまで来るのに、下地を見つけるのに色んな人に相談して、遠くまで買いに行ったりして、そっちの方が大変だった事もあって、ただ写すなんて行為はむしろいつも通りの予定調和。だからそこまで気持ちに変化は無いと思うのね。

その後、いよいよ張る事になると、今あるタイルで始めたから、特にあれこれ注文をした訳じゃ無いから、そこも悩み事も無くスタート。つまり下地の問題の頃が一番大変だった事になるのね。だからすんなりスタートしたんだけれど、あれこれとやる事があって、合間合間の制作になったのね。

とは言え、そこそこな時間はやっていたから、やっぱり大作って果てしないな・・・って気分にはなりつつあったと思うが、正直、それほどでも無い気がしていたのね。まず金魚のモチーフは何度もやっているし、近々では、katsuの作品では無いけれど、陸前高田もやっていたりして・・・。

大きさに飲まれていないんだろうね。だから普通なんだろうね。そんな中、丸々1日やったって結果に満足したんだろうね、きっと。そもそも俺の丸々1日って、恐らく12・3時間はやるだろうから、ちょっとなんてのは、3時間程度な感覚なのね。そりゃ進んで当然なのね。でも実際こうして結果を

見ると、おーって気分になった。本当はこんなペースなのかと。まぁこれを見ても、おーとはなっても、性格上、調子には乗らないし、気分は良くなっても、これだけの大きさの中では、つまづく事はあるだろうし、だからその時の貯金が出来た位の感覚なのね。それと経験としての自信。

これからもウロコやヒレは何度も出て来る。それをこの程度の時間は掛かるし、この程度の仕上がりにはなるんだな・・・って思える気持ちが自信になる。つまりそんな事で勘違いするような削られ方にはならなくなる。だからそれ以外の事の時に削られる事があるんだろうな・・・。って。

って事は、まだ見ぬ何か?って何か。恐らくまだ触れていないバックの余白だろうが、この今の気分の余裕が、一つ進展させてくれて、四隅に稲穂でラインでも入れて・・・こんな構想が出ると、後は下絵を描ければ、また1つ進める。こうして余白を無くして行くって考えれば、全ての絵を描いて、

スタートなんか出来なくても、その内に終れるのね。大作をやっている人なら、先生も私と同じなんだ・・・って思えると思うんだけど。俺は画家さんじゃ無いから、こんな大きな絵をスラスラ描ける実力は無いのね。ただそれならその人達とは違う方法でやれば良いだけなのね。

こんな事は良くある話で、今ならパソコンさえ出来れば、楽器もペン入れもせずに、弾けたり、描けたり出来る。この考え方と一緒で、トレーシングペーパーを使ったりして、重ねた絵を描いたり、逆向きにして左右対称の絵を描いたり・・・それなら俺にも出来るのね。

そもそも出来る側にいると、一歩目に悩まずに済む。そこで2歩目にすんなり行ける人は、恐らく痛み無く、5・6歩進むのね。こんな人もいれば、最初の1歩のハードルが高い・・・そんな人もいる。昔からぶきっちょで・・・とか、やりたい気持ちはあっても、人と比べられる意識から、緊張したり

出来栄えばかり気にして、楽しむって事から大きく離れてしまったり・・・ただそんな人でも、その1歩目をクリアーしてしまうと・・・それはまずここに来たみたいに、何処かで習う為に行った・・・って行動を起こした。これで何もしないで傷付かなくて済んだでは無く、失敗するかも知れないって事も踏まえた覚悟をした事になるのね。

当然、お金は払って習うんだから・・・って最後まで頑張れば、体験って言うのは、誰もがクリアー出来るように、先生が考えてくれているだろうから、何とかでも終れるはずなのね。そこでどう感じるか?なのね。もっと・・・って思うか、もう良いわって思うか?それが先生の技量なんてもんになる。

って話を広げ過ぎちゃったから戻すと、何でも反復練習が道具の使い方を上手くするものなのね。だからある程度の時間を過ぎると、道具や材料に手慣れて来るのね。所がまたここに常に2つ道があって、どっち?って選択をする事になるのね。やるとやらないみたいにね。

常にやらない・・・を選択すれば、何も傷付かずに済む。予定調和の決定版になる。それが安心安全ならね。所が意を決して、やるを選択したとする。すると、上手いと下手とか、選択肢があるとするなら、誰でも上手いを取ると思うのね。でもそれが、個人レッスンなら比べられる人はいないが、

カルチャーのような場合、比べられる相手がいるし、もっと言えば、同じ教材だから、比較が誰にでも出来るのね。残酷だけど。だから本人も判ってしまうのね。思うようには行かなかった・・・って人と、器用な人なら、体験では物足らないって事もあったりする。大きな差だね。

