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講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』福岡伸一著を読み終わってのノート(その5)です。
■タンパク質の相補性は振動している■
相補性は生命現象の特性だ。DNAの二重ラセン。彼らは互いに他のかたちを規定しながら対を形成している。その対は、塩基と呼ばれる4種のピースのうち、2組のペアが、ちょうどレゴをはめるように結合することによって成立し、これがDNAラセンの“階段板”として、下から上へずっと連なっている。
DNAの相補性と同じように、あるタンパク質には必ずそれと相互作用するタンパク質が存在する。2つのタンパク質は互いにその表面の微細な凹凸を組み合わせて寄り添う。それは化学的な諸条件を総合した相補性である。
筋肉の構成単位は、アクチンとミオシンと呼ばれるタンパク質が組み合わさって相補的な構造である。そこにさまざまな別の制御タンパク質が参画して機械的な運動を生み出す。複数のタンパク質の相補的結合から構成された分子装置は細胞のあらゆる局面に位置し、生命活動を営む。
生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは、生命がその秩序を維持し続ける唯一の方法である。しかし、なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。
答えは、タンパク質の形かたちが体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられている。タンパク質は次々と作り出される。
新しく作られたタンパク質は、自らのかたちが規定する相補性によって、自分の納まるべき位置をあらかじめ決定されている。原子や分子、DNA、アミノ酸であれタンパク質であれ、ランダムな熱運動をくり返し、欠落した部分の穴と自らの相性を試しているうちに、納まるべき場所に納まる。
和田郁夫・福島県立医科大学教授が一分子のタンパク質が一分子のパートナータンパク質と相補的な結合を行う様子を観察した。二つのタンパク質はぴったり合うものの、がっしりと結合しているのではなかった。くっついたり離れたりを定期的にくり返していた。相補性は「振動」しているのだ。
それぞれが恐ろしいまでのスピードで互いの相補性を求め合い、一瞬の逢瀬の後、たちまち失われてしまう。たとえば何億という数のインシュリンは全身の血液をかけ巡り、さまざまな細胞表面にある何億という数のインシュリンレセプターとの間であらゆる微分的な時間において、ついたり離れたりをくり返している。そしてこのような相補性のネットは、天文学的数字、より正確には生物学的数字によって幾重にも輻輳している。
■異常タンパク質は取り除かれ、新しいタンパク質が素早く生成補充される■
増大するエントロピーを排出するということは、タンパク質のことばで説明するとこうなる。
常に合成と分解をくり返すことによって、傷ついたタンパク質、変性したタンパク質を取り除き、これらが蓄積するのを防御することができる。また合成の途中でミスが生じた場合の修正機能も果たせる。生体はさまざまなストレスにさらされ、その都度、構成成分であるタンパク質は傷つけられる。酸化や切断、あるいは構造変化をうけて機能を失う。糖尿病では血液の糖濃度が上昇する結果、タンパク質に糖が結合し、それがタンパク質を傷害する。
しかし、このような異常タンパク質は取り除かれ、新しいタンパク質が素早く生成補充される。結果として生体は、その内部に溜まりうる潜在的な廃物を系の外に捨てることができる。
ところが、この仕組みは万全ではない。ある種の異常では、廃物の蓄積速度が、それをくみ出す速度を上回り、やがて蓄積されたエントロピーが生命を危機的な状態に追いこむ。タンパク質の構造病であるアルツハイマー病や狂牛病・ヤコブ病などのプリオン病は、その典型例である。
※このノートは次回につづきます