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講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その3)です。
■細胞と原子■
量子力学の先駆者エルヴィン・シュレーディンガーが1944年、『生命とは何か』を著わした。シュレーディンガーは、生命現象は最終的にはことごとく物理学あるいは化学のことばで説明しうる、と予言した。この予言は、遺伝子の本体がデオキシリボ核酸(DNA)という化学物質であることによって後に証明された。
この著作の中でシュレーディンガーは「原子はなぜそんなに小さいのか」と問いかけた。この問いの意味は、「われわれの身体は原子にくらべて、なぜこんなに大きいのか」ということである。
原子の直径は1~2オングストローム。生命現象をつかさどる最小単位である細胞は、30万~40万オングストローム。1オングストロームは1メートルの100億分の1、1センチの1億分の1である。
細胞には膨大な数の原子が含まれている。
■原子の不規則運動と「平均」的なふるまい■
原子は、不規則で無秩序な、予見できないランダムな運動をしている。原子は絶えず不規則に動きまわっていて、じっと止まるということがない。これをブラウン運動という。
「絶えず不規則に動きまわっている」のが原子だ。だから細胞の内部は「常に揺れ動いている」ことになる。それにもかかわらず、われわれの生命は秩序を構築している。
100個の微粒子からなる集団を想定してみよう。これらの微粒子を空気中にばらまいたとする。微粒子は空気中の分子にこづきまわされながら、ブラウン運動によって四方八方にさまよいつつも、重力の影響を受けて「平均として」下方に落下していく。
別の実験として、100個の微粒子を、水を張った四角い容器の右隅に溶かしこんだ場合を想定してみる。微粒子は水分子と衝突してランダムにたゆたいながらも、拡散の原理によって、「平均として」徐々に濃度の薄い左方向へ広がっていく。
すべての秩序ある現象は、膨大な数の原子(あるいは原子からなる分子)が、いっしょになって行動する場合にはじめて、その「平均」的なふるまいとして顕在化する。
原子の「平均」的なふるまいは、統計学的な法則にしたがう。その法則の精度は、関係する原子の数が増えれば増えるほど増大する。
ランダムの中から秩序が立ち上がるというのは、実にこのようにして、集団の中である一定の傾向を示す原子の平均的な頻度として起こることなのである。
■仮定:100個の原子で成り立つ生命体■
100個の微粒子の大多数は、空気中にばら撒かれれば落下する。水溶液の一隅に溶かしこまれれば濃度の薄い方向へ拡散する。しかし粒子のうちいくつかは、落下ではなく上昇し、濃度の薄い方向から濃い方向へ逆行する。
平均から離れて、例外的なふるまいをする粒子の頻度は、平方根の法則(ルートn法則)に従う。100個の粒子があれば、およそルート100=10個ほどの粒子が平均から外れたふるまいをする。
仮に、たった100個の原子から成り立つ生命体を考えてみよう。例外は100個のうち10個。生命は常に10%の誤差率で不正確さをこうむる。高度な秩序を要求される生命活動において、これはまったく致命的な精度である。
■仮定:100万個の原子で成り立つ生命体■
生命体が100万個の原子で成り立っていればどうか。「平均」から外れる粒子数はルート100万=1000個で、誤差率は1000÷100万=0.1%。誤差率は格段に下がる。
実際の生命現象では、100万どころか、その何億倍もの原子と分子が参画している。生命体が、原子ひとつにくらべてずっと大きい物理学上の理由がここにあると、シュレーディンガーは指摘したのである。
■原子の誤差率を乗り越えて■
生命現象に参加する粒子が少なければ、「平均」的なふるまいから外れる粒子の誤差率が高くなる。粒子の数が増えれば増えるほど、平方根の法則によって誤差率は急激に低下する。
生命現象に必要な秩序の精度を上げるためにこそ、「原子はそんなに小さく、生物はこんなに大きい」必要がある。
※このノートは次回につづきます。