たださっきのパソコンの話と一緒で、出来ない人は、折角出来ないのね。変な日本語なんだけれど、折角を付けて文章を作ると、前向きになるのね。まぁ伸びしろがある事になる。折角雨なんだから・・・となると、雨の時しか出来ない事を探す努力や想像をする事になるのね。

つまり出来ない側になったら、常にこうして出来る人達の道へ付いて行こうとせずに、出来ないなら出来ないなりに、どうしたら良いか?と考えると、割と気持ちが楽になるのね。ただこれには、どーしてもやりたいって気持ちが無いと、千尋にならないのね。ここで働かせて下さいぃぃ・・・。

あれね。でもあれは、ハクに言わされたのね。きっかけは・・・ただその後の努力は千尋なのね。つまり千と千尋の神隠しのように、先生って言うのは、そそのかしが仕事だったりするのね。だから、両親を救いたい・・・どーしても・・・って一緒なのね。それなら、働かせて下さいって何があっても、

言うんだよ・・・って話で、こんなのを作りたい・・・って思えば、いや思い続ければ、こっちもあぁすれば、こうすれば・・・って理想に近づくアイデアを考えるのね。これが先生katsuのスタイルとするなら、自分自身の時も、同じで何がしたいのか?って言う事があれば、もう一人の先生の

katsuって人がアシストしてくれるんだろうが、一体何がしたいのかな?って作家katsuって人が葛藤している感じなのね。所がモザイクが始まると、作家katsuは一人で出来るから、先生katsuは休めたりする。気楽って言うのは、こんな事だったりもする。一人休めるからね。

恐らく、次に先生katsuが必要になるのは、稲穂が終わった頃だろうな・・・。


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リピーターさん教室とデイ・サービスサンプルと・・・・

2022-10-14 00:08:46 | モザイクタイル教室

今日はしばらく振りに寝坊しちゃって・・・ブログも入れられずに出勤。そんなこんな朝は、まずは昨日のデイ・サービスのサンプル作りから。

まぁ若干納得が行かない事もあるんだけれど、ここまでかな・・・って感じでもあって、是正の時間があれば直すとして、いずれにせよ大まかに完成って事で。そんなこんなでリピーターさん教室。

特に切る事には困っていなくて、しばらくスルーしていたんだけれど、慣れて来たなら、ちょっとだけ・・・って事で、例えば一番太い部分の先能取湖を見ると、細く入って太くなり、また細くなって太くなる・・・これを段々って表現するのなら、音楽ならデクレッシェンド、クレッシェンド。

そんな感じだとして、それが距離として長ければ、こうして出来たりするが、それは段々って何粒位なのかな?って話なのね。ちなみに成功している枚数は50粒くらいあっての話だとして、じゃ10粒なら?5粒なら?・・・って。段々をそれで出来る?この段々って言うのが大事な所でね・・・。

例えばこれって五感的な話で、大きくくびれているような箇所で感じる事が出来ないって言うのは、ビッグウエーブに乗れなくても良いから、来るな・・・って判る感じね。ただ多分それは、大きいから素人にも判るかも知れないのね。それが微妙に拾えるかな?って波は、ベテランなら見逃さない

事であって、きっと初心者では気が付かないかもね・・・って言っても、俺はサーファーじゃ無いけどね。まっ何となく伝わりゃ良い話なんで、そんな感じね・・・って話。基本的に感じるってのが大事で、何がぁ?何処がぁ?って人の場合、感じられないのだから、それが味覚なら、隠し味に使った

ものは当てられないし、視覚にしても、大体こんな色って感じで、モチーフの色合いに仁佐瀬とはしないのね。それが聴覚なら、ボーカルばかりに気を取られて、バックの音は聴こえていなかったり、触覚なら、ツルツル感が判らないなんて事になると、ペーパー掛けは甘くなるし・・・。

五感って感じる事は、とても必要で、それをもっともっとってなると、繊細なんて事に繋がるし・・・・。いずれにせよ、そろそろちょっとなら良いかもね。って思ったのね。例えば切れない人が切れるようになって、もっと切れるようになって・・・となったら、なれると刺激が薄くなる。

そんな頃に、こんな話が出ると、ちょっと緊張感が出るでしょ?でも逆に言えば、それだけ出来るようになった・・・だから進級って話なのね。そんなこんなでその後は・・・

しばらく振りに金魚の壁画の続き・・・・・・。


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来月のデイ・サービスのサンプル構想

2022-10-13 23:39:39 | デイ・サービス

今日は1日来月分のデイ・サービスの構想・・・去年はかぐやの話では、クリスマスツリーだったとの事。何しろ時期的には、クリスマス関連になるだろうし、本当はキャラ的なサンタとか、スノーマンとかにしたい気持ちもあったが、今月が犬のメガネ置きだから、キャラは続けない方が良いかな?

