経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

◆【経営コンサルタントの独り言】 ■ 【一口情報】 記念日の制定 805

2023-08-05 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントのひとり言08

 

  【経営コンサルタントの独り言】 ■ 【一口情報】 記念日の制定 805

 

 

二兎を追うブログ 

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ 【一口情報】 記念日の制定 805
 

 当ブログで紹介している「今日は何の日」のような記念日はだれもが勝手に決めて良いのでしょうか?

 

 日本には、「ひな祭り」のような伝統的な行事として定着している記念日から業界や企業がPRのために設定したものまで、約1200もの記念日があるいわれています。

 

 それを統括しようとしたのが、日本記念日協会です。同協会のサイトでは、その趣旨を下記のように掲載しています。

 

記念日については、今まで総合的に扱う機関・団体がなく、情報が誤って伝えられたり、せっかく記念日を設けても広く一般に浸透しないなどのケースが少なくありませんでした。そこで、1983年より、記念日についての研究、情報の収集、広報活動を行ってきました日本記念日委員会が、記念日に対する人々の理解と関心を高めるため、1991年4月1日に日本記念日協会として正式に発足、活動を開始しました。記念日についての情報の総合窓口として、マスメディアの方々にはもちろん、各企業、業界、団体、自治体、個人の方々にとっても、必ずや意義のある存在となることを目指しておりますので、皆様方のご理解をいただければ幸いです。

 登録に関わる費用は、同サイトによると下記のようになっています。

 

 日本記念日協会の記念日登録料は、1件7万3500円(税込み)とさせていただきます。
 記念日登録証が必要な場合は、別途1件1枚につき3万1500円となります(ガラス面の額入り、税込み、送料込み)。

 

  図 日本記念日協会 ←クリック
 
図 5_301

(ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

 

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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園3 津軽富士「岩木山」を借景とした洋風庭園

2023-08-05 13:38:17 | 【カシャリ!ひとり旅】写真・旅行 Misc.

 

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 青森県弘前市藤田記念庭園3 津軽富士「岩木山」を借景とした洋風庭園

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 青森県弘前市藤田記念庭園3 津軽富士「岩木山」を借景とした洋風庭園

 

 「藤田記念庭園」(ふじたきねんていえん)は、弘前出身の実業家・藤田謙一の別邸として大正時代に造られた日本庭園です。弘前公園に隣接する「津軽富士」岩木山の眺望が素晴らしいです。国登録有形文化財にもなっている「旧藤田家別邸洋館」などの建築群があります。
 数多くの庭園がある弘前の中でも最も大きな規模であり、美しい庭園といえます。弘前城(弘前公園)のすぐ隣にあることから観光名所の一つにもなっています。

 庭園は高台部と低地部に分かれていて、高台部からは庭園の借景として「津軽富士」岩木山が眺められます。高台部にある洋館の設計は堀江佐吉の息子・堀江金蔵によります。また「旧藤田家別邸和館」は、昭和初期の建築で、後から移築されました。
 春は庭園処々に咲くサクラ、低地部の方の庭園は、いわゆる日本庭園といった趣の池泉回遊式庭園で、7月初旬頃には、花菖蒲が見ごろです。((お庭さんサイトを参照して作成)

■ アクセス
 JR奥羽本線 弘前駅より約2.5km(徒歩30分)
 路線バス多数あり 弘前駅より10分、市役所前バス停下車、徒歩5分
 〒036-8207 青森県弘前市大字上白銀町8-1

 

 

 

この庭園は、藤田の私邸として整備されたものですが、

藤田の死後、弘前相互銀行(現:みちのく銀行)頭取だった

唐牛敏世に譲渡され、

「弘前相互銀行倶楽部」(のちに「みちのく銀行倶楽部」)として

開放されてきました。

1979年(昭和54年)に唐牛が亡くなり、

その後はほぼ放置状態となっていたものを、

1987年(昭和62年)に市制施行百周年記念事業の一環として

弘前市が買収して復元整備し、1991年(平成3年)に開園しました。

 

 洋風庭園は、春は指定保護樹木のシダレ桜、

初夏にはつつじやサツキが訪れた人を慰めてくれます。
洋風庭園側から見る和館も、落ち着いた和の雰囲気を感じ取れます。

唐牛敏世の胸像も立っています。


 洋風庭園の中で、ひときわ目立つ樹があります。

樹齢150年以上と推定されるしだれ桜です。
 このシダレ桜は、藤田謙一が、ここに庭園を造る前からあります。

弘前市では、天満宮のシダレ桜に次ぐ古木で、青森県の指定の保護樹木です。
 

 

洋風庭園は、高台部にあり、

津軽富士「岩木山」を借景としています

 

 藤田記念庭園 和館・洋館 洋風庭園 茶室 菖蒲園 池泉廻遊式日本庭園 滝のある庭園 

 藤田記念庭園 和館・洋館 洋風庭園 茶室 菖蒲園 池泉廻遊式日本庭園 滝のある庭園 

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

  ■ カシャリ! ひとり旅

 

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 8月4日 思い出:若輩者が大役を引き受ける

2023-08-05 08:03:00 | 【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 8月4日 サラリーマンの処世術  

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に会社を任せて数年になります。

 老いぼれコンサルタントが日々起こったことや感じたことなどを徒然に記述してゆきます。
 また、毎日のように、私のところに業務報告に来ては、二人で昔話をするのが日課となっています。話し上手な彼は、まるで小説の朗読でもするかのように思い出話をしてくれます。私自身の記録として、それを文字変換して、そのままここに記述してゆきます。

