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経営コンサルタントへの道

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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園1 大正浪漫を感じる洋館と洋風庭園

2023-07-18 17:25:20 | 【カシャリ!ひとり旅】 青森・岩手・秋田

 

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園1 大正浪漫を感じる洋館と洋風庭園

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 青森県弘前市藤田記念庭園1 大正浪漫を感じる洋館と洋風庭園

 

 「藤田記念庭園」(ふじたきねんていえん)は、弘前出身の実業家・藤田謙一の別邸として大正時代に造られた日本庭園です。弘前公園に隣接する「津軽富士」岩木山の眺望が素晴らしいです。国登録有形文化財にもなっている「旧藤田家別邸洋館」などの建築群があります。
 数多くの庭園がある弘前の中でも最も大きな規模であり、美しい庭園といえます。弘前城(弘前公園)のすぐ隣にあることから観光名所の一つにもなっています。

 庭園は高台部と低地部に分かれていて、高台部からは庭園の借景として「津軽富士」岩木山が眺められます。高台部にある洋館の設計は堀江佐吉の息子・堀江金蔵によります。また「旧藤田家別邸和館」は、昭和初期の建築で、後から移築されました。
 春は庭園処々に咲くサクラ、低地部の方の庭園は、いわゆる日本庭園といった趣の池泉回遊式庭園で、7月初旬頃には、花菖蒲が見ごろです。((お庭さんサイトを参照して作成)

■ アクセス
 JR奥羽本線 弘前駅より約2.5km(徒歩30分)
 路線バス多数あり 弘前駅より10分、市役所前バス停下車、徒歩5分
 〒036-8207 青森県弘前市大字上白銀町8-1

 

 

弘前城側から見た藤田記念庭園正門

前の道は「新坂」

 

 

 

洋館

 

 洋館は、庭園内の高台部にあります。木造モルタル2階建てで、玄関先まで反りを付けて下ろされた袴腰屋根や階段吹抜け部分の八角形の塔が印象的な、赤い「とんがり屋根」の 大正ロマンを醸し出すデザインとなっています。

 

庭園側から見た洋館


 設計は、堀江佐吉の六男金造、施工は長男彦三郎が行いました。同時に建てられた岩木山麓の農牧場開拓を目指して設置された開発事業事務所の倉庫は、イギリス積みによる煉瓦造り2階建てで、軒部分の煉瓦を4重にした軒蛇腹が特徴的な建物です。
 洋館の建築物内も見学可能で、「大正浪漫喫茶室」は、漫画『ふらいんぐうぃっち』作中で登場する「喫茶コンクルシオ」のモチーフとなっています。50人収容のホールや小会議室の貸しスペースもあります。

 

 

 洋館は、ステンドグラス、窓ガラス、暖炉など現在でも当時からの物が多く残っております。窓の格子やランプなど、大正時代を彷彿とさせるインテリアにうっとりします。
 特等席はサンルームを利用した窓際です。庭園の四季の彩りを眺めながら料理やデザートをいただくことができ、贅沢な時間を過ごせます。アップルパイの食べ比べができ、大変好評です。りんごとバニラアイスのガレットもおすすめ品のひとつだそうです。

 

 

洋風庭園

奥の建物は洋館

 

洋風庭園

 

 

 

奥に和館も見えます

 

洋風庭園といいながら和も取り入れています

 

 

 

シダレ桜

サクラの時期は立派に咲くのでしょう

根本はがっしりとしています。(映像編で紹介)

 

 唐牛敏世胸像

この庭園は、藤田の私邸として整備されたものですが、

藤田の死後、弘前相互銀行(現:みちのく銀行)頭取だった

唐牛敏世に譲渡され、

「弘前相互銀行倶楽部」(のちに「みちのく銀行倶楽部」)として

開放されてきました。
 

洋風庭園からは津軽富士「岩木山」を望めます。

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

  ■ カシャリ! ひとり旅

 

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園2 庭園と岩木山を望む主座敷のある和館「旧藤田家本宅」

2023-07-18 16:44:16 | 【カシャリ!ひとり旅】 青森・岩手・秋田

 

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園2 庭園と岩木山を望む主座敷のある和館「旧藤田家本宅」