って感じになり、しかも再来月は絵馬だから、ずっとキャラが続いちゃうしね。そんな訳で消去法になると、クリスマスリース・・・なんて言うのは、最有力って感じでしょ?それとここの所、お絵描きタイル推しだから、こんな感じになったのね・・・。ただ置いてあるだけなのね。


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かぐやが帰って日常に・・・

2022-10-11 23:35:47 | 休み?

今日は午後イチでかぐやが帰るんで、羽田に送迎。まぁこうした時間がとても大事で、大阪に帰ると電話での話になると、例えば、かぐやの都合に寄って、それじゃまた・・・って事になったり、時には気分なんて事で持ち越し・・・なんて事になったりするのね。それでは鉄は熱いうちに・・・

が出来なくなるのね。それを待ち切れずにやったりすると、当然意見は食い違うし、お互いに嫌な気分になる。ただこれはサザンと桑田さんとか、安全地帯と玉置さんのように、別の人のようなやり方で、前者の場合、ソロになると政治にも介入するような歌詞もあったりして、大衆音楽から大きく

離れたりもするし、後者では愛の歌しか歌わない歌詞から、ソロになると田園のような応援歌みたいなものもあったりするのね。つまりkatsuって人も一緒で、ソロとそうじゃない場合の、2つあると思っているのね。つまりソロでない場合の折り合いなんてもんがあるはず・・・だと。

つまりいつかそんな場面が来た時の練習・・・だとね。だから、かぐやとは突っ込んだ話が多くなるのね。でも先日の話のように、人の否定はして、自分の意見が無いって言うのは、お話にならないのね。常に最低でもこんな風に思っている・・・って言う事は伝えようとしないと、具体化が出来ないのね。

勿論、常に自分があれば答えられても、それが正しい訳では無いし、そんなに正しい確率が高ければ、かぐやが師匠になっちゃう訳で・・・。まぁいくらなんでもそんな事は無いから、となると、弟子と言う立場で責任も背負いつつ、自分を語らないとならないのだから、きつい立場であるとは思うが、今何も言えない状況では、いつかその時が来たら、果たしてその状況下で提案が出来るだろうか?

となると、向き合う回数も多くなるが、まぁ向き合い疲れにもなるだろうし・・・こんなやり取りを電話でやるのと、実際会ってやるのでは、全く違うのね。何しろ最低限、これからのマルシェ出店の是正についての方向性のきっかけだけは、置いて行って欲しいのね・・・。

何しろ電話になると熱量が変わり、温度差に繋がってしまいがちだし、伝わりづらいと、じゃそれで・・・なんて事になるのね。それでは結果の前にプロセスに納得出来なくなる。ただ、いる時間を有意義に・・・と思う気持ちと、いた時間は有意義に使ったよな・・・って気持ちは別物で。

最終日まで有意義に・・・なんて目的意識を持つべきなのか?、それとも、昨日までのやるべき事はやったのだから、最終日くらいと考えるべきか?なんて葛藤は常にあって、だからこそ決定するまでとは言わずに、きっかけくらいなんて言い方なんだけれどね・・・。

でもそれとて、一体ゴールをどうしたいか?で全ては変わって来るのね。単純に例えば、楽しくって言うのなら、出来れば良いだけだから、スポーツなら、野球ならキャッチボールをしたとか、テニスならラリーをした。これで十分で、これこそが体験教室感覚なのね。

所が、野球をしたいとか、テニスをしたいとなると、ただボールを投げて取ったとか、ただ打ち合っただけでは満足感は得られないから、試合が出来るように・・・となり、ルールに乗っ取り、打つ走る取る投げるの一連の動作を習う事になったり、テニスなら、サーブを2回の中で入れて、相手の

コートに入れるなんて練習があったりして、体験とは違う事になる。それが更に技術の向上となると、今度は相手の嫌がる事、困る事の駆け引きを習う事になる。相手の裏をかくなんて事になるのね。全てのスポーツは、あっち向いてホイが基本で、勝つって事が目標なら、ここは絶対にそうなる。

まぁ普通はこんな所が、素人としての感覚になるんだろうが、それだって高校野球やダンス甲子園なんでも良いけれど、目標がただ勝ちたいって言う位と、最高峰の一番とでは、練習の熱量も変わって来るし、ましてやプロになるって事になれば、結果が全て・・・負けて良い事は1つも無い。

なんて事を考えてしまう時間ばかりでは、かぐやも疲れるだろうし・・・。この辺かな?なんて事も思ったりすると、最終日はスルーなんて事もあったりする。甘いと言えば甘いし、そこを頼っていると思われるのなら、俺自身が甘いって思われるんだろうし・・・まぁこんな事を常に考えたりする。