 大山は、私のかつての部下で、秘書的な業務もこなしてくれていたコンサルタントです。

 現在は、竹根の指揮の下、大阪支社長としての大役を果たしてくれています。

 その【カレンダー】からメールが入っていました。
 彼の顧問先のひとつ、洋菓子メーカーが、池袋の東西デパートで開催される「菓子博(菓子博覧会)」に出品するので上京すると連絡がありました。

 彼の仕事ぶりは好ましく、大いに助けられましたので、何年かぶりに会うことができるのが楽しみです。


◆ 竹根好助(よしすけ)が業務報告にやってきて、このような話をしてくれました

 毎日のように、私のところに業務報告に来ては、二人で昔話をするのが日課となっています。話し上手な彼は、まるで小説の朗読でもあるかのように思い出話をしてくれます。私自身の記録として、それを文字変換して、そのままここに記述してゆきます。
 *

サラリーマンの処世術

 竹根が、本日の業務報告を終わると、竹根の商社マンとしてのサラリーマン時代の話の続きを始めました。日本製品が「安かろう、悪かろう」と悪口を言われる時代に、まだ社歴の浅い竹根がアメリカ駐在員の候補になったことに、ベテラン課長など、その情報を知っている人達では不満の声が上がってきました。
 竹根は、サラリーマンの処世術の一つとして、「上司の命令には素直に従う」と物の本に書いてあった。角菊事業部長から打診をされたときには、その教えに従って、とにかく『ハイ』と返事をしたまでのことである。
 『ハイ』と返事をしたことには、別の理由もある。

 竹根は、予感というのか、あたかも霊感を持っているかのように何かを感じ取ることがある。

 もちろん霊感とか言うような、超常的な優れた能力というのではなく、むしろ『予測力』といった方が正確である。

 周囲の状況を総合的に判断して、そこからひらめきを導き出す力を持っているようである。

<続く>

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

■ 「はしの日」は、隅っこに小さくなって過ごす? 804
 「は(8)し(4)」から、何の日であるかは想像できるのではないでしょうか。
 先日、日本語の表音の乱れについて記述しましたところ、私と同じように、標準語のアクセントがおかしくなっていることが気になるというコメント(コメントは特定の人に制限しています)を戴きました。
 8月4日は、「箸の日」であり「橋の日」でもあります。
 箸と橋を区別して発音できますでしょうか。

  箸  / \
     は し
  橋  _ /

 私独自の表記法ですので、正しく伝わるかどうかわかりませんが、少なくてもNHKのニュースのアナウンサーには、標準語で話してほしいものです。
  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/872f24953ff4fd022ba7b7ab6add19e5

* 

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

>> もっと見る


■バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db


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■【きょうの人】 0805 ■ 今井 宗久 千利休・津田宗及と茶湯の天下三宗匠 ■ 日野 業子 義満の寵愛を受け日野家の権力を強化

2023-08-05 06:33:00 | 【話材】 きょうの人08月

 

  【きょうの人】 0805  今井 宗久 千利休・津田宗及と茶湯の天下三宗匠 ■ 日野 業子 義満の寵愛を受け日野家の権力を強化

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 今井 宗久 千利休・津田宗及と茶湯の天下三宗匠

 いまい そうきゅう
 永正17年(1520年)- 文禄2年8月5日(1593年8月31日)

 戦国時代から安土桃山時代にかけての堺の商人であり、茶人としてもよく知られ、千利休・津田宗及と共に茶湯の天下三宗匠と称せられました。今井出羽守宗慶の三男であります氏高の子、今井宗薫の父です。

 名は兼員、初名を久秀、通称を彦八郎のち彦右衛門、号は昨夢庵寿林、屋号は納屋、薙髪の後に宗久と名乗りました。

 将軍・足利義昭にも茶湯をもって近侍し、織田信長の堺に対する矢銭徴課に当たっては、即座にこれに応じました。

 永禄11年(1568年)10月、上洛した信長と摂津西成郡芥川で相見え、名物・松島の葉茶壺や紹鴎茄子などを献上したそうです。

 同年、信長が堺に対して矢銭2万貫を課した際、会合衆たちが三好氏の力を背景に徹底抗戦の姿勢を見せたのに対し、この要求を受け入れるよう信長と他の会合衆との仲介を行いこれに成功しました。

 そのおかげで、摂津住吉郡に2千2百石の采地を授けられました。信長は、宗久の代官職を安堵するとともに自らの被官に加えることで堺の支配の足掛かりを築いたといいます。

 秀吉が主催した聚楽第落成の交歓茶事北野大茶湯にも協力をしました。その結果もあり、所蔵茶器が第4位を占めるほどでした。



■ 日野 業子 義満の寵愛を受け日野家の権力を強化

 ひの なりこ
 正平6年/観応2年(1351年)- 応永12年7月11日(1405年8月5日)

 室町幕府3代将軍足利義満の御台所で、父は日野時光、兄弟に日野資康ほかがいます。位階は従一位、准后です。

 宮中に影響力を持っていた叔母の日野宣子(岡松一品)が仲介し、1375年に足利義満と結婚しました。

 義満が京都に花の御所を造営し、そこに移ります。

 業子は和歌に秀でていたことから、義満の寵愛を受けたといわれ、義満の計らいで従一位・准后となりました。

 2人の間に成長した子はなく、1405年に55歳で死去し、法名は定心院でした。

 業子と義満の婚礼により、持明院統の公家だった日野家は朝幕政界に影響力を強めることになります。

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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