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 青森県弘前市藤田記念庭園2 和館「旧藤田家本宅」

 「藤田記念庭園」(ふじたきねんていえん)は、弘前出身の実業家・藤田謙一の別邸として大正時代に造られた日本庭園です。弘前公園に隣接する「津軽富士」岩木山の眺望が素晴らしいです。国登録有形文化財にもなっている「旧藤田家別邸洋館」などの建築群があります。
 数多くの庭園がある弘前の中でも最も大きな規模であり、美しい庭園といえます。弘前城(弘前公園)のすぐ隣にあることから観光名所の一つにもなっています。

 庭園は高台部と低地部に分かれていて、高台部からは庭園の借景として「津軽富士」岩木山が眺められます。高台部にある洋館の設計は堀江佐吉の息子・堀江金蔵によります。また「旧藤田家別邸和館」は、昭和初期の建築で、後から移築されました。
 春は庭園処々に咲くサクラ、低地部の方の庭園は、いわゆる日本庭園といった趣の池泉回遊式庭園で、7月初旬頃には、花菖蒲が見ごろです。((お庭さんサイトを参照して作成)

■ アクセス
 JR奥羽本線 弘前駅より約2.5km(徒歩30分)
 路線バス多数あり 弘前駅より10分、市役所前バス停下車、徒歩5分
 〒036-8207 青森県弘前市大字上白銀町8-1

 

 

 

和館玄関

 

 門を入ってすぐ右手に和館があります。
 和館は、木造平屋建てで、1937年(昭和12年)板柳町に藤田謙一の本宅として建てられたものを、1961年(昭和36年)に現在の場所へ移築したものです。
 高台庭園側の主座敷と、岩木山を借景するはなれ座敷を棟分けし、廊下で連結して建てられました。
 

 

玄関を入ると天然記念物の「玉鹿石」があります。

 


 後藤新平の書も床の間に飾ってあります。後藤新平は、南満洲鉄道、いわゆる「満鉄」の初代総裁や、内務大臣など多数の大臣職を務めました。当時の東京市の市長視聴になったときには、戦後の荒廃からの復興に尽力しました。名古屋の百メートル道路に習って、昭和通りを作らせたのも後藤です。

 

後藤新平
 後藤新平は、南満洲鉄道、いわゆる「満鉄」の初代総裁や、内務大臣など多数の大臣職を務めました。当時の東京市の市長視聴になったときには、戦後の荒廃からの復興に尽力しました。名古屋の百メートル道路に習って、昭和通りを作らせたのも後藤です。
 

屋久杉の一枚板、鞍馬石の沓脱石等、吟味されたものが使用されています。

名工として知られる、

弘前生まれの奈良丹次郎による

「ななこ塗り」ともいわれる津軽塗の箪笥です。


 小川破笠(はりつ)作の板戸絵

狩野派屏風等も展示されています。


 唐獅子は、九谷焼です。

金箔塗りで、細工も優れている作ですが、作者は不明です。

 

はなれから見た主座敷

 

岩木山を借景するはなれ座敷

 

はなれ座敷から津軽富士「岩木山」を望む

 

お抹茶のサービスがあります。

皮と餡が別になった最中は、

パリッとしていてお抹茶とマッチして美味です。

 

 

 藤田記念庭園 和館・洋館 洋風庭園 茶室 菖蒲園 池泉廻遊式日本庭園 滝のある庭園 

 藤田記念庭園 和館・洋館 洋風庭園 茶室 菖蒲園 池泉廻遊式日本庭園 滝のある庭園 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

  ■ カシャリ! ひとり旅

 

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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■【カシャリ! 映像で見るひとり旅】 神奈川県鎌倉文学館 昭和の建築物とバラ園

2023-07-18 12:00:27 | 【話材】 お節介焼き情報 カシャリ!一人旅

■【カシャリ! 映像で見るひとり旅】 神奈川県鎌倉文学館 昭和の建築物とバラ園

 

 

 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。

 

 プロのコンサルタント集団であるとともに、プロのコンサルタントを育成する団体でもあります。

 

 各種情報を提供する中に、会員が趣味で撮影した写真を紹介するサイトです。

 

 素人写真ですが、旅行の参考にされたり、話材の一つとしてお使いくださったりしてくださると幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「インスタ映え」という言葉が市井を走っていますが、何も飾らない、ひとり旅の旅先で感じて、見て、カシャリとした写真を、動画としてお届けしています。

 

 

 

 

 



映像で見る 【カシャリ! ひとり旅】

 神奈川県鎌倉市 鎌倉文学館トップ 
 
鎌倉文学館 1 文学館への道
鎌倉文学館 2 伝統ある建物
鎌倉文学館 3 庭園とバラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