そんなこんなでいつものように羽田に送って、いつもならお茶して帰るんだけど、折り返して母の病院なんで、今日はそのまま折り返し。何とかそっちも間に合って、終わったら夕飯時・・・お弁当買って一緒に食べてからのアトリエ。ただ、日常の立て直しってそれで無くても大変なのに、病院

を挟んじゃうと、気持ち的にそれで疲れちゃったのね・・・ただ1つだけ良い事があったとすると、最近の2回の母の様子が明らかに良くなっていて、まずは表情が全くの別人のように豊かになっていたのね。調子が崩れている人って言うのは、覇気が無いのね。だから喜怒哀楽なんて事は少なく、

ん・・・そうね、能面みたいに見えるのね。だから心底って感じにならないから、笑っても愛想笑いに見えるし、もっと言えば、楽しいって気持ちにならないのね。それでは表情に表れないし、怒りにしても、元気であるなら自己主張なんて事もあり、不満なんて事があったりする。

それが文句となったりすれば、表情に出やすいが、悪いのは自分だから・・・なんて事になると、ごめんなさい・・・的に引き込みがちになるから、これで喜怒の2つに差は無くなる。そうなると、次は哀になるが、これは歳を取ると涙もろいなんて事になるから、黙っててもそうなりがち。

そして楽にしても、楽観視的に、何とかなるよーって、なんくるないさーって感じなら、その時点で、心配ないさーになるが、通常なら、今まで出来た事が、出来なくなる事で悲観的になるって考えるから、100から減って行く一方になる。ほら昨日までの話になる。

それが一旦リセット出来れば、0にして、2出来たとか、5出来たに変わって来る。それが出来ていた自分と比較するから、もう戻れないって卑下すれば、悲観的になる。これが喜怒哀楽の表情の仕組みなら、調子を崩した人の表情って言うのは、1つになる。とても判りやすいのね。

こんな事が合っていたとしたら、もしプロの役者なら、この程度の事は知った上で、演技をすれば、そこを誇張すれば、オーバーアクションになるだろうし、知った上で、一旦リセットすれば、それが着崩し的になるのね。つまりそれを知らないままでやると、だらしなくなるのね。

それを知った上で、崩すとやり過ぎにならなくなる。ただこれもビギナーズラックって初心者なら通用する仕組みがあって、常識を知れば、非常識はしずらいが、最初は無鉄砲な事がしやすいから、それがハマると、誰もが避ける事が出来たりする。まさかのど真ん中ぁでしたなんて感じにね。

例えば釣りなら、足元かよ・・・みたいな。更に、幸せって言うのは身近にあるみたいな・・・とか、外国へ行って日本の良さが判るとか・・・ね。いずれにしても、この気持ちって言う部分が変化すると、ここからが病は気からなのね。気の話。これによって前向きになるものなのね。

そうなるとやって見ようかな・・・って。それをある程度強制的に行うのが、幼稚園だったりデイ・サービスだったりするのね。そもそも行きたいと思っているよりも、行くのかぁ・・・って知らない所に行かなきゃならない感じの方が多いと思うのね。その時に、誰かと一緒とか、新しい事が好き

とか、行きたいと思う気持ちになりやすい人と、刺激が不安になる人がいるのね。母も俺も後者かな。所が行くと決まると、行かなきゃならないに変わり、行ったのなら頑張らないと・・・と継続させようとし過ぎちゃうのね。まぁ無理すれば続かないんだけれどね。所が母は老人。

あの頃とはキビキビ感が違うから、そこまで頑張れない。ただ言われたら素直に聞くだろうから、真面目にやるだろう。その勤勉さはきちんと結果に伴って行ったと思われるのね。例えばね自宅にいれば、ラジオ体操すらしないだろうね。所がデイ・サービスで運動をさせられる。

そのされられている事を、しなくちゃ・・・って思う人と、えーやるのぉ・・・ってやる人では、汗のかき方だって違うと思うのね。つまりちゃんとリハビリした事になる。その結果、杖なしで歩けるようになり、歩く姿勢も変わった。しかもその結果を先生に褒められた。そりゃ気分が良いね。

ほらまた気。こんな理由から今、恐らくすこぶる元気だと思うのね。じゃここから良い事と悪い事は背中合わせ・・・って言うから、老婆心でここから、駄目になる事があるとしたら?と考えると、褒められたって人がいるのなら、褒められないって人がいるはずなのね。そしてもしその褒められなかったって人が、

長老だった場合、妬まれたり、恨まれたり、嫌味の1つも言われれば、恐らく母の事だから、一挙に落ち込むだろうし、行きたくないなんて始まるだろうし、歩けるからと、杖無しで出掛けるであろうから、持って行かないと・・・って言わないとならないし、本来は人よりも長けていると思われるなら、

何しろ実ったら頭を垂れる・・・の姿勢なんだけどね・・・判るかなぁ、母ちゃん。無理だろうなぁ・・・何もしでかさないと良いんだけど。


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