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i-pad初体験

2013-03-23 | 日記

お友達のブログをリンクしようとしたら、できませんでした。固有名詞は怪我のもと、逆検索の恐れあり、削除しました4/1

昨日は織の教室で、i-padの初体験をしました。詳細は↑の昨日の記事をご覧ください。持ってきたのは先生、71歳。すらすらと入力して使いこなされている。素晴らしい。私は初めて見た。なんか便利そう。でも通信費が高いんだろうなあ。

「先生、すごいね」「私達が何とかパッドって言ったら尿パッドのコナーへ案内されそう」とワイワイガヤガヤ、昨日も手も動かし口も動かして楽しく過ごしてきました。おやつも持ち寄り、たくさん食べて、これで太らなければいうことないんだけど。

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青春とはつまずき転び・・・

2013-03-23 | 日記

2008年1月、宇野?から小豆島へ向かうフェリーで。この時も夫と二人旅。旅行好きの人と巡り会ったことに感謝。


昨日、一昨日の記事を読み返したら、彼女に異性との付き合いを邪魔されたように読めますが、そうではありません。話に割って来られることは多々あったけど、サークル在籍当時は今の夫(前にも夫がいたんかい?と突っ込んでおきます)と付き合ってなかったので、それは他の人の話。それを私が見ていて、見苦しいなあと思ったという話。

私は仲のいいカップルの間に割って入ろうなんて思わないけど、(そこまで自分に自信がない、そんなことするのは見苦しいし惨めと理由はたくさん)、それを見ると我慢できない人もいるということで、それはまあ性格だから。

夫とはある集会でばったり会って、私はもうサークル止めていたので、久しぶりということになり、解散後、場所を変えて二人で話したのがきっかけ。世の中のこと、大学の中のこと、いくらでも話すことがありましたね。

付き合いだしてすぐだったか、だいぶ経ってだったか、彼女が「用事がある」と夫を呼び出して一度会ったと、今も昔も正直な夫は話しておりました。詳しくは聞いてないけど、特に用事はなかったようです。そのことをほかの友達に話したら、あの人らしいとのお見立て。付き合っている人がいるけど、他の男の子も一応キープしておきたいような話。そうなんだあ。私なら本命の人に悪いのでそんなことしないけど。

結婚してからも40代まで毎年夫宛に年賀状が来ていた。もちろん返すから来続けるんだけど。誰と年賀状やり取りしても私の関与することではないけれど、何かしら自分をアピールする手書きの一文が。正月早々毎年気分悪かった。気分悪いけど、正月早々喧嘩することでもなく、毎年我慢していた。

でもある時、何かがきっかけで我慢が沸点に達し、夫の目の前年賀状を破った。ストーブにくべるつもりだったけど、「火を出すな、やめぇ」と言われてそちらは断念。残念。

「私は20年間我慢した。でももう我慢しない」と宣言。それから来ても返事出さないのかやがて来なくなった。夫にはご褒美に15万円くらいのスピーカー買ってやった。もとはと言えば夫の稼いだお金ですけどね。フン!!私を怒らせるんじゃないよ!!

なんか私ってそういう目によく合うんですよね。こういう性格と容姿なので同性から軽く見られてるのかも。(近所の友達にも○○の奥さんのオーラがないって言われるし。だけど、オーラって何?確かに、辺りを払うような美人ではありませぬ)


高校のときの大親友ともそういうことがあり、今は全然連絡取ってない。卒業後二年間くらいは帰省するとよく会ってたのに、私が彼女の知っている男の子と仲いいと知った途端、「三人で会おう」という話になり、前日になって「都合悪くなった。**クンには私から言う」と言いながら、 一人で喫茶店で待ってたなんて。。。絶句。

彼女に会う一時間前に二人だけで待ち合わせ、そのとき「都合悪いらしいよ」とだけ私は言った。だってそれだけしか聞いてないんだもん。彼はもちろん連絡受けてなかった。あの時二人で待ち合わせの店に行けばよかったのかしら。いえいえ、私はそんなに意地悪ではありません。彼女抜きで、冬休みの地元の街でデート。フリランツ、田園、行った店の名前も覚えている。待ち合わせは宮脇書店本店の社会科学の棚の前。先に入ったものが立ち読みしながら待つ。彼らしい指定の場所。とっても頭のいい人だった。その人とも今は全然連絡取ってないけど。

彼女は大きなご商売をしているおうちの跡取り娘で、お父さんが大学には行かさず、しばらく外で働いてあとは養子を取って店を継げと厳命していて、かわいそうだった。そのことでは悩み、他の人が羨ましそうだった。付き合う男の子にもお父さんがいちいちチェック入れていたようで、たとえその子と付き合っても将来がないことは初めからわかっていた。今こうして書きながら、あのころはいろいろ葛藤があったんだろうなあ、身軽な私が羨ましかったのかなあと落ち着いて考えられるようにもなった。

とっても美人で、いつも複数の男の子がわらわらと寄って来ていた。その時の気分で選り取り見取り、いつも一緒にいた私も何かとおこぼれにあずかってたので、悪く言ったらばちが当たるというもの。楽しい時を過ごさせてもらった。でも自分より格下の女の子=私が自分の知ってる男子と付き合うのは認められない、そう反応してしまったのでしょう。

美人もなかなか難儀な生き物である。美人だからこそ生き難いということもある。美人でなくてよかったと思う今日この頃。何事も平凡が一番。

彼女の顔は同窓会のサイトで時々見かける。就職クラスだったので、地元に残っている人も多く、けっこう同窓会をやっているらしい。やっぱり美人である。お父さんの望みどおりの結婚をして、多分息子さんがご商売を継いでいるのかも。


 

一冊の文集からいろんなことを思い出した。一生に出会う人の数はわずか。いい思い出の人もいるし、会いたくない人もいる。しかし、どんな体験の中にも教訓と自分を成長させる糧は詰まっているということで、また元の生活に戻り、昔のことは忘れて暮らそう。 

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