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【話材】 昨日07/17のつぶやき あたりまえ経営のすすめ ビジネスパーソン編 05 座右の銘を持つ生き方 ”道程”

2023-07-18 07:17:10 | ブログでつぶやき

 

  【話材】 昨日07/17のつぶやき あたりまえ経営のすすめ ビジネスパーソン編 05 座右の銘を持つ生き方 ”道程”

 

経営コンサルタントとして感じたことを毎日複数のつぶやきをブログでお届けしています。

もし、お見落としがありましたり、昨日のブログで再度読みたいつぶやきがあるというときに便利なページです。

本日も、複数のブログで、つぶやき済です。

晴れb3

■ 昨日は、下記のリストのようなことをつぶやきました。

konsarutanto   ◇ 昨日のつぶやき ◇ 

◆【経営コンサルタントの独り言】 コミック誌の歴史は長いことに驚きます 717

>> もっと見る

 【カシャリ! ひとり旅】を映像にして紹介しています。

   ユーチューブで見

 

 バックナンバー

 

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■【きょうの人】 0718 聖聡 没 浄土宗の僧で増上寺開山

2023-07-18 06:33:00 | 【話材】 きょうの人07月

 

  【きょうの人】 0718 聖聡 没 浄土宗の僧で増上寺開山

 

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 聖聡 没 浄土宗の僧で増上寺開山

 しょうそう
 正平21年/貞治5年7月10日(1366年8月16日)- 永享12年7月18日(1440年8月15日)

 南北朝時代から室町時代中期にかけての浄土宗の僧で、増上寺の基礎を築き、開山しました。父は、下総国守護千葉氏胤、浄土宗第8祖。母は新田義貞の妻と伝えられています。

 はじめ千葉妙見寺(真言宗寺院で明治初年の廃仏毀釈により千葉神社となる)で、真言密教を学びました。

 元中2年/至徳2年(1385年)浄土宗の聖冏(しょうげい)に帰依し、その門下となりました。

 聖冏が体系化した五重相伝の布教に努め、多くの弟子を養成しました。

 明徳4年(1393年)武蔵国豊嶋郡貝塚(現在の東京都千代田区)にあった光明寺と称する真言宗寺院を浄土宗に改宗して増上寺と改称し、関東における浄土宗の道場としました。

 千葉氏・佐竹氏の帰依を得、寺領の寄進もあり増上寺の基礎を築きました。永享11年(1419年)、甥の酉仰(ゆうごう)に増上寺を譲りました。

 弟子に、弘経寺開山の嘆誉良肇(りょうちょう)、松平氏宗家第四代松平親忠開基の大恩寺開山了暁(りょうぎょう)慶善、松平氏宗家第三代松平信光開基の信光明寺開山釋誉存冏(そんげい)などがいます。

 著書も多く、七十五才にて歿しました。

 

 増上寺(ぞうじょうじ)は、東京都港区芝公園四丁目にある浄土宗の仏教寺院です。正式には、「三縁山広度院増上寺(さんえんざん こうどいん ぞうじょうじ)」といいます。

 中世以降、徳川家の菩提寺となるまでの歴史は必ずしも明らかではありません。

 通説では、天正18年(1590年)に、徳川家康が江戸入府の折、たまたま増上寺の前を通りかかり、12世源誉存応と対面したのが徳川家の菩提寺となるきっかけだったといわれています。

 増上寺には、徳川将軍15代のうち、6人(秀忠、家宣、家継、家重、家慶、家茂)が葬られている。
 徳川家の菩提寺であるとともに、檀林(学問所及び養成所)がおかれ、関東十八檀林の筆頭でした。

 第二次世界大戦前には、台徳院(秀忠)霊廟、崇源院(秀忠夫人)霊牌所、文昭院(家宣)霊廟、有章院(家継)霊廟が旧・国宝(建造物)に指定されており、その壮大さは日光東照宮に引けを取らないものだったそうです。

 太平洋戦争中の空襲によって徳川家霊廟や五重塔をはじめとした遺構を失い、残念です。

 

 

【経営コンサルタントの独り言】

 

 「聖聡」は、「しょうそう」とお読みします。
 増上寺を開山した人です。

 増上寺というのは、東京タワーのふもとに在します。
 徳川家ゆかりのお寺さんです。

 スポーツ関係者、とりわけ武道関係者はよく訪れるようです。

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。

 


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